11 バニーには夢が詰まってる
もう、来店時の十把一絡げの対応なんて吹っ飛んでいた。
額が額なので、換金の準備が整うまで待機して欲しいと通された部屋は、明らかに格の違う高級感でVIP部屋だとすぐわかる。
そのソファで私はげらげら笑っていた。
「いやあ、良くやったものだわ。笑う、めっちゃ楽しかった! カジノ買い取る金額までは届かなかったけど良い感じに絞れたから満足よ」
「まあ、これで打撃は与えられたでしょう」
功労者であるアルバートはすまし顔だ。
うちの従者様はこういう賭け事にはめっぽう強い。情報や弱みを握るのにも賭博場というのは最適だ。だから必勝法にも詳しければ、場の空気をつかむのもガチのいかさまも大得意だ。
いやだって相手が普通の人間だったら、強化されたダンピールの魅了や催眠なんて防ぎようがないもの。
「さて、どう出てくると思う?」
「普通でしたら、併設されているホテルに滞在させてチップの換金を保留にし、カジノに通わせることで損害を減らそうとするでしょう。あるいはこのような不正を良しとしている所ですと、とるに足らない身分の者と取られた場合は、闇に葬ろうとするのもあり得ますね」
「わーい。やっぱりなあ」
すでにここには盗聴設備などはないのは確認済みなので、ぶっちゃけ話もなんのその。
そんな考えすぎだよわははは! と笑えれば良かったんだけど、笑えないんだよなあ。エモシオンファンタジーの世界、ゲーム内ではすこぶる明るくポップに描かれていたけど、世界観的に人権は軽く無視されるからなぁ。
まあ、心構えがあれば、いくらでも対処が出来るというものだし、望むところだ。
だって聖地が穢されているんだぞ!?こんなところにユリアちゃんとリヒトくんを遊ばせてなるものか!
というわけで逃げ出さずに、受けて立つつもりでいると扉がノックされる。
入ってきたのは、明らかに格の違う壮年の男性、おそらく経営の中核を担う立ち位置の人だ。
じたばたしていた私は彼が入って来る前に、すっと背筋を伸ばして優雅さを取り繕っている。それくらい10年繰り返していれば取り繕いスキルはカンストしているさ。
まったく不審に思っていない様子の男性が、優美に頭を下げた。
「このたびは、当カジノをご利用いただきありがとうございました。自分はこのカジノの支配人でございます。しかし大変申し訳ありませんが、なにぶん換金額が膨大ですので、ご用意に時間がかかっております」
「時間がかかるのなら、わたくしの口座に分割で振り込んでいただいてもかまいませんわ」
「いえ。この街の繁栄に多くの貢献をされたホワード商会の頭取に、そこまでお手を煩わせるわけにはまいりません」
「あら、わたくしは少し出資しただけなのに」
おや、私のこと調べたんだ。それなら私をここで消そうとする可能性はなくなったな。
「ご謙遜を。このリソデアグアを一大リゾート地にするには、先代様のご尽力がなければ、ここまで繁栄することはなかったとお聞きしております。私どもは新参でありますが、そのご高名は良く存じております」
まあ、その先代ってただの概念なんだけどね!
12,3歳くらいの時に隠れ蓑として立ち上げたホワード商会なんだけど、さすがにそんな小娘がトップって言われてもさすがにぴんとこないだろう。だからどうしても必要な時にはアルバートにおっさんに変装してもらって「新進気鋭の投資家」になってもらったと言うわけだ。
で、私が無事に自由になったから、一代目をさっくり殺して、娘の私が急遽二代目を襲名したという筋書きだ。
まあごく少ない知り合いには実際の所を知られていたりするけど。
さてそういうことなら、高圧的に行ってみるか。
「今日は少し息抜きに来ましたけど、そろそろ次の予定がありますの。帰ってもよろしくて?」
頬に手を当てて軽くため息をついてみせると、支配人は若干焦りを帯びる。
まあそうだよね。このまま逃がしたら大損失だもの。
「そのことで少々ご提案があるのですが」
「なにかしら?」
「ホワード様は、賭け事がお得意なご様子。でしたらより過激で楽しい遊戯に興味はございませんか?」
「ふうん?」
過激で、楽しい遊戯、ねえ。どう考えても犯罪臭しかしないんだけど。
それを一応この街の顔役に入る私に話すなんて、ただのカジノとは思えないな。
まあ、真っ昼間からカジノで遊んでいるんだから、損得勘定も考えられない放蕩娘くらいに思われているのかもしれないけど。
ちらっと、アルバートを見てみると、彼もおかしいと思っているのか、小さくうなずいた。
これは深く探ってみよう。根こそぎ根絶するためにもね!
私は支配人に向けて、にっこりと微笑んで見せた。
「詳しく聞かせてくださる?」
*
意気揚々とした支配人は話すどころか、嬉々として施設の奥にある廊下をすすみ、重厚な扉の向こうへ案内すらしてくれた。
が。
その一歩向こうは、広々とした空間が広がっていた。
何度か行った舞踏会の会場並だ。緩くすり鉢状になっており、周囲にもうけられた観客席で、多くの観客がすり鉢の中心を見下ろして怒声にも似た声援を送っている。
中心では、2人の人間が戦っていた。
そう、ここはファイトクラブ、俗に言う喧嘩賭博だ。
命の取り合いまでしてるんじゃないかこれ。
というかうら若い娘をつれてくる場所じゃねえだろ。……と思ったら意外と女性もいるな。仮面で顔を隠しているけど。
もちろん命の奪い合いを賭けの対象にするなんて違法ですがなにか。
「魔法、己の武技何でもありの勝負を鑑賞しながら賭け事を楽しむ場となっております」
支配人は意気揚々と説明し出す。
「ベット方法は簡単でございます。どちらが勝つかの二分の一。負けた場合、掛け金はその都度没収となります。ただ掛け金とは別に、オプション料を支払うことで、賭けた剣闘士に追加の防具や魔力増強の薬を提供できたり、相手の装備を減らしたりできますよ」
「良い趣味ね」
ほんと最低なほど。
あーもー。これかんっぺきに真っ黒くろすけじゃないかー!
せっかく課金したお金で整えた街がこんなことになってるなんて腹立つんだけども!
私の表情がなくなったことで、怯んだとでも思ったのだろう、支配人の声に活力が戻り、慇懃無礼なものになった。
「ここに入られた方には、最低一度は賭けていただくか、観戦料を支払っていただく規則になっております。違反された場合には、こちらの警備員の指示に従っていただきますが……いかがなさいますか」
「なるほど、ね」
つまり、ここから無事に出たければ、ありったけの金を賭けろと。観戦料なんてぶっちゃけ相手の胸先三寸だ、カジノが潰れない程度に膨大な金額をぶんどるつもりだろう。
背後でアルバートから不穏な気配が立ち上る。
顔にはおくびにも出さないけど、知ってるんだ。ゲーム時代から、アルバートはイライラするればするほど笑顔がものすごくきれいになる。
つまり今の見事なすまし顔は激おこ一歩手前なのだ。
こりゃ、支配人を穏便に始末する方法考え出してるなあ。
うちの従者様めちゃんこ物騒だから。とはいうもののこんな茶番つきあう気全くないし、何をしているかわかった時点でそろそろとんずらかましたいところなんだけど。
私がそこまで考えたところで、わっと会場が沸いた。
見ると、次の試合が始まるようで、対岸に設けられた入り口から堂々とした体躯の……まあ有り体に言うならマッチョマンが表れた。
発達した筋肉というのはそれだけで凶器だ。しかもその体格に見合う大剣を携えている。
アレだったら魔法が使えなくても充分に人をぺしゃんこに出来るだろう。
彼は観客の中でも人気らしく、会場高くに掲げられた魔法の筆記盤にはマッチョマンのものらしき名前の下に低い倍率が記入されている。
けれど、私が目を奪われたのは、対岸から舞台に入ってきた人だ。
ところでバニースーツというものをご存じだろうか。
体にぴったりと沿ったレオタードやミニスカートとシャツネクタイ、ぴったりとした網タイツを合わせた、夜のカジノでは定番の存在だ。
もちろんさっきまで遊んでいたカジノにもバニーガールはいた。
ただし、ケモ耳に対する萌えについてまだ布教がされていないため、獣耳を付けるという発想がないのが唯一の残念要素である。
だが、その人は確かにバニーだった。
引き締まりながらも出るところは出て引っ込む美しい体を燕尾服風のバニースーツに包み、凜とした面差しの目尻には隠しきれない羞恥が浮かぶ女性だ。
そしてなにより、淡いクリームがかった髪を高い位置で一つ結びにしていて、その頭頂部には、ぴょん、と立つ髪と同色のうさ耳が主張していた。
私は、その耳が本物だと知っている。
まごう事なきバニーだ。
バニーガールなのだ!
彼女の入場に、観客もどっと沸く。そりゃそうだよね。こんなきれいなねーちゃんがこれからマッチョ相手に戦うってことなんだもん。
彼女もまたここでは有名なのか、遠慮のない卑猥なヤジが飛ぶ。
その中で彼女は屈辱を覚えているように顔をゆがめたが、その場から立ち去ろうとはしない。
オッズは圧倒的に彼女のほうが高い。だって彼女が持っているのはただ木で出来た木刀一振りなのだ。
足下はかろうじてショートブーツとはいえ、心許なさ過ぎると考えたのは当然だろう。
だが私は、知っている。知っているのだ。
だから私は、くい、とアルバートの服の裾をにぎった。
「アルバート、よく見てて」
そうささやくと、彼は軽く目を見開いて私を見たが、すぐリングを注視する。
派手な演出共に、試合開始のゴングが響く。
マッチョマンが得物である大剣を構え……
瞬間、バニーガールが消えた。
とたん、彼女の倍以上は質量のあるマッチョマンが壁際まで吹っ飛ぶ。
ドォン!という音を響かせて、完全に気絶しているマッチョマンが倒れ伏すのを観客達は呆然と見送る。
刹那の沈黙のあと、どっと悲喜こもごもの歓声が観客達から上がる。
その中で、私は湧き上がるような高揚感とときめきに胸が熱くなっていた。
うかつに声は出せない、でもこの熱いパトスを押さえきれそうにない。
「エルア様、もしや」
アルバートが悟りとあきらめに似た生ぬるい眼差しで声をかけてくるのに、私はもう我慢できなかった。
顔を覆って、でも崩れ落ちるのだけはこらえて声を漏らす。
「推しキャラの1人です……」
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