13 事情説明(だが推しは尊い)
影を伝って帰ってきたのは自分の屋敷である。
あらかじめ印を付けていた場所には影を通じて転移出来るのだ。私の魔法で一番便利な機能だと思うわほんと。
私が転移部屋と呼んでいる部屋に降り立った私は、ようやっと息を吐こうとしたんだけども、その前に千草の体が跳ねた。
完全に意識を失ってなかったんだろう、アルバートが距離を取ると、千草は私たちと対峙した。
彼女は金色の瞳を細めて警戒心ばりばりだったけれど、その場に両膝をついて跪座の姿勢を取る。
すっと背筋を伸ばして、まっすぐ私とアルバートを見つめた。
「そちらの従者は貴殿が拙者を救うと申された。実際、あのおぞましい場から拙者を連れ出していただいたことに感謝いたす」
アルバート、あの攻防の中でそんなこと話していたんだ。
ぐっと頭を下げた千草は、けれどすぐ兎耳を揺らして顔を上げた。
「しかし貴殿の振る舞いはこの国においても罪である。かような犯罪を行う者に捧げる牙も脚もござらん」
圧倒的に不利な立場にもかかわらず、彼女は堂々と言い切った。
アルバートから殺気が漏れるのも無視して、私は彼女のまろい金の瞳を見つめた。
ただ食べられるだけのウサギなんかじゃない。
たとえバニーガールでも、そのたたずまいは苛烈で誇り高い侍そのものだ。
「貴殿は、拙者をいかがするつもりか。これ以上の辱めを受けるのであれば、拙者は最大限の抵抗をいたす。返答はいかがか」
その姿を私は知っている。なんども何度も戦いを見守り、グラフィックで堪能した兎月千草だ。
胸が高ぶる。押さえようとしていたのに、想いがあふれる。大きくあえぎ、でもこらえきれない衝動のまま、私はその場に崩れ落ちた。
「あぁあぁぁぁ尊いぃぃぃい!!!!!」
「!?」
思わず腰を上げる千草も、アルバートの冷めた眼差しも意識の外だった。
「かっこよすぎない!? 私どこに出しても間違いない悪女やってたし、犯罪者だったし品性を疑うような振る舞いしてたのに、救い出した意図を汲んでくれた上にお礼まで言ってくれるなんて高潔かよ高潔だったな! 頭の回転の速さと察しの良さは一線を画してるし、堂々と信念を主張して曲げない頑固さと強さはもうかっこいいの一言なのに、クールビューティ系の美女なんだよ! うさ耳のあざとさすら覆い隠すイケメン美女! いやむしろうさ耳が最の高なんだよな。神が作りたもうた奇跡の造形か!? 貢がなきゃどれくらい貢げばこの尊さに向き合える!? ねえアルバート!!」
「ひとまず、驚かれてらっしゃる彼女に自己紹介をしたら良いのではないですか」
至極どうでも良さそうにするアルバートのアドバイスに、私は全力で従った。
ぽかんと立て膝をつく千草の目の前にスライディングで座りこむ。
ひえ、という声が聞こえた気がしたが私はあふれる高揚のまままくし立てた。
「初めまして私エルアと言います! 今はホワード商会って所の頭取やってます!」
「と、兎月千草と、申す」
「うああああ、会話してもらえた、ひえ、やばい」
「じゅ、従者殿。この者は、あの場ではずいぶんその自由に振る舞われていたと思うのだが、二重人格かなにかなのか」
「信じられないかもしれませんが、そちらが素です」
おろおろとした千草がアルバートにすがるように聞いている。
なんとか湧き上がる萌えとときめきを押さえ込んだ私はうわずる声を押さえ込んで向き直る。
そうしてなけなしの理性と語彙力をかき集めて千草に向けて訴えた。
「私はあなたを傷つけるつもりは毛頭ありません。ついでに言うとあの場に居たのも偶然です。ただあなたの誇りと矜持を守りたくて、あなたがあんなところにいるのが許せなかっただけなんです。なのでかかった金銭をお返しいただく必要もありません。もし宿がないのでしたらこの屋敷に泊まっていただいて結構ですし……ただあのカジノは必ず潰したいので、もしよろしければ事情を聞かせていただけないでしょうか! そしてとりあえず課金させてください!」
「す、まない貴殿が何を言いたいのかわからない!」
はっ推しに思いきり引かれているぞ!? つい自制を失ってしまった。
珍しく表情を崩した千草の貴重な一面に私はまたふぐっとなったが必死にこらえた。
だってこれ以上壊れたらまずい。引かれるどころじゃないだろう。
それでもさっきまで散々こらえていたからこれ以上一般人の振りをするのはきついんだよ。私頑張ってたのだ。脳内はひどかったけど。
動揺をなんとか押しとどめたらしい千草が言った。
「貴殿は拙者に敵意はないようだが、事情については我が身の恥ゆえ、ご容赦を……」
まあ、そうだよね。誇り高い彼女のことだもんそう言うと思った。
「じゃあ
「っ!? なぜそれを知っている!?」
愕然とする千草に、私はきょとんとする。
「だって、あなたの
「エルア様、ステイです。図星を指されている彼女の精神力が削れています」
アルバートの手で口をふさがれて、なんぞと思ったけど、呆れを含んだ言葉でしまったと思った。
恐る恐る見ると、千草は兎耳をぺったり伏せていじけていた。
ものすごくかわいい。
「……宿を紹介していただいたのだが、恐ろしく高額な金額を請求されてしまってな。こちらで親切にしてくれた者に金子を増やす方法を教えていただいたのだが、いつの間にか拙者名義の借金が作られてしまっていたのだ。拙者に身に覚えのないものとは言え借金は借金。必ず返すという誓いのために、我が右腕である萩月を預けた」
「……完全にカモですね」
アルバートが身も蓋もないことを言うのに、千草はまたしょんぼりとした。
う、うん彼女はめちゃくちゃ人の良くて、ファンの間では「借金の連帯責任者をしてくれそうなキャラナンバーワン」なんて言われてたし、ゲーム中でもよく騙されていたりしていたのだけど。
「彼女はこの一宿一飯の恩義にもきちんと報いる義理堅さと頑固さが魅力なんだよ! まあ今回は、元から萩月狙いだったんだろうな、とはおもうけど」
「エルア様、彼女の剣はそれほど値打ちのあるものですか」
アルバートの問いかけに私はうなずく。
「
「理解しました」
「貴殿らはなぜ拙者のことをそこまで知っている……? 以前出会ったことがあるのか」
千草がすごく驚いた声を上げて、異様なものを見る目でこちらを見ていた。
やばい。そうだ私は知っているけど、がっつり思い入れあるけれども彼女とは初めましてなのだ。
うわああ、最近はうまい具合に取り繕えるようになっていたのに、全部タイミングが悪い! だって千草が跳ねる姿を見られたんだよ!? しかも生で!
無理だ、無理すぎる。雑踏の中でいきなり推しに関連する公式発表を見たときぐらい押さえられるわけがない。
だがここで不信感をもたれたら、ものすごく支障がある!
だらだら冷や汗をかいていると、かすかに息をついたアルバートが口を開いた。
「いいえ、俺たちがあなたに会うのはこれが初めてです。ですが我が主、エルア様は予知の中であなたを見通していた故にご存じでした」
「っそれは千里眼持ちということか!?」
「と言っても、見通せるものは大変限定的ですので、過度な期待はなさらないでください」
うわああアルバートナイスアシストぉぉ! 私のゲームの知識については予知で別の世界線の未来を見通していると言うことにしてある。いやほんとは全部隠せれば良いんだけど、私が発作を起こすから、あんまり秘匿するよりも小出しにした方が良いって言われたんだよな。
ほんと、エモシオンに予知の概念があって良かった……。
びっくりした千草の私を見る目つきが変わった。
まあ、居ると言っても希少な能力には間違いない。
「だ、だが彼女が私を見る目は、それだけではないような」
「それは、あなたの活躍を見て、ファンになったからと言うことらしいです。よくこう陥りますので慣れてください」
ものすごく苦しい言い訳を重ねるアルバートだったが、間違ってないので私は高速でうなずく。
だが勢いが良すぎたのか、千草は思いきり引いていた。うああごめんなさい。もうちょっともうちょっとしたら落ち着くので……。
「そ、そこまでばれているのだったら致し方ない。エルア殿、でよろしいか」
「うっうっ、よろしいです……」
名前呼ばれて嬉しすぎるけど、これじゃ全く話が進まないもの耐える。耐える。
アルバートの視線がそろそろ冷たすぎるんだ。頑張る。
少々心配そうにしながらも千草は、うさ耳を悄然とへたらせながら語ってくれた。
「その、エルア殿が推察された通り。拙者は萩月を買い戻すためにあの闘技場に立っていた。あそこで勝ち続ければ返してもらえる約束だったのだが……」
「あなた、甘すぎませんか。いくらもらっていたのかは知りませんが、それだけの苦労をして手に入れた名刀を簡単に手放す訳がないでしょう。担がれたんですよ」
「な、なんと。では萩月はもう……」
「大丈夫です!!!」
愕然とうつむく千草の声を遮って私は叫んだ。
「千草さんの魂の片割れは必ず私が取り戻します! あなたの傍らに萩月がないのは絶対にだめですからあきらめないでください!」
私が全力でのぞき込むように言うと、千草はぽかんとこちらを見つめるとほのかに頬を染める。
「そんな口説き文句をどうして素で口にできるんですかね……」
ぼそっとアルバートが呟いていたのも耳から滑り落ちる。
千草は視線をさまよわせながら言った。
「あの、その、だな。その申し出はとてもありがたい。拙者には全く見当がつかないのだ。しかし。貴殿を信用することも出来ない。拙者にはあの闘技場で見た貴殿の振るまいが目に焼き付いている」
「ですよね。私悪者ですし」
我ながら板に付いてるし、ぶっちゃけ弁明できないほど私犯罪者だし。
彼女はぎょっとするけれど、それでも顔を表情を引き締めていた。
「だが、貴殿が拙者を害するつもりがないというのであれば、拙者のために使用した金銭分は働いて返させていただきたい。多少腕に覚えはあるつもりだ。ここに誓うべき刃はないが、世話になる間はこの武技を貴殿のために振るうことを誓おう」
背筋を伸ばして言い切る千草のまっすぐな金の眼差しに、私は息が止まった。
彼女は、刃に誓ったことを絶対に違えない。それが彼女の信念であり、たとえどんな理由があろうと受けた恩には報いようとする気概が美しいのだ。
もちろんです。ありがとうございます。
「…………とうとい」
「エルア様、本音と建て前が逆になっています」
アルバートの冷静な突っ込みに、千草は顔を引きつらせていたけど、私はあふれそうになる感情を殺すことに必死になっていたのだった。
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