9 聖地は拝むものです
「もちろん、あなたの記憶にある歴史と、派生したストーリーの相関は説明された俺でも細かい流れまでは判断がつきませんから、判断を全面的に信じています。それでも視察ならそうと言ってください。あなたの気が触れたかと思いました」
「え、まってそれどっちの意味」
うきうきとリソデアグアの中心街を闊歩していた私は、ぎょっとしてアルバートを見る。
今日のアルバートも上品な家令服に黒い手袋を合わせて鞄を持っている。相も変わらず見事な従者っぷりである。
その彼は紫の瞳をうろんにして私を見下ろす。
「それはもちろん、あれだけ聖女と勇者に全身全霊をかけるあなたが賭博に興味を示すのは異常事態ですから。最悪何かしらの呪術にかかっているかとまで考えました」
「私への謎の信頼感ありがとう」
言い出した時にはだいぶ真顔で迫られたからな、本気で可能性を考えたんだろう。
少し恨みがこもっているのも甘んじて受けようではないか。
青空広がる中、私はステッキを片手に華やかな町並みの中をうきうきと歩いていた。
ここは元々のんびりとした海辺の街だったのを、周辺国家からの船からのアクセスが良いことに気がついた各地の投資家やら商会がリゾート地としててこ入れしたのだ。
ふふふ、それを知ったのは、私がユリアちゃん達のためにリゾート地を仕込んでいた後なんだけどね。
風光明媚な景色と美しい海。そこにカジノにエンターテイメントショーの舞台、充実したホスピタリティのホテルも完備して、別世界の気分を味わえるようになった。
そんな開発はされたけど、町並みはほとんど変わっていないためどこか懐かしい雰囲気も残り、大商会の頭取はもちろん、遠方の貴族もこぞってやってくる今一番熱い観光地になっていたのだ。
ちなみにこの説明はゲームでのものである。
そう、リソデアグアは水着イベをはじめ、数々のコネクトストーリーと呼ばれるキャラクター強化イベントの舞台となる地でもあるのだ。
そんなプレーヤーとして感慨深い街を実際に見て歩けるのがめちゃんこ楽しくて、馬車を使わずわざわざ歩いているくらいである。
あ、うきうきしている理由はもう一つあって、お気に入りの服を着られてるんだよね。
いやあ、悪徳姫モードだと服ががっつり貴族路線の仰々しいものに限定されてたからさ、自由に服が着られるのって幸せだなと浸っていたのだ。
薔薇色のドレススーツは動きやすいし締め付けないし、ショートブーツも歩きやすいの一言だし最高だ。
「さてと。じゃあ片っ端からカジノで遊びつつ、ユリアちゃん達が行くかも知れないお店を見つけなきゃ!」
「そうですね。店名がわかれば良かったのでしょうが」
「ゲーム上では描写されてなかったのよ」
「ええ、なので、あなたの『豪奢で上品な内装』という言葉から、一定水準を満たす上流階級向けのカジノをピックアップしました。本日はひとまずそちらを回りましょう」
さすがアルバート、頼りになるぅ!
私はアルバートに先導されつつ、ステッキをご機嫌に振りながらたどり着いたカジノ施設へ意気揚々と繰り出した。
年齢制限? そんなのは設定されてないし、むしろドレスコードのほうが大事だ。
アルバートが選んだのは軒並み上流階級向けの、サロンを兼ねたカジノばかりだった。
軽い食事やお酒を提供していたり、定期的にエンターテイメントショーを催していたりと趣向を凝らしてお客さんを呼び込んでいる。
従業員の接客も貴族のお屋敷ばりのこまやかさだ。
女性の出入りは多くはないが少なくもない。
受付員も私の見た目が多少若いことにちょっと驚くけど、私のドレススーツと従者であるアルバートの見た目ですんなり通してくれたものだ。
でもなかなかお目当ての内装をしたカジノは見つからない。
うーんもしかしたらまだ実装……じゃなかった開店していないのかな。
さすがにカジノ経営まではやってなかったし作るしかないかな? と考え始めていたころ。
かつん、と立ち止まったのは、華やかな魔法灯で極彩色に照らされた建物だ。
こう、ど派手なラスベガスの情景をファンタジックに上品にした雰囲気である。
最後に見て十年経っても色あせない記憶がよみがえった。
「あ、ここだ!」
「えっ」
アルバートが驚いた声がしたけど、私ははやる気持ちのまま迷わず突き進んだ。
だって、これだもん!絶対ここだよ。外観がまんまゲームの背景だ。
カツコツと舗装されたアプローチを歩いて入り口にゆくと、アルバートがあきらめたように先行してくれる。
ドアマンは年若い私に一瞬だけ驚いた顔をしていたけど、きちんと扉を開けてくれた。
そこには、今までのカジノ同様、別世界が広がっていた。
広々とした店内の天井は高く、シャンデリアがいくつもぶら下がり、生バンドによる演奏が響いている。
座り心地の良さそうな高級感のあるソファーや一目で高価だとわかる調度品が品良く並べられ、一目で上流階級だとわかる紳士淑女が、様々なゲームに興じている。
カードゲームのバカラにブラックジャックにポーカー。ルーレットはもちろん、サイコロを使うクラップスまで多種多彩だ。
揃いの制服を着たディーラー達を相手に、どのテーブルでも白熱した悲喜こもごもが繰り広げられている。
そこはまさに、私がゲームの背景で見知った場所だった。
ふおおお! やっぱりゲームの世界が現実にあるのを見るとどきどきする! 何度出会っても嬉しい。
いやでもここではしゃいだらだめだぞ。ここはある種の社交場だ、あんまり場を乱す行為をするとつまみ出されちゃうからな。
私は出来るヲタクなので。外面を取り繕うのは大得意だ。
と言うわけで内心感動に打ち震えながらもすまし顔でいると、すぐに案内人らしき落ち着いた物腰の男性従業員が近づいてきた。
ふおお、この制服もゲームで見た! 趣味が良いとほれぼれしたものだ。しゅごい。拝もう。
内心手を合わせていると、従業員が丁寧に頭を下げてきた。
「お客様、当店にお越しいただきまことにありがとうございます」
そこからは店で取り扱っているゲームやハウスルールの説明を受けたあと、従業員が切り出す。
「では、登録を進めさせていただきますが、チップはどれほど交換なさいますか」
「アルバート、とりあえず半分お願いするわ」
「……かしこまりました」
一瞬アルバートがやっぱりかとあきらめの色を浮かべたけど、黙って鞄からお金を取り出してくれる。
どん、とトレイに乗せられた札束に、従業員は素に戻ってぽかんとした。
「え……?」
「どうかいたしまして?」
「いいえ、すぐに引き換えて参ります」
従業員が足取り軽く去って行くのを見送っていると、アルバートが小さくため息をついた。
「エルア様、一度に換金しすぎです。平均の十倍ですよ」
「だって間接的とはいえ、これは推しのための課金だもの。惜しむ理由なんて一切ないわ」
だって! 私にとってここは聖地みたいなものなんだぞ!? しっかりがっつり支援して推しがくるまで存続してもらわねば!
「それに私はカジノをするには若すぎるんだから、先にまとまった金額を突っ込んだ方がお客さん扱いしてくれるわ」
「いえ、ここは……」
「お待たせいたしました。ではお客様、どちらのゲームで遊ばれますか?」
アルバートが何か言いかけたが、その前に従業員が戻ってきた。
ふむ、とはいうものの、カードもルールを知ってるだけでそんなに得意じゃないしなー。
「まずはルーレットがいいわ」
貴族のご令嬢らしく品良く言ってみせると、恭しくちょうど空いた椅子に案内されたのだった。
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