6 尊さは折り紙付き
なんとか呼吸を整えた私は、目を殺意にぎらつかせるアルバートを落ち着かせるために言葉を選んだ。
「アルバート。この方達はぶしつけではあるけど、わたくしを心配していらしてくださったみたい。追い出すのは待ってちょうだい」
「……その前に、状況のご説明を願ってもよろしいでしょうか」
あれ、アルバートが食い下がるのは珍しいが、今のうちにわかる範囲でしといたほうがいいか。
だから私は困惑をにじませて、あくまで高飛車に悪徳姫風に言って見せた。
さっきはくずれた?そんなもん幻覚だ、幻覚。
「驚いたことに、わたくしのことを親しく思ってくださって、身の潔白を証明してくださろうと申し出てくださったのだけど。わたくし、共に行く訳にはいきませんもの。ねえわかるでしょうアルバート」
意訳:この子達、私を妙な感じに崇拝してるんだけどどうして。ついて行くなんて言うわけにはいかないから穏便に追い返す方法を考えてヘルプミー!
そう、だってこのまま勇者一行に加わることなど出来ない。
エルディアは悪徳姫。悪のまま終わらなきゃいけないんだから。それに私もまだまだやることがあるわけで。というかぜんっぜん推しを愛でたりない訳ですよ!
我がスーパー従者様であるアルバートは、私のテレパシーをわかってくれたみたいだ。
まかせて、とばかりに目顔で応じられた。
オーケー私の推しを信じるぜ。
目で会話をしたあと影を解くと、アルバートは小さくため息をつくと、手に持っていた血の鎖を霧散させた。
「エルディア様、あなた様はご自分が思っていらっしゃるより、悪に徹し切れてないのですよ、勇者しかり聖女しかり。あなたの悪は影響力が強い。生まれさえ間違えなければもっと日の当たる世界に居られたはずだ」
「アルバート?」
え、なに急に言い出すの何で切なそうな顔するの。
それ私がアルバートに思ってたことなんだけど。
私が思わず声を上げようとしたとき、アルバートの揺らぐような熱のこもった紫の瞳に見つめられた。
「ですが、あなたは、想うことを俺に許してくださいましたよね」
はい?
初耳ですけど?
意味がわからず目を点にしていると、アルバートはゆっくりと私の手に己の指を絡める。
まって、まって動きがえろいんだけど。
はい???
私の動揺なんてなかったように、そのまま腕を引かれて閉じ込められた。
「きゃっ」
かわいらしい悲鳴を上げたのは、ユリアだ。あっそうだよね、あなたこってこての恋愛ものも大好物だもんね。
あれまってこれもしかしてアダルティな空気ただよってない?
いやそんな声上げたいけど、合わせてってアルバートの視線を忘れてなかったから、かろうじて悪徳姫の仮面はかぶっていた。
だがしかし、心臓は耳から飛び出そうなほどばっくばくである。
さらにアルバートは心底愛おしげにつう、と私の手を持ち上げると、指先に唇を寄せた。
「この肌に牙を立てることを許してくださったその時から、俺はあなたが運命から解放されるこの日を待ち望んでいた。それでも、勇者様達について行きたいと望むのでしたら、俺は姿を消しましょう。所詮はみ出し者のダンピールですから」
ようやっとアルバートがやろうとしている芝居を把握した私は、言葉を遮るようにぐいとアルバートのタイを握って唇が触れそうなほど引き寄せてやった。
超手が震えてるがユリアとリヒトには見えないだろう。
どうやら、これを機に外へ逃げようとしている身分違いの恋人同士と思わせるつもりらしい。
確かに純粋なこの二人には情に訴えるのが一番だ。やるぞやってやるぞ。
心臓がばっくばくで震えそうだが、それでも驚いたアルバートの顔をにらみ上げた。
「わたくしが、約束を破る女だと想われているのだったら心外だわ。わたくしはあなたが一番なの。なんど言い聞かせたらわかるのかしら」
あなたが揺るぎない最推しなんだよ。ゲームでも今でも。
なんかもう自分でも何言いたいかわからないけどこれで十分よね!?
ぱっとタイを離した私は、ユリアとリヒトを振り返った。
とたん、2人は真っ赤になってぴゃっと肩を震わせている。
「わたくしにはこの男との先約があるの。だからあなた方にはついてきません」
「は、はい……ふあ!?」
なんだこの三文芝居、とちょっと心が引きつるのを耐えていたのだが、純粋な二人は完璧に信じてくれたみたいだ。
こくこくと頷いたユリアだったが、急に胸を押さえて外を振り返る。
私も微弱に感じた。
この世界を脅かす魔界との道がつながった感覚だ。
やっぱりな。
「ユリア!?」
「ま、魔界の門がひらいて、魔物がきます……っ!」
「ど、どこかわかるか」
「町の中心……!」
リヒトとユリアは一気に緊張と絶望を帯びる。
まだひっついたままのアルバートがこそりとささやきかけてきた。
「エルディア様はご存じだったのですか」
「まあね。本当はこれ、悪徳姫が持ち込んだ魔道具で引き起こされるものなんだけど。私持ち込んでないのにできたから、予定調和のものだったんだと思う」
「ああ、何度かあった回避できないストーリーというやつですね」
そう、致死性の高いイベントは、これでも何度か回避を試みたのだ。
でも勇者の村が全滅することも、聖女ちゃんが瀕死の重傷を負うことも止めることは出来なかった。
だからこの魔物襲撃では、聖女と勇者が防ぐことがベストエンドになる。
しかし、この屋敷は都市部からだいぶ遠い。
どんなに急いでも中心点にたどり着く頃には地獄絵図が広がっていることだろう。
「行かなきゃ。一人でも多くの人を救おう。間に合わないかもしれないけど。でも」
「はいっ! リヒト!」
それでも、彼女たちは迷わず行くのだ。何より誰かの大切な人を救うために。
にもかかわらず、ユリアとリヒトは私たちをいたわることも忘れないのだ。
「待っててくださいね! ちゃんと守りますから」
「えっとお二人ともお幸せに!」
「待ちなさい」
死地に赴こうとする彼らを私が呼び止めると、二人はぱっと振り返る。
「ここに、一瞬で中心点までいける方法があると言ったら?」
息を呑む2人に希望の色が宿る。
けれど、彼らに向けて私は精一杯の悪徳に満ちた笑みを浮かべて見せた。
「けれど、そのような都合が良い手段を用意しているこのわたくしを、勇者、聖女、信じられて?」
「「もちろんです!」」
迷いのない返答に、私は顔が緩むのを必死でこらえた。
うん、だから私の推しなんだ、君たちは。
ああやっぱ尊い。
なんだか泣きそうな気持ちになりながら、私は未だに手を取ったままのアルバートの手に力を入れた。
私の影を使った魔法は、殺傷能力がない分、案外いろいろ便利に使えるのだが、その一つが、影がつながっていれば一瞬で移動できること。
あらかじめ印をつけた地点から、地点までという制限もあるが、今回はこんなこともあろうかと、中心街付近に印をつけてあるのだ。
二人を移動させるくらいなら、まあ問題なくいけるさ。
「さあ、行きなさい」
救世の勇者達。
きらきらと光るエフェクトとかじゃないのが申し訳ないんだけど。
つややかな影に飲まれて、聖女と勇者は部屋から消えた。
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