5 脳内バグりはよくある
もう……襲撃イベントが起きるとしたら今日だから、私だって備えて起きてようと思ったのに、アルバートは「使用人の仕事ですので」って押し切るんだもん。
こういうときばかり顔の良さを存分に使ってさあ。
おのれ、あんなことされたら言うこと聞くしかないじゃないか。
ぶつぶつと不満たっぷりに布団に潜り込んでいた私だったが、かつん、と窓になにかぶつかる音が響く。
おや、ここは完全に私の気配を遮断している特別仕様の部屋なんだけど。外から見ると窓すら認識できないような阻害魔法がかかっているはずなのだ。
そこにピンポイントでぶつけてくるとは、どんな魔法使いだ?
すぐにでもアルバートを呼べるように警戒しつつ、自分の武器を確認する。
しょうがねえだろ! 悪徳姫ってほんっと暗殺されやすいんだ! 自衛自衛!
で、窓が見えるようにごくごく自然にごろーりと寝返りを打ってみて、しぬっほどおどろいた。
「早くしないと見つかるぞっ」
「わ、わかってるわよ! ええとうん、こうしてえええーい!」
私は、夢を、見ているのだろうか。
パリーン!
魔法がかかっているはずのガラスを思い切りよく割ったのは、救国の聖女様ユリア(推し1)。その後ろから続けて室内に入ってくるのは、聖剣に選ばれし勇者リヒト(推し2)だった。
推しが目の前に居ることと、自分の部屋に侵入しようとしてきている事実と、全く素のままで対面することになった私は頭がパンクした。
具体的に言うと眠ったふりなんてかなぐり捨てて飛び起きた。
当然私に気がついたユリアちゃんとリヒトくんは、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってきた。
「起こしてしまって申し訳ありませんエルディアお姉様! ですが緊急事態なのです」
「ああ、エルディアさん、今すぐ俺たちと逃げてくれ」
「…………なんて?」
ユリアとリヒトに口々に言われた私は、悪徳姫の仮面すら忘れて素で問い返した。
え、まって。まって。
なんで2人がここに居るの、ユリアちゃんそんなお姉様なんて呼んでなかったでしょ? そもそもリヒトくん逃げてくれってどういうこと?
こんなイベントなかったよね!?
どうしてこんな熱っぽい視線で私を見上げているわけ2人とも!? まるで推しでも見るみたいに!!!
だけども私の素の問いかけを都合良く解釈してくれたらしいユリアはそりゃあもう、イベント差分のようにかわいく頬を染めた。
「ずうっとずうっとお呼びしたかったんです。教会育ちで世相に疎かった私を叱咤激励してくださったお姉様が居てくださったおかげで、私は聖女になれました。だからお姉様の窮地にはお役に立たなきゃとおもったんです」
「俺も! 故郷が恋しくて訓練に身が入らなかった時に、エルディア様が平静に突き放してくれたから、勇者として立つことができました。世界を救うための勇者が、恩人を救えないなんてあっちゃいけない」
えええっと私は今日の出来事でウィリアムにその証拠を見せられたはずでショックを受けていたはずなんだがな!?
そりゃあせっかく推しと同じ空気を吸えるんだ、シナリオ改変にならない程度に関わりは多くしてたけど!
もしや清廉潔白で優しいエルディアの仮面が嘘(笑)とわかってない?
「わたくしを助ける? 助けられるいわれなどございませんのに。それにねえ、ウィリアム様からわたくしの罪状を聴いたでしょう? もしそれをわたくしが犯していたとして、あなたはその責任をとれますの」
ようやっと悪徳姫の仮面をかぶって冷淡に応じて見たものの、内心はばっくばくだ。
だって不意打ちすぎない? 推しが自分の部屋に居るんだぜ。理性保てて居るのが奇跡だって。
なのにリヒトくんは怯んだ顔をしつつも言うのだ。
「知っています。今まで俺たちが解決してきた事件にエルディアさんが関わっていること。魔界の門が開くときに、ちょうどエルディアさんがその場にいることも。でもそれってなにか理由があったんですよね! だってフェデリーでずっと問題になっていた奴隷や貴族の搾取もあなたが関わらなければ明るみにならなかった!」
「魔界の門のそばにいらっしゃったのだって、わ、わたしの浄化が必ず間に合う時でした」
ま、まぶしい! まぶしいよリヒトくん! ユリアちゃん!!
私が悪事に手を染めると決めたとき、決めていたことがある。
それは誰もが手を出せない、解決をあきらめるような犯罪であること。だって勇者くんと聖女ちゃんは、この世界の中心にいる。そして私は彼女達の敵役だ。だから私という悪役が関われば、必ず白日の下にさらされるのだ。
それが、私の
なまじっか間違ってないだけに、下手に否定するとぼろが出そうだ。
ま、魔界の門については全く関係ないんだけど、そばに居たのは推しの雄姿を見たいからこっそり待機してるとなぜかばれるってやつだったんだけどな!
とはいえ私が困っていると、たたみかけるようにユリアちゃんが鞄からなにかを取りだした。
ひいっ!
「そ、それに私お姉様の発行された同人誌のファンで、こんなに誠実に恋を語られる方があのようなことに関わりを持たれて居るのは何か理由があるんじゃないかって、聞いてみたかったんです」
ユリアちゃんが持っていたのは、薄い本。そう、私が耐えきれずに始めたビーでエルな数々の小説だった。だって耐えられなかったんだよ、推しの世界に居るのに目の前に供給があるのにこの萌えを誰とも共有できないなんて!
ならば沼に引き込もうと、侯爵家の力と裏社会で築きあげた力を全力活用して、……具体的には元からあった技術にちょっと出資して、印刷業界活性化させた!お金の力すごい!
と言うわけで萌えの丈を書き殴ってはそっと放流していたのである。
だってずっと悪徳姫で居るのもしんどかったんだよ。素に戻れる場がほしかったんだよ。
ユリアちゃんが真顔で言う。
「私、えるるんです」
「まじかよ常連さんだった……?」
えるるんのゆりゆりしい話大好きだったんだけど。感想送り合う仲だったけど、いま知りたくなかったかな!?
というか推しに私の創作見られてたなんてふえええ!?
私がほぼキャパオーバーで震えていると、ずい、とリヒトとユリアが手を握ってきた。
「あなたはこのままここに居れば、殺される。絶対俺たちが守るから。このまま付いてきてくれないか」
「あの、うえっえっ」
ぎゅっと、握られた手に力を込められる。
「この国は、どこかおかしい」
「私たちは、この国の……そして世界の異変を確かめる旅をあなたとしたいんです」
うわああああ数々のキャラを落としてきた殺し文句ぅうぅぅ!!!!!
何で悪役であるはずのエルディアが聞いてるんだよおおおおお!!!!!うれしいけど違うだろう!?
しかもこの国がキーになっているのもうっすら気づいてるっぽいし!!!
あれ、私いったいどこで間違えた!?
いやでも今、彼女達がここに居るのもやばいんだ。
だれかこの混沌から助けてくれ!
「エルディア様っ!」
ばんっと、寝室の扉を開けて駆け込んできたのは、我が頼れる従者様、アルバートだ。
アルバートは手を握られている私と、ユリアとリヒトを見るなり、ぐわっとその気配を変えた。
それは紛れもない、怒気と焦りだ。
紫の瞳が炎のように揺らめいたと思った瞬間、一気にこちらへ向かってきた。
リヒトもさすが勇者という素早さで、腰の聖剣を抜いて応戦する。
がん、とアルバートの短剣とリヒトの剣がぶつかった。
聖剣の切れ味はさすがのもので、アルバートの短剣は二度目で折れる。
しかし、アルバートが折れた短剣で手の平を切った。とたん、傷口から吹き出した血液は鮮やかな鎖の形をとってリヒトへと襲いかかった。
やっばい、嫌っている吸血鬼のスキルまで使ってる、じゃないアルバートめちゃくちゃ怒ってる!?
「ユリア! 先行っててくれ! こいつ強いっ」
「はいっお姉様、こちらですっ」
「エルディア様をはなせ!」
たちまち激しい応酬が繰り広げられるなか、私はユリアに手を引かれてベッドから転げるように降りる。
いやいやまってこれはまずいって、なんでアルバート思いっきり殺意満点で……そっかそうだよなこんな所に勇者がいたら私を害されると思うよな。
だめだこりゃ、私がなんとかしないと!
ごめんねユリアちゃん!
ユリアの手をふりほどくなり、私は床を素足でがつん、と踏みつけた。
私の得意な魔法、それは影に関するもの。
つまり宵闇で暗いこの部屋では一番有利なんだよって!
「ここはわたくしの部屋です。全員静かにしなさい!」
とたん、足下から伸びた影は彼らを拘束した。
ユリアはもちろん、リヒトも私がどんな魔法を使うかは知らなかったんだろう。
まあ特殊だからね! 殺傷能力ほぼなし! 陰険悪役にふさわしい魔法そのものですので。だけど、今回は効果ばつぐんだ。
「わっ」
「きゃっ!?」
「……っ!」
その場に硬直するリヒトとユリア、そしてアルバートに、私はようやくまともに息が吐けた気がした。やれやれ。
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