2 やり抜いた結果の大誤算

 いやもうびっくりしたよな。

 集めに集めた推しグッズの下敷きになって意識が遠のいたと思ったら、7歳の悪徳姫エルディア・ユクレールになっていたのだ。

 即座にわかったのは、屋敷内が見覚えのある背景スチルだったから。

 時系列は本編前だったけど、即座に推しが居るか確かめに行ったよね。

 いやあの時の私は、推しと同じ世界に居る喜びと別の存在になりかわっている恐怖と、悪徳姫である動揺で軽く我を失ってたから。若気の至りってことで。


 この世界にうり二つのソーシャルゲームRPG「エモシオンファンタジー」は、主人公である勇者リヒト(名前変更可)と、聖女ユリアが出会い、魔界とつながり魔物が暴走する世界の異変を調査し、その原因である魔神を倒すために仲間と旅をするストーリーだ。

 メインキャラはもちろんキャラクター達が素晴らしく、課金はもちろんリアルイベントもグッズも網羅する勢いでハマっていた。

 そう、だから私は知っていたのだ。

 私がなってしまった悪徳姫、エルディアが物語上どれだけ重要か。


 ユクレール侯爵家の息女である彼女は、序盤は聖女と勇者ととても深く関わり、慈母のように優しくアドバイスすらしながらサポートする。

 しかしその裏では亜人種を捕まえて魔法の実験材料に使い、気まぐれに一般市民を殺し合わせ見世物として楽しむ。快楽に溺れる人々を慈愛に満ちた微笑みで足蹴にし、おもしろそうだからと言う理由で犯罪に手を貸す。この世の悪徳すべてを食い物にして咲く毒の花なのだ。

 いわゆる確定悪として登場する彼女は、一見後で仲間になるお助けキャラにしか見えなかったことから、彼女が序盤のラスボスとして登場した時には裏切られたユーザーが怨嗟の声を上げていた。私もあげた。

 だが、彼女が起こした数々の事件によって、聖女と勇者、そして仲間達は絆を深めていく。

 要はこの人がいないと、キャラクターが強くなるきっかけが一切ないのだ。


 つまり、推しが魔神に負ける。


 この世界もキャラクターも大好きな私は、当然のごとく推しを輝かせるために、悪徳姫になりきることを決めた。


 幸いにもストーリーはエンドレスリピートしたおかげで、時系列も頭に叩き込まれている。

 だから、推しを死なない程度に鍛えるために全力で慣れぬ悪役を演じたさ。

 健全に正々堂々悪事を働いてね!

 私の涙ぐましい努力の結果、歴史は無事に本編通りに進み、彼らは私が尊さに号泣するほどの団結を見せてくれた。

 のだが、一つだけ。どうしても本編から外れてしまったことがあるのだ。




 帰りの馬車の中で、私はここまで耐えきった想いをクッションに爆発させた。


「あーーーーっ! さいっこうに、推しが、尊かった! ユリアちゃん超かわいくない?けなげじゃない? 悪徳姫なんて呼ばれてる私をそれでも信じようとしてくれるなんて天使過ぎるだろう……勇者くんもマジアレ。いや一応プレーヤーとして楽しんでた身だけどさ、言動がいちいちイケメンなんだよね。さすが主人公すげえときめく。しかも現時点で仲間に出来るキャラほとんどと交流持ってるんでしょ。もはやコミュ力チートじゃない。しっかしウィリアムもアンソンも迫力やばかったよにらまれてちびったけどそれって聖女ちゃんと勇者くんを想ってのことなんだからクソデカ感情まったなし……生推しやばい。ほんとやばい」

「……エルディア様」


 ゆったりとした座席でじたばたごろごろしていた私は、アルバートに声をかけられて、ようやく脳内ハッスルを収めた。

 彼は向かいであきれた顔をしている。その目は若干どころではなく冷え切っていた。


「推しへの狂喜乱舞ぶりは相変わらずですね」

「当然でしょ! というかこれからしばらく近くで顔を拝めなくなるんだからその分だけね。思う存分堪能しとかないとと思ってさ」

「……それで恋愛感情ではないんですから、よくわかりませんが」


 推しに関しては恋愛感情ではないと言うのが私の持論だ!

 それはともかく、アルの切られた脇腹がまだそのままだ。


「それよりも、アル、傷の手当てしよう。というかあれ普通によけられたでしょうにどうして食らっちゃうのよ」

「あそこで普通の従者が傷を負わない訳がないでしょう。それに、あなたのお手を煩わせるつもりはありませんよ」


 ため息をついたアルバートは、てきぱきと椅子の下に用意してあった救急箱を開けるなり、さっさとジャケットとシャツを脱ごうとする。

 服の上からは想像が付かないほどしっかりと付いた筋肉が浮く腹が見えたところで、私はぐふっとむせ込んだ。


「ななんで急に脱ぐかな!? その美しい腹筋はしまっちゃいなさい! 目の毒なんだから! リアルは刺激が強すぎるの!」

「傷の手当てすらさせてくれない主なのですかあなたは」

「そんなわけないじゃない、というかそれよりも私の血をなめたら良いでしょう? あなたダンピールなんだから!」


 吸血鬼と人の間に生まれた彼は、諸事情あって血を飲むと飛躍的に回復能力が高まる。皮一枚切られた今回の傷なら、一晩もかからず治るだろう。

 アルバートを見ないように顔をそらしつつも私が言うと、彼は理解に苦しむとばかりに眉をひそめる。


「男の体を見ないために、血を吸わせるなんて、あなたの判断基準が狂っているのではありませんか」

「私は推しに狂ってるから安心して。というかあなただけだから。ほんと勘弁して」


 私が切実に言うと、盛大なため息をはかれたあと、布の擦れる音がした。


「わかっていますよ。ゲームの「俺」が、あなたの最推しだからでしょう?」

「その通りだよアルバート・ベネット。何で私の従者なんてやってるの!」

「それはあなたが一番よく知っているでしょうに」


 ほんの少し声にあきれと冷たさをにじませるのも麗しい。

 ええ知っていますとも、こちらに来て唯一にして最大のどうしてこうなった案件様!


 そう、アルバート・ベネットは私の最推しである。

 本編では26歳。襟足まである黒い髪、長い前髪に見え隠れする紫の瞳、中性的でありながらどこか男らしさを漂わせる美しい容姿。

 ダンピールの凄腕暗殺者である彼は、彼が背負った悲しい過去を含めてユーザーに絶大な人気を誇っていたキャラクターだ。


 本来この世界でのダンピールは身体能力が高いだけの存在でしかない。

 けれど、彼は吸血行為をすることで飛躍的に身体能力と自己治癒力が増す能力がある。

 それは、かつて拾われた犯罪組織での実験が原因だ。


 幼少期にスラムから拉致されて以降、実験と言う名の拷問と暗殺技術を仕込まれ続けた彼は、それでも仲間の子供達と励まし合いながらも過ごしていた。

 しかし自分が任務に行く間に、仲間達がすでに処分されていることを知った彼は、己の全技術を使って犯罪組織を壊滅に追い込んだのだ。

 以降、二度と親しい者を作らないと決めた彼は、法外な報酬でどんな殺しの依頼も引き受けてくれるフリーの暗殺者になる。

 だが聖女と勇者のまっすぐな想いをぶつけられて、ほんの少しだけほだされて、彼らの魔神を倒す旅に手を貸す。

 明確に仲間には加わらずかたくなに一人をつらぬく孤高の存在だが、どうしても力が足りない時に一番おいしいところかっさらっていく存在だったのだ。


 そう、あの園遊会の場でも勇者、聖女側として、エルディアが関与した罪の証拠を提示するお助けキャラ的な活躍をしていたはず。

 そんなアルバートだったが、なぜかこうして悪役であるはずの私の従者としてそばに居た。


 いや原因は私が彼をスカウトしちゃったせいなんだけど。

 私の意識がエルディアに入り込んだ時期は、本編前、つまり推しの小さい頃が見られるわけですよ。

 しかもアルバートがとらわれていた犯罪組織の拠点は、なんと私の住んでいた屋敷と同じ町で。


 まだ転生だか憑依ハイだった時期なもんだから、てってこと場末の裏町に入り込んだらちょうど彼が組織を壊滅させている現場に居合わせたのだ。

 画面上よりまだ若いアルバート(推し)が負った傷もそのままに、深い絶望と虚無の表情でたたずんでるのを見て、これは現実なのだと理解して。

 これからさらに味わうだろう推しの絶望を知る身としては、そのまま放っておくなんて耐えられなかったのだ。


 ぷっつんと切れた私は、全力でアルバートを持ち帰り、傷の手当てと気が済むまで屋敷で雇用すると宣言して居着かせた。

 当時の彼は16歳。成長期特有の華奢さが目立つ、どこに出しても恥ずかしくない美少年だ。

 ふふふ、外見が7歳児じゃなければ許されない所行だったな。


 本当に、ほんとうに。ただの出来心だったのだ。


 アルバートは1人を好むし、もうどこの組織にも属したくないと考えるひとのはずだから、傷が治れば勝手に出て行くと考えていた。

 にもかかわらず、彼はあっという間に使用人スキルを磨いてユクレール家の家令になったし、私が転生者……とまではわかっていないっぽいけど、私の中身が成人していることやある程度この世界の未来を見通せることまで自力で気づいてしまったのだ。

 あの時はビビった。「あなたの『推し』という単語は重要人物に対する固有名詞ですか」なんてすまし顔で聞かれて魂が縮んだ。

 まあそんな経緯もあって、アルバートは凄腕暗殺者ではなく、スーパー従者様として私が手がける数々の「推しのための布石」を手伝ってくれつづけて。

 10年たった今でも私のそばに居る。

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