Scene #21 私

 一度ライトを消そう。


 この暗闇の中、「私」は読者に問いたい。何故にこの物語を読む必要があるのかと。


 夢の話と断った上で始められたこの物語は、まさに透明を獲得した彼の如く、輪郭を曖昧にして広がっていく。


 肥大し、それでいてあっけなく拡散し、捨て置かれ、乾いていく。


 Aという始まりと、Bという終わりを結ぶものが物語であるなら、この物語もまた、読者を「終わり」へと送り届ける必要があるのだろうか。


 分からない。


 暗闇は光があるから存在できる。苦しみがあるから喜びがあるのと同じように。


 とにかく、先を続けねばならないだろう。


 私は私の意思でこの物語を進めてきた。だが、ここからはむしろ、読者の意思で文字を追い、ページを進めてほしい。


 何故にこの物語を読む必要があるのか。


 そんなこと、私に聞かないで欲しい。


 新たなスポットライトは灯った。


 分かるだろうか。読者は自ら「私」という発光するライトと化しながら、別のライトを今あそこに見ているのだ。


 進むかどうかは自由だ。


 「私」は読者に従うほかない。


 ……


 発光体は残像を残しながら進む。


 私という発光体、私という残像。制御を行う読者の意思を、私は知らない。


 決めたのは私ではない。


 スポットライトの照らすのは斜めに並んだ文字列、微かに黄ばんだ紙に印字された文字列だ。その向こうに蜂の巣状の棚と、壁に貼られた藁半紙のプリントが見える。ここは教室らしい。


 らしい? 


 否。私は最初から知っていた。


 ここは私の通う高校の教室。それも、ほんの数日前の、教室。


 私はここで彼の存在を知った。


 覚えているだろうか。読者が今乗り込んでいるライト、この発光体は私自身だということを。


 私は今、読者という他者を含み、かつ、その他者に制御を奪われた状態で、私自身の記憶の中へと進んでいるのだ。これは試みだ。何が起こるかわからない。


 私は恥ずかしい。


 私を見ないで欲しい。


 なんという苦痛だろう。親のセックスを見るような苦痛だ。流す前の大便を見られるような、居た堪れない苦痛だ。できるなら今すぐに目を止め手を止め、私の存在をすっかり忘れて欲しいのだ。


 だが私は告白せざるを得ない。


 読者が私を見捨て、この物語から離れてしまう事を私は恐れている。


 私はずっと望んでいたのだ。本当は、ずっと望んでいた。


 こうして、誰かに、私を見て欲しかった。嘘偽りない、そのままの姿を、思考を。即ち、私の目から見た、私自身を知って欲しかった。

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