<<エピローグ ~1+1からウまれたキセキ~ >>

 ―――それからさらに時は流れ


 至高天から降りてきた男はこの世界の管理者となり、地上に対する干渉を方向転換させようとしていた。まず、接触は最低限へと変えた。そうすると、自らの世界で作られる感情で、ある程度賄えるようにする必要があった。そのため、まずは負の感情だけでなく、正の感情を教える必要があった。だけど、それをここの存在は知らない。だからそれを示さないといけなかった。愛する女性と共に。


「おかえりなさい! アナタっ!」

 アンギルが乙女のように愛する男へと抱きついてくる。嬉しさを爆発させて、翼まで広げてしまっている。新婚さながらの、熱々といったところだった。

 従者の男がそんな彼女をたしなめる。

「アンギル様・・・旦那様が戻ってきたとはいえ、子供の様に抱きつくのはどうかと思いますが? それに・・・・」

「・・・だめぇっ?」

 涙を浮かべて、子供の様な顔でみてくる。従者もそれには弱く、それ以上は何も言えなかった。そこに管理者となった男がフォローを入れる。

「正の感情を出すのは俺たちの仕事の一つだし、勘弁してくれないか?」

「・・・旦那様が甘やかしすぎるから、アンギル様が子供の様なことをされるのですよ? それに、この感情は偏りが強すぎませんか?」

「偏りは別にいいだろ? アンギルのことは、ここの奴らは子供を知らないから、打ってつけだろ?」

「・・・わたしが子供っていいたいのかしら?」

「子供の様に純粋でかわいいってことだ」

 そういって彼女へと飽きることなく口づける。従者はこの流れをもう何度も見せつけられている。決して嫌な感情ではないが、そのたびに甘ったるい感情を食べさせられ、どこかむず痒くなってしまうのはどうしたものかと思う。

「んっ・・・もう、すぐにキスするんだから・・・・いけない人・・・・・」

 はにかみながら、男の唇に指をあてる。

「それよりどう? お仕事は順調?」

「いや、やっぱり実例がないと無理だな。なんというか・・・すまん」

「ふふっ、いいのよ。それより、お食事にしましょう。今日はシチューよ?」

「食事って・・・お前大丈夫なのか?」

「平気よ? だってわたしは人間じゃないもの。身体の作りが違うわ。それでも、一応軽いものは用意しておいたわ」

「それでは私はここで・・・・」

「何を言っているの? 貴方も一緒に食べるのよ? 人間のことを知るための勉強よ?」

「え・・・っ?」

 この言葉に従者は絶望した。これから目の前で、二人のいちゃつきを見せつけられる未来に。

 凍り付いた従者を置いておいて、二人が会話を続ける。

「それより、アナタ・・・・?」

「んっ? どうした?」

「その・・・考えてくれた?」

「ああ。でも、俺が考えると変なのしかないぞ?」

「教えて・・・? アナタとわたしの・・・子供の名前」

「・・・男ならクオン。女ならトワってどうだ? 意味はどちらも永遠だ」

「・・・永遠の愛ということね? わたし達の愛の結晶・・・・ずっと、この子には輝いていてもらいたいわ」

 そういって、宿した命が在る場所を上から撫でていく。

「ああ。そうだな、だから・・・」

 愛するアンギルを抱きしめる。

 男は示さないといけなかった。

「俺とアンギルに・・・・」

 頬に手を触れ、愛する妻を見つめる。

 世界にある正の感情を、自分とアンギルと・・・・

「俺たちの子で示そう」

 優しく、愛する妻の腹を撫でる。そこにいるわが子に、話しかけるように撫でていく。

 子供で・・・・三人以上で作られる、家族という世界を以って示さないといけなかった。負の感情以外の正の感情を、これから紡ぐ物語でこの世界に広げていかないといけなかった。優しさや温もり、愛しさを知らない虚しいこの世界に、暖かい感情を与えなければならなかった。

「ええ、二人きりじゃなくて・・・・三人でね」

 アンギルもそっと、自らの手を夫の上に重ねる。

 二人で過ごす孤独な時間ではなく、子供を入れた三人の時間で、この世界を変えていく。家族の喜びや温もり、愛情といった、そういった正の世界で悲しみを包み込んで癒していく。それが広がっていけば、例え負の感情があっても、どこかで救いは生まれるはずだと、そう信じていた。

 誰かと過ごした時間が、きっと誰かを救うはずだと信じて、これからも二人は時を刻み付ける。そして、もう少しすれば世界となる時を始める。

「・・・わたし達、本当に家族になっちゃったわね。子供のいる『家族』に・・・・」

「そうだな。俺が父親なのが心配だが・・・・」

「だいじょうぶよ。アナタの子供なのだから、きっといい子よ? それに、これからは独りじゃなくて、二人でしていくの・・・・何も怖がる必要はないわ」

「・・・お前は本当に変わったな。いや、そもそもがそういう存在だったんだろうな」

「そんなのわたしにはわからないわ。わたしにわかるのは―――」

 今度はアンギルから男へと口づける。

 ここに来るまでに様々な感情が生まれた。その中で、男から教えて貰った全ての感情を・・・・喜びや、愛しさなどの正の感情を込めて唇を重ねる。



 それぞれの世界で受け入れられず、独りでいた男と少女の物語があった。

 その二人が交わって始まった、悲しい物語があった。

 けれど、それが終わると同時に、そこから新たな物語が生まれた。

 新しい世界となって広がっていき、全てを優しく包み込んでいくそれは・・・・・『1+1』を『3』とした、愛という名のキセキの物語。



 じっくりと濃厚に重ねていた唇を、惜しむように離していく。いくら言葉より雄弁な行為でも、全てを伝えきるには時間が足りなかった。

 これまで男から受けたモノと、これからも男から受け続けるモノ。

 それをアンギルは優しく、ことさらに優しく、ゆっくりと大切に伝える。かけがえのない笑顔と共に。


「―――アナタからの永遠の愛が・・・・うれしいということよ。わたしも、永遠に愛しているわ・・・・・アナタ」





Resurrect ~1+1からウまれるキセキ~ ―完―

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