<<第五章 ~契り~ 117>>
「それじゃあ、行ってくる」
「待って、忘れものよ」
玄関でいつものように、マフラーを巻いてもらって出勤しようとすると、少女が抱きついてきて唇を重ねてくる。
「行ってらっしゃいの・・・キス」
少し長めの口づけを交わすと、満足そうな笑顔で男を見る。
「・・・本当に俺達って、ベタベタだよな」
「それだけ好きなのだから、仕方ないわ」
「そうだな・・・なるべく早く帰ってくる」
少女を強く抱きしめて、その温もりをココロに刻み込む。資本主義の歯車という、パーツとして生きざるを得ない世界に、今日も耐えるために。
「・・・ええ、待っているわ」
そんな、今時少女漫画でもなさそうなことを平然とやってのけ、二人は朝の別れを経る。
部屋へと戻ると少女はやるべきことをやっていく。
「まずは、洗濯物を干さないといけないわね」
ちょうど計算通りに、洗い終わった音が鳴る。洗濯機のフタを開けて、洗濯物を籠へと移していく。
「・・・今日も暖かい日差しで、いい天気ね。寒くても、日が出ていれば助かるわ」
先にタオル類から干していき、それが終われば衣類をしていく。
「苦しいー ときーには~ わたし、おも~いだぁあしてっ♪」
数日前のデートから、少女はより一層幸せをかみしめていた。だから最近はそれが抑えられず、気に入った歌を小さく歌うようになっていた。その愛らしくて綺麗な歌声が、隣の部屋にも届き、誰かを和ませていることを少女は知らない。
少しずつ男が求めてきて、それが女として嬉しかった。そのうち、最後までしてもらえるのは目に見えていたので、それが分かっているから、今の生殺しのような状態も悪くはないと思っていた。抱かれた時の悦びを今から想像してしまう。
「貴方にはわたしがいるわ~ あなたのココロに わ・た・しは、いーるわ~♪」
少女は今日も絶好調だった。
「だからわーたしーを、かーんーじて~・・・ わたしかーらの、ぬーくーもーりを~♪」
サビへと入ると、調子よく歌いながら男の顔を思い浮かべる。この歌のように、男が自分を思い出して頑張ってくれたらと、そんな気持ちを込めて歌っていく。
「いつだぁあって わたーしは~ あなたのーなかーにいる~♪」
一番を歌い終わると同時に、洗濯物が干し終わる。
「よし、これで洗濯物は終わりね」
干し終わった洗濯物を眺め、部屋に戻ろうとしたところで、手を打ち鳴らす音が耳に入った。それも、ベランダの外で・・・少し上からである。
そちらを見れば、空中に浮いている男が自分を見下ろしていた。少女が気づいたことを確認すると、男はベランダへと降り立って正面から少女を見る。その外見は少女と同じようにこの国の者ではなく、髪は少女の瞳のような金色であり、瞳は鮮血のような赤に塗られていた。服も少女と同じように黒一色でまとめられており、まるで葬式に出るような服装だった。
「・・・どうしてここにいるの?」
その人物は彼女の見知った顔だった。恐らく、一番関係が長い存在のはずだ。
「どうも今回の君の仕事がおかしいみたいでね。私に見てくるようにと命令されたのさ」
質問に答えながら男は素早く状況を確認していた。人間との生活・・・その日々をどういった関係で過ごしているのかを判断する。
「報告書とこの間の様子通りのようで・・・・やれやれだ」
「さっきの・・・あれはなに?」
「なにって、拍手だよ? 神に頼らず、他人を頼る愚かな人間が作ったくだらないものを、ああも歌っていた君に対する評価だよ。僕にできないことをした君への賛辞さ」
「そう・・・それで? 報告書って・・・なに? この間の様子って・・・どういうことなの?」
氷河のように凍り付いた声で反応する。そこにはこれまで彼女が見せていた感情はなく、早くどこかに消えてくれたらいいという感情しかなかった。
「そうそう、話が逸れてしまったね。今回君が関わっている人間とのことだけど・・・・・どうもこれまでの感情と違うみたいで、上が戸惑っているんだよ」
「感情はあるのだからいいでしょ? 何が不満なの?」
「不満はないよ? でもね、君が人間に本気で現を抜かしていることが信じられなくて、一度見てこいと言われたのさ。そしたら人間の遊ぶ場所で、君たちの恋人ぶりを見せられたわけだ」
「・・・覗きなんて最低」
「立ち話もなんだし、中に入って話さないかい?」
「嫌よ、彼の部屋に入らないで! 早く帰って!」
「・・・そうしたら、私は君の愛する彼のところにこれからお邪魔するけどいいかな? 君から話しを聞けないなら、彼から話しを聞かせてもらう必要がある・・・・でも、聞けるなら私はそれをしないよ?」
「・・・・っ!!」
この時になって初めて彼女が表情を見せる。目の前の男を睨みつけるが、だからと言ってそれ以外は何もできない自分が悔しかった。この男がしようとすることを防ぐには、大人しく部屋へと入れるしかなかった。
ドアを開けて入るように促す。
「懸命な判断だ。少しでも彼の心を軽くしようとする、君の愛情を感じるよ」
そんな心にも無い言葉をいいながら、男が部屋へと入ろうとする。
「待ちなさい。入るときは靴を脱ぎなさい」
そんな言葉を聞こえていないかのように男が土足で入っていく。それは彼と少女が過ごした時間を踏み荒らすかのようで、とても耐えられるものではなかった。今まで覚えたこともないほどの怒りが沸いてくる。
「聞こえているでしょ!? 部屋を汚すのはやめて!」
必然、大声を上げてしまう。
「何をそんなに声を出しているんだい? 今の君はともかく、私は受肉をしていないのだから、物質的影響など関係ないだろう? ああ、それと私と話している会話を聞かれることもないから、今の大声も大丈夫だよ?」
男の言葉に頭へと血が昇る。この世界の身体を持っていないのであれば、わざわざ許可をとることもなく部屋には入れる。それをわざわざ確認したのは、こうやってミスをさせて、彼女の感情をかき乱すためだった。
「だったら部屋に入らなくてもいいでしょっ?!」
「なに、君は受肉しているのだから、外の気温にも多少影響されるだろ? 私なりの気遣いだよ」
そういってコタツへと入る。しかもそこは彼の特定席だった。
「そこはダメっ!」
「君が愛する彼の指定席だからかい?」
「あなたっ、わかっていながら・・・っ!」
「それより、君も座らないか? 立っていると疲れるんだろ?」
男が示した先は、いつも少女が彼と過ごす時に座っている場所だった。
「・・・お断りよ。あなたと一緒にそこに座るくらいなら、立っている方がマシよ!」
これ以上思い出を穢されることなどされたくなかった。だから彼女は男を見下ろしながら話すことにする。
「まあ、いいか・・・・それで、話だけれど・・・君はどこまで彼に話したんだい?」
「最低限だけよ。報告がいっているのなら書いてあるでしょ? それが全てよ」
「・・・またそのやり方なのかい? これまでの人間ならばそれでも十分だったけど、今回の彼は異端に過ぎるから、全て教えた方が効率よく回収できると思うよ? だから上も、回収された感情に戸惑っているのではないかな?」
回収という、彼を物扱いしている言葉にまた怒りが沸いてくる。何よりも、この男は彼をまだ傷つけようとしていた。これが怒らずにいられたものではなかった。
「これ以上・・・彼を傷つけないでっ! もういいでしょ?! 彼がこれまで傷ついて生きてきたことは一緒にいたらわかるわ! なのに、まだ彼を傷つけようというのっ?!」
感情のままに叫ぶ。彼が抱える苦しみも、辛さも、悲しみも、これまで流してきた涙も・・・全部少女は知ってしまった。だから、それを食い物にしようという考え方には、激しい嫌悪感しかなかった。
彼女のこの言葉を聞いて、男が少し考え込んでから口を開いた。
「・・・そうか、恋人として男と接触し、その情報を見たんだね? 私達は対象との感情が深まれば、その情報を読み取ることができるが・・・・・まさか、君がそこまで相手との情が深まっていたとは・・・・てっきり、お得意の演技で相手の要望に付き合っているのかと思っていたが・・・・・これはとんだ誤算だ。いや、困ったな・・・これは」
不気味に笑いながら、愉快そうに話していく。少なくとも良くないことを考えており、彼女は気が気でなかった。
「使える」
独り言のようにつぶやく。まだ彼女はその意味が分からなかった。
「君は彼に隠し事をして・・・なのに恋人なんかをしている。つまり、君が彼にとってのアキレス腱というわけか・・・・・」
「・・・・あ」
彼女が男の考えに気付く。それがどれほど二人にとって最悪なことなのか、瞬時に理解した。このままでは仲を裂かれてしまうと。
「おねがい、それだけはやめて! おねがいよ・・・・っ!」
だから少女は哀願する。これまで対応していた『彼女』としての顔ではなく、彼と過ごす『少女』の顔をさらけ出して。それが意味のないことだと知っているのに、それでもそうしてしまう。たった一人、愛してしまった彼と別れたくないから。
「おねがい・・・します・・・っ! それだけは・・・・やめて・・・くださいっ! おねがい・・・ですから・・・・っ! そんなこと・・・・しないで・・・くださいっ!」
涙を流しながら男へと懇願する。この世の終わりを告げられたような顔で、普通の人がみれば哀れさを誘うほどの悲しみを漂わせる。
そんな少女の泣き顔を見て、男は満足そうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「では、彼に真実を教えに行かないといけないので、ここで失礼するよ」
二人の結末を楽しむように、少女が思い描いた現実が来るようにと、男はにこやかに宣言する。
「わたしから話しを聞いたら・・・・彼の前には現れない約束でしょ?!」
ぼろぼろと雫を落としながら、涙声で叫ぶ。
「そうだっけ? でも、それは私個人の約束であって、上からの命令には逆らえないのさ。心苦しいけど、いくら約束でも、こればかりは守ることはできない。上位命令には従わなければならない。本当にごめんよ?」
一切悪くも何とも思っていない口調が、むしろ清々しいほどだった。
「うそつきっ!! 初めから守る気もなかったくせにっ!!」
「一応、嘘はついていないよ? 私は『彼から話を聞かない』といっただけで、『彼に話を聞かせない』とは一言も言っていないからね。だから、厳密に言えば彼に合うことには何の問題もないわけだ。それを、君が勝手に勘違いしただけだろう?」
「あ、ああ・・・っ! そんなぁ・・・! ひどい・・・わ! こんなのひどすぎるわっ!!」
「何をいまさら・・・君だって散々人間にしてきたことだろ? 因果応報というやつさ」
涙を流している少女を横目で見ながら歩き、ベランダに通じるドアを通り抜けようとする。その背に少女が諦めずに・・・・諦めることができなくて、言葉を投げかける。受肉した身では物質として存在しない男を、掴んで引き留めることなどできなかったからだ。
「やめてっ! やめてよぉっ! おねがいだから! 本当の本当におねがいだからっ! わたしから彼を奪わないでっ! 奪わないでよぉっ!!!」
泣きわめく少女の声が届いたのか、男が立ち止まり、振り返って言葉をかける。
「大丈夫だ。遅いか早いかの違いで、結局君は彼を失うのだから」
情けも容赦もない、残酷すぎる未来を笑顔で突きつけるために。
「っ!!」
それを言い残すと少女の前から立ち去り、その身を空へと溶かしていく。
男が去った部屋の中で、少女は崩れ落ちて独り嗚咽を漏らす。もう何もかもが終わったと思った。男からの優しさも、温もりも、受け入れてもらえた喜びも、その全てが壊されるのだと。
「・・・・っ! うっ! うう・・・っ!! ぐすっ!」
そんな少女が何かに縋りたくて、男の感情がこもったものを探す。男が自分にくれた・・・自分に向けてくれたモノが何かないかと探してしまう。元々、男から何かモノを貰うことを求めていなかったので、そんなものなどあるはずがないと思っていた。それでも、男との記憶を探れば何かがあるかもと考え、わらにもすがる思いで考えていく。部屋の中も見渡していく。すると、視界に入った物があった。
それの前まで赤子のように歩いていき、開いて中を見る。そこには白い、ティアードワンピースが収納されていた。男が自分に買ってくれた服はハンガーにかかり、大切にしまわれている。それを、力が入らず、震える足に懸命に力を入れて少女はとる。とるとそれを強く抱きしめる。数日前に、男との思い出を作った服だけが、少女の慰めだった。
「ぐす・・・う、うう・・・っ! うぇええええええんっ!!」
もう声を抑えることはできなかった。男に抱きしめられて、甘えて、口づけをしてもらって・・・そんな幸せな日々が、もう来なくなることを突きつけられて、迷子のように少女は泣き続けた。
涙が止まることは決してなかった。どれほど泣いても、後から次々と流れていく。いっそこのまま、枯れ果てて死んでしまえたら、どれほどいいかとさえ思った。そんな絶望と悲しみの中、時は確実に過ぎていった。
気づけばもう日はくれており、電気をつけていなかったので部屋は真っ暗だった。
(・・・ご飯作らないと・・・・彼が、帰ってきちゃうわ・・・・・)
泣きつかれて眠っていたが、男の食事を作るために起き上がる。
電気をつけて部屋を明るくする。誰もいない冬の部屋が、今は凍えるように寒かった。
(・・・寒いわ。こんなに寒いと、彼が帰ってきた時に風邪引いちゃうかも・・・・・)
暖房を入れて、料理をするために台所へと向かう。
(今日は・・・シチューでもしましょう・・・・彼が好きだっていってくれたシチュー・・・・・・これなら喜んで・・・・・)
「・・・・もう、食べて・・・くれないのかしら・・・・?」
声が震えてしまう。あれほど泣いても、涙がまた出てくる。視界がぼやけて何も見えなくなる。
「でも、最後に・・・・食べて・・・ほしいわ・・・・・」
調理をするために冷蔵庫から食材を取り出そうとするが、手が震えて、力が入らなくて、扉を開けられなかった。
「開いて・・・よっ! 彼に、せめて・・・ご飯くらいは作らせてよぉっ!」
泣きながら、震える身体と手を制御しようとするが、それは上手くいくはずもなかった。普段は軽く開く扉が、今はどうしようもなく重い。
「・・・あっ!?」
バランスを崩してこけてしまう。冬の寒さで冷えた床は、ぞっとするほど冷たかった。
寒くて、冷たくて、苦しくて、辛くて、悲しくて・・・・温もりが恋しいから、少女は思わずつぶやいてしまう。
「抱きしめて・・・もらいたいよぉ・・・・っ!」
いまや叶うことのなくなった願いを口に出してしまい、悲しみが床へと落ちていく。
「ひっく・・・ひくっ・・・・ぐすっ、ううっ・・・・!」
涙で滲んだ視界に見えるのは、泣き崩れるまで抱きしめていた服だった。それを見つけると、不思議と胸が熱くなった。
「あ・・・っ? ああ・・・っ!」
だから、少女はその服を求める。立ち上がって、ふらふらとおぼつかない足取りで服へと辿り着くと、すぐにそれに着替えた。
着替えると、先日のデートでの記憶が思いだされた。たくさん泣いて、それをたくさん男に慰めてもらって、抱きしめてもらって、キスをしてもらって・・・・。その余熱が残っているのか、優しさで包まれたような感覚がした。まるで、男に抱きしめてもらえているかのようで、少女の震えが止まる。その幻覚にも似た感覚を味わい、少女のココロが少しばかり落ち着く。
涙が止まることはなかった。でも、少しだけ胸の中に暖かいものが満たされた。
(・・・貴方の優しさが、染み込んでいるのね・・・・・・)
服に宿る記憶が、少女のココロに繋がる。それが、涙を流しながらも少女に料理をさせる力となる。再び台所へと戻り、エプロンをつけて、食材を冷蔵庫から取り出して切っていく。
「・・・いたっ!」
震えが止まっても、根本的な動揺は収まらず、思わず指を切ってしまう。
(ちがうっ! こんなの・・・・貴方を失うことに比べたら、痛くなんてない・・・っ!)
「・・・っ!」
それから何度も指を切りながら、少女は無事に食材を切り分けることができた。
そこからは時間とタイミングだけだったので、問題なく調理工程をこなしていき、無事にシチューが完成した。恐らく、男に食べてもらえる最後の料理だった。
涙を浮かべながら出来上がった物をみる。味見をしても涙の味しかしなかったので、少し出来上がりには不安があった。それでも、男に料理を作ってあげられたことが嬉しかった。ふと、時計をみて気づく。男がいつも帰ってくる時間よりも、大分早く作ってしまったことに。
(・・・いつもより早く仕上げちゃった・・・どうしよう? わたしは・・・このままここにいていいの?)
真実を告げられて、いくら男でも自分をいい感情でみることはもうないだろうと思った。自分がしてきたことの理由を知って、好きでいてもらえるわけがなかった。そして、それも仕方がないことだと思っている。そう思っていても、やはり男に嫌われることは嫌だった。嫌われた言葉を聞くことが、耐えられなかった。
「このまま、彼に合わずに消えちゃいましょう・・・・・」
男から否定の言葉を貰う前に、先に自ら去ることを決意した。
徹底的に、完全に壊れる前に、壊れながらでも優しい思い出のあるうちに去ろうと。
(ああ、そっか・・・彼が・・・・思い出を作ろうって、いっていたのは・・・・こういう時のためだったのね・・・・・・・)
男の配慮を今になって気づく。いつか別れた時のために、それでも優しい思い出があったら、まだ耐えていけるのだと。
「・・・ありがとう。例え、貴方がわたしを嫌っても・・・・わたしは、貴方をずっと愛しているわ・・・・・」
男から貰って、着ている服を撫でる。
「この服は・・・貰ってもいい? これがないと、もうわたしダメなの・・・・だから、ごめんなさい」
エプロンを解き、もう着る資格がない服を持っていくことに胸が痛む。それでも、自分のエゴを貫く。自分がいつも着ていた服と、他に買ってもらった服をまとめていき、最後に干していた洗濯物は取り込んでおく。太陽の日差しを浴びていたのに、それは全然乾いておらず、部屋の暖房をそのままにしておけば、乾いてくれるだろうとは思った。やることを終えて、後は去るだけとなった部屋をみる。短い間だったけれど、少女に消えることのない思い出となった、そんな日々を作ってくれた部屋。
「・・・もし、もしも・・・・好きなままでいてくれたなら・・・・・・」
また声が震えだす。それにつられて熱いものも再び頬を伝って、流れ落ちていく。
「貴方はわたしと・・・・一緒になってくれた・・・・・? わたし達・・・『家族』に・・・・なれたのかしら・・・・?」
身体が震えてくる。また動けなくなる前に早く行こうと思った。それでも、最後にこの部屋に残したい言葉があった。
「っ! さようなら・・・っ! わたしの・・・最初で最後、愛する人・・・・・っ!」
大きな涙はもう止まらなかった。嗚咽を少しでも抑えようと、口元を隠しながら駆け足ぎみに部屋を出ようとする。
玄関に通じるドアが勢いよく開かれる。
「・・・えっ?」
「・・・・っ! はぁ、はぁっ!」
開かれたドアを見れば、男が肩で息をしながら帰ってきていた。普段よりも早く帰ってきた男に、少女はあっけにとられてしまって動くことができない。
苦しそうに息を整えながらも少女をみる。その痛々しい姿と、どこかに行こうとした身なりが、どのような決断をさせていたのかを判断するには十分だった。
「・・・行くなっ!」
逃がしはしないと、男が少女を抱きしめる。諦めていた温もりに包まれ、悲しみに固まっていた手がとけていき荷物が落ちる。
「どうして・・・こんなに早いの?」
状況を理解できない少女がそんな質問をしてしまう。もしかしたら、白昼夢なのかもしれないと思ってしまう。男と離れるのが嫌だから、引き留めてくれる幻想でもみているのではないかと。
「お前が苦しんでいる時に、呑気に仕事なんかしていられるかっ!!」
「わたしのこと・・・聞いたんでしょ?」
「それがどうしたっ?! それでも俺はお前が好きだっ!!」
「・・・・っ!」
男のまっすぐな言葉に胸が貫かれる。一切の疑問も、迷いもない澄み切った感情。それが少女の曇ったココロを晴らしていく。
「あんな奴の言葉なんか知るかっ! くそくらえだっ! なにより俺は・・・っ!」
顔を離して少女を見る。その顔は泣き腫らしており、目は充血して、涙の痕が嫌というほど強く残っていた。どれだけ泣いていたのか。どれほど独りで悲しませていたのかと考えると、言葉にできない痛みを覚える。少女をこれほどまでに苦しめ、悲しませ、泣かせた、あの男を殺してやりたいと思った。でも、今はそれよりも大切なことがある。少女に伝えなければならない言葉があった。
少女を手放したくない。少女を失いたくない。少女を幸せにしてやりたい。そして何より―――
「お前を愛したいっ! お前だけを、愛していたいんだっ!」
「っ!?」
想像もしていなかった男からの言葉に、少女が目を見開いて驚く。
言葉が届いたことを感じると、男は熱く口づけた。
突然の告白に驚いていた瞳はすぐに閉じられて、少女も男を求める。腕を背中に回して、服を強く掴んで離れないと・・・離れたくないと伝える。
男も強く抱きしめ返し、少女を想いのまま飽きることなく求めていく。
顔を離して、もう一度表情を見る。少女は未だ信じられないといった顔で男を見ていた。
「ほ・・とに?」
興奮して声が上手く出なかった。それでも、懸命に言葉を伝える。
「ほんと・・・に・・・・わたし、は・・・いても・・・・いいの?」
「ああ、側にいてくれ。お前がいない日常なんてありえない」
「あいして・・・くれる・・の? こんな・・・人を苦しめてきた、わたしを・・・・? 貴方だって・・・! わたしは・・・・っ!」
「俺の命なんざお前にくれてやる。だから、俺はお前をもらう。それでいいか?」
「・・・・っ! うん・・・っ! うんっ!! わたしを・・・もらって・・・・? ほんとうに・・・もらってくれるの・・・・?」
半信半疑な少女へと、男は明確な言葉で返事をする。
「俺と・・・結婚してくれ」
「あ・・・! っ! ~~~~っ!!」
感極まり、身体が大きく震える。かつて求めていたもの、その全てが今男から与えられようとしていた。
「・・・はいっ!」
笑顔を浮かべ、涙を滴らせる。失くしたと思っていたものが、何一つ失っておらず、さらに新しく増えたことに対する喜びだった。
溢れかえる涙を手の甲で拭っていく。男の腕の中で、幸せの涙を味わう。
「うれしい・・・っ! うれしいわっ! うれしすぎて、もう何が何だか、わからないわ・・・・っ!」
感情のままに泣いていく。これまで一度も流したことがない、流すことができなかったモノを。男だけが、孤独な少女にこの涙<<ココロ>>を与えた。
「すきっ! だいすきっ! すき、すきぃ!」
涙を拭うことを諦めて、もう感情に任せて行動する。男の胸に手をあて、精一杯の笑顔で見上げる。そして、馬鹿みたいに単語を繰り返して羅列させる。
「だいすきっ! すきよっ! だいすきよっ! 愛してる! ずっと愛してる! いつまでも、ずっとずっと・・・貴方を愛していますっ! 愛し続けますっ!」
誓いの言葉のように少女は言う。
「俺も・・・お前を愛せるように努力する。だから、『今は』お前を愛していたいという状態でもいいか?」
「うんっ! うんっ!! それでも嬉しい・・・っ! 愛してくれようとしてくれているだけでも、嬉しいわっ!」
「・・・ごめんな。まだお前を『愛している』と言えなくて・・・・だからせめて」
少女の顎に手をかけ、涙を流し続ける瞳を見つめながら言う。
「残りの時間をかけて、お前を幸せにする。そして、愛させてくれ」
それだけを言うとまた口づける。
何が何でも幸せにして、いつか必ず、少女に愛していると伝える・・・誓いの口づけだった。だが、少女はもう幸せだった。なぜなら、男は気づいていないだけで、もう自分を愛してくれていたからだ。こんな自分のことを知って、これほどまでに想ってくれていることが、何よりもの証だった。
閉じた瞼から零れ落ちていくモノがあった。これまで奥深くに潜んでいた暗くて冷たいモノが、男からの想いで満たされ、少女の世界から押し出されていた。
男という命のかがり火が、絶望の闇を照らす。その命は輝きを放ち、光を生み出して闇を切り裂き、散らしていく。生み出された光は七色へと分かれ、世界を色づける。優しさで満たされた色彩が、色褪せた世界に再び色をつけていく。壊れた世界が、こうして瞬く間に蘇っていった。追い出された孤独が、閉じた瞼から落ちていく。
孤独な世界が終わりを告げた。男の想いが、少女を孤独から救ったのだった。
「・・・夢みたい。貴方と、またこうしていられるなんて・・・」
いつもよりは早いが、出来上がったシチューを二人して食べていた。
「今日のは少し違う味がするな・・・・」
「ごめんなさい・・・涙で味がわからなくて、味付けの確認ができなかったの」
「・・・泣きながら作っていたのか?」
「・・・最後に、貴方の好きなものを作ってあげたくて、無理やりに作ったの・・・・・やっぱり、おいしくなかった・・・・・? 残し―――」
「誰が残すかよ・・・・ありがとうな。そんな状態でも、飯を作ってくれてさ・・・・俺はいい妻をもらったよ。それと、最後ってのは無しな。これからも作ってくれ」
「あ、ああのっ?! 妻って、その・・・っ!? えっと、だから・・・・っ!」
突然の男の言葉に少女は慌ててしまう。確かにプロポーズをされてそれを受けたわけだが、いきなりそういう風に振る舞う心構えが、まだできていなかった。
「・・・ふ、夫婦? で、いいの・・・? 今のわたし達・・・・」
「戸籍上では無理だが・・・俺たちにそんなの関係ないだろ? だったら、あの瞬間から俺たちはそうだ」
「~~~~っ!」
喜んでいたことも、冷静になってくれば恥ずかしくなってくる。男と家族になりたい。確かにそう思っていたが、まさか数日でそうなるとは考えていなかった。
「いきなりは落ち着かないか?」
「・・・そう、かも・・・・ごめんなさい・・・家族になりたいとか言っておきながら、いざそうなってみると・・・・実感がないというか・・・・現実味が薄いみたいなの・・・・・」
「そんなこと気にするなって。急な話だったからな」
頭を撫でられる。優しく、労わるように、丁寧に慈しんでくれる。
「だったら、今は婚約者ということでいいんじゃないか?」
「えっ?」
「指輪もまだ買ってやれていないし、それを買ったら夫婦ってことでどうだ? それなら切り替えられるんじゃないか? とはいっても、もう時間がないから既製品になるけどな・・・・」
「それだと、それまで家族じゃないの・・・?」
「この世界ではそうなるな」
「それは絶対イヤ・・・・わたしは、その・・・・貴方の家族でいたいから・・・・いまから夫婦・・・・・がいい・・・・」
小さな声でも男にはしっかりと届いていた。顔を真っ赤にしながらも、確かに少女は再び気持ちを伝えた。感情任せではなく、もう一度考えた上で、それでも男の伴侶になりたいと言った。
「そうか・・・だったら、今から俺たちは夫婦な。とはいっても、基本は今までと変わらな・・・・いや、同じか?」
「え・・・っ?」
家族になっても同じと言われ、少女に不安の色が浮かぶ。それを見られて、男に抱き寄せられる。
「だって、そうだろ? これからも、お前とこうやって過ごすんだ」
抱き寄せた少女を思い切り抱きしめる。
「飯の途中でなければキスしたんだがな・・・・」
「・・・しましょうよ」
「いいのか?」
「いいの。だからおねがい・・・して?」
目を閉じて差し出されたら、断れるわけがなかった。男は自分のしたいままに、少女はされるがままに、唇を重ねる。涙が混じった愛の味がした。でも、それはすぐに離れる。軽く重ねあう、あいさつのような感じだった。
「続きは寝る前な。今は飯を食おうぜ?」
「・・・楽しみは最後に、ってことね」
「嫌か?」
「ううん、待たされるのには慣れているわ。だから、ちゃんと寝る前にはしてね?」
「ああ。だから今は食事に集中しようぜ」
黙々と食べ進めていく。静かな部屋に食器の立てる音だけが響く。そんななか、男が空になった皿を持って立ち上がろうとする。
「片付けならわたしがするわ。貴方はゆっくりしていて」
「いや、おかわりだ。全力疾走してエネルギー使い過ぎたみたいだ」
「だったら、なおさらわたしがするわ。貴方は座って待っていて」
「いや、お前はまだ食べている途中だろ?」
「いいの。少しは奥さんらしいことさせて?」
「むぅ・・・わかった。頼む」
「ええ。少し待っていてね」
にっこりと嬉しそうに笑いながら、少女は男の皿を受け取る。おかわりを入れると、すぐに男の元へとそれを持ってきてくれる。
「はい、どうぞ」
笑顔を絶やさず、男の為に何かができて、本心から喜んでいる顔だった。
そんな少女の笑顔に癒されながら、男は少女の指を見て気づく。その指に刻まれたいくつかの切り傷を。少し血が滲んでいるその指は、料理が上手な少女では決してありえない傷だった。
「お前・・・その指」
「これ? その、泣きながら無理やり作っちゃって・・・途中で何度も指を切っちゃったの・・・・・下手くそでごめんなさい・・・・・」
恥じらう様に、舌を出しながらはにかむ。冗談めいた調子で言っているが、それはどれだけ少女が精神的に不安定な状態で料理をしていたのかを示していた。
「・・・痛かっただろ?」
その指を痛まないように握りしめる。男の口調は、その時の少女を見ていたかのようだった。
「・・・ええっ、貴方を失う痛みは・・・・とても・・・痛かったわ・・・・っ!」
思い返すだけでも涙が出てきてしまう。胸も苦しく、痛くなって呼吸がおかしくなりそうだった。でも、涙だけで落ち着く。
「でもね・・・・この服で作った、貴方との思い出が・・・・少しだけ苦しみを和らげてくれたの・・・・・だから、わたしは最後まで・・・・料理ができたの・・・・・・」
「ごめんな。すぐに帰ってこられなくて・・・・」
泣き笑いを浮かべる少女を見て、忘れかけていた殺意を思い出す。あの男だけは絶対に許せなかった。例え、神が許したとしても許せるわけがなかった。
「ううん、そんなことないわ・・・・・いつもより、早く帰ってきてくれたから、わたしは今もここにいられるの・・・・もし、もう少し遅かったら・・・・・・・わたしはここに居なかったわ」
「っ!」
少女が居なかった未来を考えだけで嫌になる。もしもそんなことになっていれば、男は自分が何をするかわからなかった。少なくとも、ロクな最期を迎えることはなかっただろう。
「だから、わたしを引き留めてくれてありがとう・・・・受け入れてくれて、ありがとう」
「・・・そんなの当たり前だ。俺たちは――――夫婦だろ?」
「・・・うんっ! だいすきよ、貴方!」
嬉しくて仕方がなくて、愛する夫に抱きつく。それが拒否されることもなく、当然のように抱き返される。男からの優しい温もりに包まれる。
「ほんとうに・・・・夢みたい・・・・諦めていたのに・・・・・・諦めさせられたのに、貴方はそれを戻してくれた・・・・・」
「俺は諦めないさ。お前のことに関してだけは、絶対に諦めない」
覚悟を決めた人間の顔つきで、決意をした瞳で愛していたい妻を見る。熱く潤んだ顔が愛おしく、食事中なのについつい唇を求めてしまう。早く、少女を食べてしまいたかった。
「・・・冷めるといけないから、早く食べないとな」
「ふふっ、そうね。キスはデザートと言ったところかしら?」
「お前も言うようになったな・・・・」
「感化されちゃったみたい」
照れながら言う姿が可愛らしい。
そんなことをやりながら、いつものように食事をしていく。けれど、その様子はこれまでと違っていた。互いに強く意識しあい、何度も視線を絡ませながら、重なる度に口づけをしていくという、バカップルに磨きがかかった姿だった。
(本当なら一緒に入りたかったけど・・・・)
ネグリジェを着た少女が、珍しく髪を櫛で梳いていた。綺麗な白髪(はくはつ)が、櫛を通されるたびに淀みなく流れていく。湯上り後の少女の肌はうっすらとピンク色を帯びており、下地である白い肌がその色をより一層引き立てていた。
髪を梳かし終わると、身体を冷やさないようにコタツへと入っていく。そして、男が上がるまでの時間をそわそわしながら待つ。思い出すのは少し前の会話。長い食事が終わり、一緒にお風呂に入りたいと言ったが、男からの返事でそれはしないことにした。
「・・・お前の素肌は、今夜の楽しみにとっておきたいんだが・・・・ダメか?」
この言葉に、少女は身が熱くなるのを感じた。思いだした今も、身体の芯から熱が生まれる。
(今夜・・・してくれるのよね?)
その期待に胸がずっと高鳴っていた。あまりにも高鳴るので、手で押さえてみるがむしろ鼓動を強く感じてしまい、そっちのほうがおかしくなりそうだった。もうこの胸は、打ち鳴らした状態にしておくことしかできなかった。
早く男に来てもらいたい。でも、その前にできる限り整えていたかったので、珍しく櫛で梳いていたのだった。だが、それも終わり、待つだけとなったこの時間が非常に長く感じる。普段なら気づけば上がってくるのに、こういう時に限って時間というのは長くなる。
(これまで読んだ漫画でこういうシーンがないのはどうして? あれば少しはイメージができるのに・・・・)
それが正しい知識ではないことを少女は知らない。
(お風呂上りに、飲み物を用意したほうがいいかしら?)
じっとしていられなくなり、男のカップにお白湯を作る。出来上がったそれを、思わず自分が飲んでしまう。
「・・・違うわよ、もうっ! わたしが飲んでどうするのよっ?!」
なんだかんだ少女は緊張していた。それで喉の渇きに気付かずにいたが、本能的につい出来上がってしまったものを飲み干してしまう。
もう一度お白湯を作ってから、さらに気づいてしまう。
(あ、口をつけたのに洗っていないわ・・・・)
「早く洗わないと彼が上がってきて・・・・」
「どうした? 台所にいて」
「ひゃあっ?!」
完全な不意打ちに奇声を上げてしまう。振り向けば、風呂上りの男が髪をタオルで拭いていた。
少女が手に持つ自分のカップに気付く。
「・・・ああ、風呂上りの為の水分用意してくれていたのか。ありがとうな」
珍しく男が笑顔を見せる。それに胸がときめいてしまい、男からカップを取られたことにすら気づかなかった。
「お白湯か・・・・冷えなくて助かるよ」
手に持ったカップを飲みやすいように持ち替えると、それは少女が口づけた所と一緒になる。男が一気に飲まずに、少しずつ中身を飲んでいく。その度に男に口づけられ、味わわれてしまう。
「ぁ・・ぅぅ・・・・っ!」
目の前で見せられる間接キスに、か細いうなり声を上げる。無意識的に指が唇を触れる。普通にされるよりも恥ずかしかった。
「どうした? 顔赤いぞ・・・?」
「だ、だいじょうぶよ・・・?」
『貴方が何度も間接キスするからよっ! それだったら素直にわたしにしてっ!』とは言えなかった。
「それより・・・随分味わって飲むのね・・・・?」
「一気に飲むと胃がびっくりするからな。こういうのは少しずつ飲むようにしないとな・・・・・まあ、残りは一気に飲むが」
そう言って、少女の唇が触れた部分へと、また口を重ねて飲まれていく。
「ぁぅっ!」
最期は喉を鳴らされながら飲まれてしまい、蚊の鳴くような声が漏れてしまう。
「・・・なんでお前耳まで赤くなってるんだ? 風邪なら今夜は大人しく寝たほうがいいぞ?」
「それは絶対にイヤっ! こんなことされて抱かれないなんて、もう生殺しより酷いわよ・・・っ!」
「確かにずっと待たせていたからな・・・・ここでしないとなったら、お前も気がすまないよな」
「そ、そうよ・・・? ずっと、貴方が欲しかったんだから・・・・」
会話の内容は確実にすれ違っていたが、そんなことを指摘したら“恥ずか死”してしまうので、そういうことにしておく。
「最後に念のため確認するが・・・・いいんだな? 俺はもう我慢しないぞ?」
真剣な顔つきになった男が少女に問う。
「ええっ、貴方の・・・・女にして?」
男の身体に近寄ってもたれかかり、その身を委ねる。
少女を抱き上げて布団へと運ぶ。降ろすと視線が絡まりあい、互いが求めあうままに唇を――――
「夜分遅くに失礼するよ」
――――重ねることができなかった。
二人を引き裂こうとした男が、あろうことか初夜に当たろうとしている時に姿を見せたからだ。昼間に入って来たベランダのドアから侵入してきた。
「・・・あなた、何しに来たのよ」
いくら恥ずかしがりな少女でも、これには流石に怒りの方へと感情が向いてしまった。聞いたこともない声音を出した少女に男が驚く。
「・・・彼に関してはそんな声を出すんだね?」
「・・・あたり前でしょ。わたしがどれだけ想い焦がれていたと思うの?」
「お前、よくも顔を出せたな・・・」
怒りという意味では彼のほうが強いと言えるだろう。知らないところで少女を泣かされ、危うく失うところだったから、その怒りは烈火の如くだった。
「まあ、まだ全てを聞かせていないからね」
怒りを向けられた男は、そんなことは知らずとばかりに話しを始める。
「君は全てを聞く前に勝手に走り出して帰るから、これでもタイミングを選んだつもりだよ? 流石にあそこで出ていくほど無粋ではない」
「・・・嘘ね。今度は何を言って引き裂くつもり? またくっついて、そこを引きはがすのが狙いでしょ? 感情を効率よく集めようとすれば、そうするほうが早いもの」
声が震えるのを抑えながら、気丈に言う。昼間とは違って、ここまで受け入れてくれているという安心感が、少女を強気にさせていた。
「ぎりぎり間に合ったのも、お前の計算通りというわけか?」
「そこは違うね。まさか君がこれほどまでに、彼女に心酔しているとは思わなかった。おかげでまた感情が集まったよ」
「感情か・・・それがお前らのエサなのなら別にそこはいい。それが基本的に人間の苦しみや、悲しみとかの負のエネルギーであることもどうでもいいさ」
昼間、休憩中に現れた時に聞かされたことを思い出す。少女がやっていることはざっくりと言えば、人間が家畜の世話をしてそれを食べる。それと同じようなものだと。ただ、その立場は上位の精神体である存在が、家畜である人間に試練や悲しみなどを与えて、そこから引き出される感情を食べていると言うものだ。
苦しみや辛さなどによって磨かれた人間の最後の収穫。それが少女のやろうとしていることだった。
「だがな、そこにこいつの感情まで入れるなっ! こいつまで対象にするのはおかしいだろっ?!」
そう言って少女を抱きよせ、抱きしめる。最期には自分を収穫する少女を・・・・それを分かっていながら、彼は少女を腕に抱く。全てを知った上で、それでも自分を許してくれた彼に、少女は言葉では言い表せない感情で一杯だった。
「取れるところからは取っていく。それだけだ。おかげで昼間はいい感情が見られた。何せ、あの彼女が私に泣きながらお願いごとをしたのだから、初めての経験だったよ。それに関しては君に感謝する」
「き、さま・・・っ!」
肉体的なものがあったのなら、もう迷わずに殴り倒していた。しかし、立場が異なっている以上それはできず、掌を強く握りしめて耐えるしかなかった。
「なぜそこまで君が怒る? もうすぐ彼女は君を―――」
男が言う言葉の先は分かっていた。だから、少女は反射的に抱かれた腕から離れてしまおうとした。もうその言葉は防ぐことはできないからだ。けれど、それでも彼は少女を離さなかった。むしろ強く抱きとめる。
「―――殺すのに?」
「っ!」
放たれた男の言葉が少女に悲痛な表情を浮かばせる。そんな少女を優しく撫でる手があった。変えられない事実に、涙を浮かべた少女を慰める手があった。
「ばーか、殺すのはこいつじゃない。お前らが崇める神様のようなやつが俺を殺すんだよ。それにな」
傷つけられた少女を見る。顔は青白く、身体はかわいそうなまでに震えていて、今にも泣き崩れてしまいそうだった。そんな少女を慰めながら、言葉を告げる。
「俺の命はお前の物だ。だから、お前に奪われるならいいさ。言ったろ? 俺の命はお前にやるって」
「・・・・わたしは・・・」
「何も言わなくていい。お前は優しいから、色々と振り返って考えて、それでまた傷ついちまう。でも、こんなくだらないことはお前のせいじゃないんだよ。お前は『今』の幸せだけを味わえばいいんだ」
少女のことを分かっているように、男は言葉をかけていく。
「そうやって強がっているのも今の内だ。そういいながら、人間は何度彼女を裏切ってきたと思う? 初めは麗しい容姿の異性に世話をしてもらえて喜んでいたが、最期の日には決まって彼女を罵倒する。君も・・・・いや、それは薄いのかな? なにせ、あの彼女が君とは心を通わせるくらいだから、その内を把握したからこそそうなったのだろうし」
もったいぶった言い方に男は違和感を覚える。こういう奴は、変な言い回しはせずにまっすぐに傷つける言葉を吐くからだ。ただ、少女だけはその言葉を理解した。理解したからこそ慌ててしまう。
「まさか・・・全部伝えたんじゃなかったのっ?!」
腕の中でおびえたように声を上げる。震える声を隠すことはできなかった。
「だから・・・それも言おうとしたら、彼が勝手に君の元へと帰ってきたんだろ? さっきもそう言ったよ? 恨むのなら、愛しい彼を恨むんだね」
「何を言っているのよっ?! そんなことまで伝える必要なんてないじゃないっ!?」
「落ち着けって」
「あむっ・・・んっ」
必死になって叫ぶ少女に口づける。人前でそういったことを絶対にしない男が、今このときはなんの躊躇いもなく少女の唇を奪う。それを彼は無感情に眺めていた。
「で、キスシーンは終わりでいいかい?」
「むしろお前が来なければ、そこから先をしていたんだが?」
少女は知りあいに、男とのそういったところを見られて、恥ずかしさで黙り込んでしまった。こんな時にだが、初めて外でそういうことをしたがらないのかが理解できた。
「それは大変失礼した。では、最後に伝えることが終われば、すぐにでもお暇させてもらおう」
「早く言え、そして早く去れ」
言わないでほしいと少女が首を振っているが、そんな少女に彼がそっと囁く。
『大丈夫だ』
その言葉を信じたかった。これまでどんなに嫌われると思ったことでも、全て受け入れてくれた彼なら大丈夫だと。それでもやはり、突き放されるのではないかいう恐怖が少女の中には渦巻いていた。
「・・・彼女がこれほどまで感情を出すのは珍しい。むしろこのままにしておいて、しばらく彼女からの感情を集めた方がいいかな?」
楽しそうに言われた言葉に、少女はもう泣きだしてしまう。
「もう・・・やめて・・・っ! これ以上・・・・・きずつけないでよぉ・・・・っ! そんなことまで、いわないで・・・・っ!」
「君に泣く資格があると思っているのかい? これまで散々人間を殺してきておいて、自分が傷つけられたらすぐに泣くのかい? むしろ、彼とそうしている資格すら君には―――」
「無駄話はせずに早く言え」
殺意の込められた言葉に、少女を嬲る言葉が遮られる。これにはさしもの男も怯んでしまった。
感情的に怒鳴り散らすのではなく、理性で磨かれた感情が、鋭く男のような存在には突き刺さる。
「・・・いいでしょう。どうせ、君もこれを聞けばこれまでの人間のように、彼女を嫌うでしょう」
「いちいちコイツを傷つけるような言い方をするな」
鋭く、目つきだけで殺せそうな視線を受ける。その間にも泣いている少女を慰めることは忘れていない。男は視線とは反対の感情で、嗚咽を漏らす少女の背中を優しく撫でていた。
彼にとって男はやりづらい相手だった。本心から少女を想い続けている存在など、これまで誰一人としていなかったため、どのようにすればいいかが分からなかった。だが、それもここまでだと思っている。
「では告げよう。私達は一定以上人間との関係を持てば、その記憶や心を読むことができる。もちろん、彼女もそれができる。ただ、これは対象に接触している必要がある。だから、今も彼女は触れている君からそうしている」
自分の記憶や心を読まれていい顔をする人間などどこにもいない。だからこそ、これは人間には知られてはいけないことだった。
「ちがうっ! いまはそんなことしていないわっ!」
「でも、何度かしたわけだよね?」
「それは・・・っ!」
「気を引きたくて、好かれたくて・・・愛されたくて。それで、そうしたんだろう?」
「っ!!」
そこは否定できない部分があった。確かに、不意に男から流れ込んできた感情があった時には、それを使ったこともあった。抱きしめたいのなら、抱きしめてもいいとあの時言ってしまった。それ以外にも何度か流れ込んできた時に使ってしまった。
「彼女が君に贈った言葉は、そういった計算の上でのものだ。それを真に受けた気分はどうだい? 愛の告白も、全部君の心の隙間をついたものだというわけだ。絶対に君が受け入れると分かった状態でね」
「それはちがうわ! 自分から意図的には使っていないっ!」
いくら少女が否定しても、心や記憶を読むことができるということは変わらなかった。そうであれば、男の言葉をいくら否定してもそこに真実味は何一つ存在していない。人間であればそこに疑問を抱いてしまい、やがては何も信じてくれなくなるのは当たり前だと言える。
「・・・・そうか」
彼がゆっくりと口を開いた言葉がそれだった。少女は文字通り、天国から地獄に叩き落された。つい少し前までは、残り少ない日々とはいえ、男と添い遂げられる喜びを噛みしめていたが、今や昼間と同じ・・・・いや、それよりも酷い状況だった。期待という山が高ければ高いほど、絶望の谷は深くなっていた。
少女を抱きしめていた腕が緩められる。
「・・・・っ!」
それを少女は別れと捉えてしまう。
「おねがいっ! 捨てないでっ!」
都合のいいセリフだと分かっている。ずっと隠しごとをして、騙していたということが分かっていながら、恥も外聞もなく縋りつく。見上げて懇願しようとすると口を塞がれる。溢れさせていた少女の涙がぼろぼろと落ちていく。男が手を・・・・頭に回して、少女に口づけをしていたからだ。
「・・・それ以上先を言う必要はないぞ?」
男は何事もなかったように笑っていた。
「多分、とんでもないこと言うつもりだっただろ?」
「・・・それで貴方を繋ぎとめられるなら、わたしはなんだってするわ・・・・・」
「残念ながらそういう趣味はない。だから、普通にお前を抱くだけだ」
そう言って、少女はされるがまま布団へと寝かされる。
「ようやっとお前を抱く覚悟をしたんだから、そういうテンション下がるのは止めてくれ」
「ご、ごめんなさい・・・・」
「許さないから『キスの刑』な」
「ま、まってっ! 見られてるからだめぇっ!」
「俺以外は意識しないんじゃなかったのか?」
「あ、あぅ・・・・でも・・・・」
視線を横にずらして、あっけにとられている彼をみる。
「ん? ああ・・・お前まだいたのか? 言いたいことが終わったんだから早く帰れよ。人様の女の裸見ようとしてるんじゃねーよ」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
「君は・・・頭がおかしいのか? なぜそう平然としていられる?」
「・・・お前馬鹿だな。そんなの気づいていたからに決まってるだろ?」
この言葉には少女も驚く。
「というかだな、そういうのは生活してればおかしいって気づくだろ? まあ、こいつに狂っている意味では正しいがな」
「気づかないから・・・昔彼女がそれを伝えた時に掌返しを喰らったわけだが?」
「それはそいつの見る目がないだけだ。俺の妻が悪いわけじゃない」
「・・・はぁぅっ・・・・・」
堂々の妻宣言に少女は顔を真っ赤にする。男は苦々しく彼を見る。
「お前・・・こいつが好きなんだろ?」
「なにを言っているんですか君は・・・・」
「好きな娘に意地悪をするのは男の性だと言えるが、それを未だにやるのはこじらせすぎだろ。まあ、人の女になって悔しいからそうしたのなら仕方がない。妻を泣かせたことで殺すのは止めて、一発ブッ飛ばすことで勘弁してやるよ」
「触れない君がどうやって私にそうするんですか・・・?」
彼も男に対して呆れていた。もう言うべきことは言ったから、もはや早くここから去りたかった。だが、どうもこの男には、不思議と引きつけられてしまうものがあった。普通の人間であれば絶望し、発狂して命を潰してもおかしくないのに、そんなことを感じさせないどころか、ますます命に磨きがかかっていると言えた。
「それは『今』はだろ? だから『いつか』その時はお前をブッ飛ばす」
「そうですね・・・・その時は大人しくそうされますよ」
ため息交じりにそう返事をして、踵を返す。
「普通ではないから、彼女を受け入れられたという訳ですか・・・・このことは上に伝えさせて頂きます」
「もう二度と来るなよ?」
「私もそうしたいです・・・・貴方と話していると頭が痛くなってくる・・・・・では、残り少ない幸せでも味わってください」
そうしてようやっといつもの二人の部屋へと戻った。
上を目指して浮いている男が、外の暗闇に溶けた状態で少しだけ止まる。二人きりになった部屋へと視線をむけるとそこから来るのは。
「人の不幸は蜜の味といいますが・・・・・これは、それを超える甘さですね。こんな甘いものを送られ続けたら、流石にそろそろ気分も悪くなると言うものです」
そんなことをぼやきながら、また上へと目指していく。
「で、仕切り直しになったが・・・大丈夫か?」
赤く固まったままの少女へと言葉をかける。
「え、ええ・・・むしろ、貴方こそだいじょうぶなの・・・・?」
「記憶や心が読まれていたとかいう奴か?」
「・・・ええっ」
少女がゆっくりと起き上がり、男と少しだけ距離をとる。どうにも少女のほうがそれを意識してしまい、触れることに抵抗が出ているようだった。
「・・・半分はハッタリだ。記憶までとかは流石にわかんねーよ」
「えっ?! だったらどうしてあんなこと・・・・」
「ああいう奴は思い通りにならないとフリーズするからな。盤面を整える奴ほど不意の事態に弱い。それと、俺散々言っただろ?」
半ばあきれながら男が少女を抱きしめる。若干の抵抗する感じも、力ずくで無理やり抱きしめる。あごに手をかけ、顔を上げさせてまっすぐに少女を見つめる。
「お前が好きだ。だからお前だけは諦めない」
「・・・・わたしが・・・気持ち悪くないの?」
「こんなにかわいいお前がどうして気持ち悪いんだ?」
頭を撫で、髪を弄ばれる。それは不思議と子供の様ないじり方だった。
「だって、人の心を読んじゃうのよ? 心だけでなく記憶も・・・・知られたくないことまで知られちゃうのよ? それをわかっていながら・・・・触れているの?」
「日本にはな『お天道様が見ている』っていう言葉があるんだよ。だったら、なにか一つの存在くらいには、全て知られていてもいいんじゃないのか?」
そういう男の笑顔の方が太陽の様だと少女は思った。全てを平等に照らそうとしている。
「まあ、あまり不甲斐ない記憶や恥ずかしい記憶で、愛想を尽かされると困るが・・・・」
「そんなことしないわっ! わたし、一度も自分から貴方の記憶や感情を見たりしていない! これだけはほんとうよっ?! ただ、流れてきたモノを読んでしまっただけなの!」
「そうか、だったら今の俺の感情を読んでくれた方が分かりやすい。そうしてみてくれ」
「いい・・・の?」
「言葉で伝えるより、そっちの方が楽だし早い。それで嫌われたら仕方ない」
「・・・どんな貴方でもわたしはすきよ? だから、そこは安心して?」
ぎゅっと少女がしがみ付いてくる。目を閉じて、男の感情を読み取っていく。それは言葉などよりも明確に語っていた。少女だけが大事で、少女以外は捨てる覚悟で、常に少女のことだけを考え続けている。自分の命のことよりも、少女が笑顔で、幸せであることを望んでいる・・・・そんな、自分を見失った狂人のような感情だった。
「貴方・・・どれだけわたしに狂っているのよ・・・・っ!」
「・・・ドン引きしたか?」
「しない・・・そんなことしない。うれしい・・・うれしいもの・・・・っ! 誰かから・・・・こんなに想われたことなんてないもの・・・っ!」
「・・・綺麗なだけじゃなかっただろ?」
「そう・・・ね、どれだけ貴方が・・・・・わたしのことを・・・って・・・それだけ・・・・・したいのね?」
「ああ。引かないか? こんな汚らわしい欲まみれな存在を」
「引かないわ。だから、わたしを――――」
男へと一度口づけて、熱く潤んだ瞳で続きの言葉を伝える。
「―――こんどこそ貴方の女にして?」
それが合図だった。
今度は男が少女に口づけ、そのまま布団に押し倒していく。もう止められないし、止める必要もなかった。男は貪欲に少女を求め、少女もそんな男を受け入れていく。これまで抑えつけていた感情が爆発していた。
触れてくる男から流れ込んでくる感情が嬉しかった。自分の身体で悦んでもらえていることが嬉しかった。際限なく求められていることが嬉しかった。全てを知りながら、こんな自分を気持ち悪がらずに、触れてくれていることがなによりも嬉しかった。だから、もっと触れてほしかった。男に触れられてないところがないように、全てに触れてほしかった。そして、愛しているのにもうすぐ男を殺してしまう、こんな自分を滅茶苦茶にして壊してほしかった。
やがて熱が思考を溶かしていき、何も考えられなくなる。
「すっ、きぃ・・・っ! だい・・・っ! すきぃっ! んんっ?!」
男に抱きついて感情のままに叫ぶが、それは口を重ねて防がれる。男は周囲に少女のこんな声を聞かせるのが嫌だった。自分だけがこの声を聞いていたい、独占欲からの行為だった。
待ち焦がれていた時間に没頭していき、二人の伽は紡がれていくのであった。
事が終わって布団の中、二人は一糸まとわずの姿で寄り添っていた。
「なんというか、すまん。手加減はしていたつもりなんだが・・・・」
「んっ・・・だい・・じょぶ・・・・よ?」
肩で息をしながら、熱を帯びた、切なげな吐息を漏らす。その頬は真っ赤に上気していた。
「ふふっ・・・これで、ほんとうに・・・貴方の・・女ね・・・・」
「そういう顔されると、本気でしたくなるから勘弁してくれ」
「・・・じゃあ・・・・毎日・・・して・・・はやく・・慣れないと・・・・ね?」
「・・・せめて明日くらいは身体を休めとけって」
「へいき・・・よ? そういう、ふうにも・・・できて・・いるから・・・・・」
「・・・初めてなんだろ?」
「そう・・・よ? 貴方が・・・・わたしを、最初で・・・最後に・・・・・抱いた人よ・・・?」
「それでも・・・順応が早いのか?」
「・・・伽を求める・・・・人間のために・・・・ね・・・・痛がったり・・・・感じなかったりしたら・・・・・そんなの、いやでしょ・・・・? だから・・・・そういうふうに・・・・されているの・・・・・・でも、だれも・・・・・求めて・・・・・こなかったけどね・・・・・・」
「・・・それは、お前が痛くなくて、気持ち良くなるっていう考え方をしていいか?」
「・・・ええっ。だから・・・そんな顔しないで・・・・?」
そっと男の頬を撫でていく。やるせない思いを浮かべている男に、微笑みかける。
触れるとまた男の感情が流れ込んでくる。少女をモノ扱いさせるようなやり方に、憤っている感情だった。こんな自分のことで怒ってくれる男の感情が嬉しかった。
「それに・・・わたしは貴方のモノよ? 貴方になら・・・何をされてもいいし・・・・貴方の・・好きにして・・・・?」
「そうか・・・・じゃあ、これからも側にいてくれ」
そういって少女を抱きしめる。
「残りある限り、お前を幸せにする。決して忘れることがないように、心の奥深くまで幸せに染めてやる」
感情が流れ込まなくても分かる。今、男がどれほど想ってくれているのか・・・・どれほど、愛してくれようとしているのかを。もうそれだけで少女は幸せだった。これ以上の幸せなど存在しないと思った。
「・・・貴方は・・・・どれだけ、わたしを・・・・泣かせるの・・・・・?」
「お前が・・・今まで泣けなかった分を、泣ききるまでだな」
「あ・・・んっ・・・・・」
何か言おうとしたら、いつものように口を塞がれる。これにはもう手も足もでなかった。男が覆いかぶさってくる。口づけの角度や深さを変えながら、飽きさせない交わりに酔わされる。
夢のような時間を甘く揺蕩(たゆた)いながら、やがて眠りに落ちていく。
こうして契りを結んだ二人は、翌朝からはこれまで以上のバカップルっぷりを発揮する。その感情はとてつもなく甘いものであり、胸やけを起こすこと確実と言えた。何かにあてつけるかのように、男は少女とそうしていくのであった。
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