第32話 出会い


 少女の常軌を逸した魔力量に、ネロアが言葉を失う。


「戦うってどうすればいいの?」

「あ、ああ。えっとね、君はそれを知ってるはずなんだ。感じないかい? キミ自身が持つ魔法の力を」


 説明にもならない説明ではあったが、燐子にはネロアの言っていることの意味がなんとなくわかった。だから特に聞き返すこともせず、腕を前に掲げた。

 少女の前に黒い槍が現れる。発動者たる少女の身長を優に超える長い槍。その先端には、闇に紛れ込みそうなほどに黒い刀身。


「な、なんか出た。これで戦えばいいのね」

「うん! 安心して。キミの力なら絶対に負けない」


 ネロアと話す無防備な燐子へ、降魔が両腕を伸ばし、突進させる。

 とっさに反応した燐子が、槍を体の前で構えてガードすると、槍にぶつかった降魔の攻撃がいとも簡単に跳ね返された。


「ああっ!?」


 渾身の攻撃がまるで通用せず、降魔が戸惑いに顔を歪める。


「な、なんかなにもしてないのに勝手に跳ね返っていった」


 戸惑う燐子の横に浮かぶネロアが、視線だけを少女へ向ける。


(……なんてことだ。この子の魔力が強すぎて、あの程度の攻撃ではまともにダメージが入らないんだ。あの降魔が弱いわけじゃない。この子が強すぎるんだ……)


「う、うう……」


 燐子の魔力に怯んだ降魔が、小さく身をすくめる。目の前の少女と睨み合いながらも、恐怖から攻めることを躊躇している。


(魔力……強い……。武器……危険。……武器? ソウダ……!)


 なにを企んでいるのか、降魔の両目が不吉な赤い輝きを放つ。


「ま、まだやる気……!」


 降魔の緑色の腕が伸び、燐子へ襲いかかる。腕は燐子の顔の前までやってくると急に角度をつけて曲がり、燐子が手に握る黒い槍に絡みついた。


「あっ!」


 巻きついた降魔の腕が槍を奪い取り、降魔の元へと帰っていく。


「アーア……。これでモウ戦エナイョ」


 降魔が奪い取った槍を見て口元を釣り上げる。


「槍、強イ、魔力。……耐えられるカナァ?」


 降魔が長い腕を振り降ろす。莫大な魔力を秘めた槍の先端が燐子の頭上に迫る。強力無比なこの武器ならば少女の強大な魔力の壁を貫けるだろう。

 燐子は自らが作り出した黒槍から逃れるように後方へ飛び退いた……かと思うとそのまま空高くまで浮かび上がった。


「えっ。なにこれ、どうなってるの。空を飛んでる……」

「そう、魔法使いは飛べるんだよ!」


 戸惑う少女の横に並んで、ネロアも少女と共に天へ昇っていく。


(教えてもいないのにごく自然に飛べるなんて……。センスのいい子だ)


「ネロア!」


 燐子の危機迫る叫びにネロアがハッと振り向く。


「あの緑のがいない……」

「なんだって!」


 地上からは全身コケだらけのあの降魔がいつの間にか姿を消していた。


「気を付けて燐子! どこかから襲ってくるかもしれない」


 街灯の一切灯らない街は薄暗く、深緑色の降魔はその闇に溶け込みやすい。燐子たちは上空から必死に探すも、それらしい影を見つけることができない。


「どういうことなのネロア」


 ネロアは目を閉じて周囲の音に耳を傾けた。ごく微かな音がどこかから聞こえる。それは風を切るような音。急速にこの場へ向かってくる音。


「上だ!」


 槍を抱えた降魔が上空から急降下で二人に迫ってくる。


「離れてネロア!」


 燐子がネロアをかばうように押しのけると、上空から落下してきた降魔が無防備な燐子の胸に黒槍を突き立てた。


「ううっ!?」


 槍を突き立てたはずの降魔がなぜか表情を崩した。

 黒い槍は少女の胸の前で止まっていた。

 その刃の先にはもう一本の黒い槍。宙に浮かぶ槍は、燐子を守るように彼女の前に静かに佇んでいる。


「槍を取るんだ!」


 ネロアの言葉にハッとして、燐子が目の前の槍に手を伸ばす。

 黒い槍を手に握る二つの影が市街地の上空で対峙する。


 先に仕掛けたのは降魔だった。莫大な魔力を秘めた黒槍を、思い切り振り降ろす。

 槍を横に構えた燐子が、迫り来る攻撃を黒槍の柄で受けると、薄暗い空に火花が飛び散った。


「ううう……!」


 降魔が槍に力を込めるが、目の前の少女は一歩も引かない。

 埒が開かないと判断した降魔が、遥か後方へ飛び退き、完全に槍の間合いの外へ出る。


(なにをする気? あんなに離れたら攻撃が届かない)


 降魔の腕が長く伸び、再び槍を打ち付ける。


(そうか。向こうは腕を伸ばせるんだった)


 燐子が攻撃を受け止めると再び火花が弾け飛ぶ。攻撃が止められるや、降魔は二の手、三の手を連続で繰り出し、少女を攻め続ける。


(相手の本体が遠い。これじゃあこっちの攻撃が当たらない。しかも一度でも受け損なえば、こちらは致命傷……。だったら……)


 燐子は受けた槍を強く跳ね返し、降魔の両腕を上空に弾き飛ばした。


「ああっ!?」


 燐子の正面には腕を弾かれ無防備な姿の降魔の本体。

 燐子は腕を振りかぶると、ガラ空きの降魔の本体へ、一直線に槍を投げつけた。


「はあっ!」


 少女の手を離れた槍が降魔の胸に飛んでいく。槍が降魔に突き刺さる瞬間、降魔の胸がモゾモゾと動き出す。胸に生えているコケが周囲へ移動し、胸にぽっかりと穴が開く。


「えっ!?」


 燐子の投げた槍は穴の中を通過していった。

 降魔が弾かれた腕を自身の元まで戻し、ニタリと笑った。


「残念だネェ……」

「そんな……」


 武器を失った燐子に降魔が揚々と飛びかかる。勝利を確信しながら少女に槍を突き立てた。

 槍が突き刺さる寸前、燐子は無意識に魔力を高めた。少女を包む魔力の光がさらに一段階強くなっていく。


「うあう!?」


 魔力の圧に押されて降魔の体が止まった。


(な、なんてことだ……。まだ全力じゃなかったっていうのか)


 驚愕するネロアの前で、燐子を包む魔力が一段と膨れ上がり、少女の周りに無数の黒槍が現れた。


「う、うああっ!?」


 少女の圧倒的な魔力を前に降魔が一目散に逃げ出す。

 住宅街へ逃げ込もうと街の方へ降りていくその背中へ、燐子が手首を軽くスナップさせると、彼女の周りの無数の槍が超高速で降魔に降り注いだ。


 膨大な数の槍が住宅街へ降り注ぎ、街から砂煙が巻き起こる。


「な、なんて威力だ……」


 砂煙が消えると、大地には無数の槍が突き刺さり、街は変わり果てた姿へと変貌していた。


 燐子と住宅街の間の宙には、直径十センチ余りの黒い穴が浮かんでいた。


「や、やったの?」

「うん。終わったよ。降りようか」


 地上に降りるとネロアは大地に突き刺さる黒い槍の前に立った。


「ふうむ。この槍一本一本に驚異的な魔力が宿っている。普通の魔法使いには到底放出不可能なレベルの凄まじい魔力強度だ。疲れてない?」

「疲れてはない、かな」

「へえ」


(すごいな。このレベルの魔力を放出した後だというのに、ほとんど疲労を感じてないなんた。まるで底なしの魔力だ。このタイミングでこれほどの逸材に巡り合えるなんて、まるで奇跡としか思えない。それともこれも運命なのかな。少し光が見えてきたってことか……。もう時間がない。魔法使いの覚醒を急がないと……)


 ネロアは黒い槍をまじまじと見つめると。


「うーん、実に深い黒だね。美しくすらある」


 ポンと手を打ったネロアは明るい顔で、


「よし! 闇の魔槍(まそう)と名付けよう!」

「闇の魔槍?」


 なんの話かわからず、燐子はキョトンとする。


「魔法の名前さ」

「なんだか怖い名前」

「そう? ピッタリだと思うけどなあ」

「そうなの? ネロアが言うならそうなのかもね。でも、いる? 名前なんて」

「名前があった方がいいと思うよ」

「なんで?」

「だってかっこいいじゃん! 『槍を使うんだ』よりも『闇の魔槍を使うんだ』ってセリフの方が様になるでしょ?」

「ふうん?」

「それに名前がついてた方が魔法使いって感じがするよ」

「ネロアがそうしたいなら好きにすればいいと思う」

「よーし! じゃあそれで決まりね!」

「ネロアって面白いね」


 これが燐子とネロアとの出会い。

 戦いの日々の幕開けだった。

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