第24話 誰もいない世界


「蜜姫の魔法は射程が短いうえに一度の発動で魔力の大半を使ってしまう。その代わり威力はご覧の通りさ」


 魔法により降魔もろとも完全に破壊されたビルが、蜜姫の魔法の威力を物語る。


「そんなに強い魔法なら最初から使えばいいのに。そうすれば一瞬で解決でしょ?」


 私が率直な疑問をぶつけると、私たちのいる上空へ帰ってきたルノワが。


「そりゃあまずいぜ律火」

「どうして?」

「例えばもしあのでかい木がデコイで本体は別の場所にいるってパターンだったらジエンドだ。蜜姫の魔法は一日一回が限界なんだ。魔力消費が大きすぎるからな。もしもその一発で敵を倒せなけりゃ、そのまま戦闘不能だぜ。だから軽々しく打てないってわけ」

「リスクも大きい技なのね」

「しかも魔力消費が大きいせいで使うとすげー疲れるんだぞ? ま、疲れるのはおいらじゃなくて蜜姫だけど」

「それに一気に片をつける方法だと律火にとっても都合が悪いよ。降魔から魔力を奪うチャンスがなくなるわけだからさ」

「それもそうね」


 白と黒のマスコットみたいな二匹に諭された私は、そっと隣に浮かぶ蜜姫を見た。

 桃色の髪の少女は、今の攻撃で魔力を使い果たしたらしく、その体はほとんど魔力に覆われていなかった。


「うう……。空を飛ぶのすらしんどいよー。地上に降りよ、みんな」


 かなりつらそうだな。


「ほら」


 そんな蜜姫に私は肩を差し出した。するとぱっと顔を明るくした蜜姫が、


「わー、ありがとう律火ちゃん!」


 疲れはどこに行ったのか、桃色の巻き毛少女は私の背中に豪快におぶさってきた。降魔の魔力を奪ってパワーアップした直後だからか、蜜姫の体がいやに軽く感じる。


「肩を貸したつもりだったんだけど……」

「え、なんか言った律火ちゃん?」

「……いいえ、なんでもない」

「あ、聖ちゃん!」


 隣に浮かぶつぐが、腕の中の聖さんに声をかけた。


「う……。あれ……ここは……」

「だ、大丈夫、聖ちゃん?」

「つぐ……。どうしたのそんな顔して」

「よかった……。なかなか意識が戻らないから心配してたんだよ」


 今まで厳しい表情だったつぐが安堵からか顔を綻ばせる。


「そっか。私、あの降魔に……。そうだ、降魔はどうなったの?」

「大丈夫。もう終わったよ」

「あら……。街がすごいことになってるわね。この感じだと彩花さんの魔法で倒したのかしら?」

「察しがいいな聖。ちょうど今さっきおいらたちがとどめを刺したところだぜ。かなりの強敵だったけど、さすがにおいらたちにはかなわなかったな」

「なに偉そうにしてるのよ。ずっと私の後ろに隠れてたくせに」


 私におぶわれながらルノワをたしなめる蜜姫。


「な! 隠れてたんじゃなくて戦況を観察してただけだぜ。失礼しちゃうわね」


 ちょっとだけ気に障ったのか、それとも指摘されて恥ずかしかったのか、小さな両手で顔をムニムニするルノワ。


「みんなお疲れ様。思ったよりもずっと手ごわい相手だったね。でも律火はなんだかんだで結構魔力が手に入ったんじゃない?」

「まあね。というかこんだけ大変な思いして収穫なしじゃ悲しすぎるしね」

「ノルマを達成できたようでよかったよ。さて、やることもやったしもうこの世界に留まる理由はなくなった。帰ろうか」


 倒壊したビルのそばにできた、時空の裂け目の前に降り立つ。

 聖さんはつぐの腕から降りると、


「なんか今日はコンビニで盗み食いしただけな気がするわ」

「あそこのあんまんおいしかったよな」

「また来たいわね。今度はつぐの食べられるものもあるといいけど……」

「なにがあっても食べないよ私は……。じゃあお先に行くね」


 つぐと聖さんが黒い穴に触れた途端、二人の姿が一瞬で穴に消える。いつ見ても不思議な光景だ。

 蜜姫が私の背中からゆっくりと降りた。


「大丈夫?」

「少し回復してきたから一人で歩けると思う。ありがとね律火ちゃん」

「ふー。今日はよく働いたぜ」

「ルノワは最期以外なにもしてないじゃん」

「ふっ。そう見えてるってことはまだまだ甘いな蜜姫も。おいらはこう見えても多角的に戦況を分析して常に最善手を考え続けているのさ。いわゆる知将ってやつ?」

「はいはい。帰るよ。私、疲れたし。ルノワと違って働いたからさ」

「なんだよー。それはおいらも同じだろ相棒。あ! ちょっと待てよ蜜姫ー」


 ルノワを置いてさっさと裂け目に消えた蜜姫を、すがるようにルノワが追いかける。

 静寂の街に私とネロアだけが残された。

 すぐ目の前には、壊れたビルの残骸が山をつくる。

 街をいとも簡単に壊せるほどの力。魔法使いの力。

 そう言えばこの力は向こうの世界でも使えるんだよな。

 この世界だからいいものの、もしも向こうの世界でこの力を使えば、この黄昏の世界同様、私たちの世界もきっと簡単に壊れてしまうんだろう。人のいないこの世界だからいいものの、もしも向こうの世界でそんなことになったら……。そう考えるとなんだか急に怖くなってくる。私たちは実に分不相応な力を持ってしまったのではないだろうか。

 ネロアは魔法使いは私たち以外にもたくさんいるって言ってたけど……。

 これほどの力を簡単に与えてしまっていいんだろうか。

 もしも悪人の手にこの力が渡ったら……。ネロアはその時のことを考えているんだろうか。


「どうしたの律火。なんだか暗い顔してるけど」

「そう? ネロアはなに考えてるかわかんない顔してる」

「そうかな?」

「うん」

「なにか悩み事があったら言ってね。僕で良ければいつでも相談に乗るよ」


 そんな気の利いたセリフを言ってくれたんだし、せっかくだから聞いてみようかな。


「ネロアは私にこんな力を与えちゃって大丈夫なの? 後悔してない?」

「後悔? なにに後悔するの?」

「いや……。もしも私が悪い人間だったら困るでしょう? 魔法の力を悪用するかもしれないよ」

「信じてるよ」


 夕焼けのような瞳はまっすぐに私を見つめる。


「それに律火の場合は特別だしね。あのまま放っておいたら君はあの時の黄昏の世界に取り残されたままだよ。死んだ状態でね」

「それは嫌だね」

「じゃあ、よかったんだよ。これで。僕はそう思う」

「ネロアは魔法使いの力を与えて後悔したことある?」


 ネロアは私の問いには答えず時空の裂け目に飛んでいく。

 そしてその少し手前で止まると、こちらを振り向き、


「ねえ律火」

「ん?」

「律火は毎日楽しい?」

「なんの話よ急に」

「聞いてみただけ」

「楽しいって言うよりも大変だよ。こんな面倒な体になっちゃったし」

「そっか……。ねえ律火」


 ネロアは静かな瞳で私を見つめた。私は無言でネロアを見つめ返した。


「今を楽しんでおいたほうがいいよ。後悔がないようにね」


 いやにまじめな雰囲気だった。

 そんなのはなんだかネロアらしくない。


「適当に楽しんでるよ。後悔するかどうかはわかんないけど。ていうか前もこの話しなかったっけ」


 なぜかはよくわからないけど、なんとなくまじめに答えるのが嫌で、私は少し茶化す感じで言った。


「律火はこの世界をどう思う?」

「この世界って、この黄昏の世界ってこと?」

「うん。それでもいい」

「うーん。どうって言われてもなあ……。静かだよね。人もいないし。昼寝するにはいいんじゃない? よく寝られそう」

「はは。律火らしいね。授業中はいつも寝てるんでしょ? つぐから聞いたよ」

「別にいつもじゃないし。たまにはそういうこともあるかもだけど。どうしたの? 今日はやけにおしゃべりじゃない」


 私から視線を外したネロアが、どこかを見つめる。


「この世界ってさ。ひどく静かだよね。どこも廃墟ばかりで、人はおろか虫一匹いない。まるで生を感じられないんだ。それはなんだか……」


 ネロアは口をつぐんで言葉を止める。そしてしばらくしてから小さな声で、


「まるで地獄のようだ」


 どことなく無機質な声だった。

 どんな顔でネロアがその言葉を言ったのかはわからない。ネロアはずっと私に背を向けていた。


「律火はこんな世界、嫌でしょ?」


 振り返ったネロアは、もういつものネロアだった。


「どうだろ。最初は不気味だな、とか寂しいところだなって思ったけど……。みんなといるせいか、意外とこんな世界も悪くないかもって気もするなあ。食べ物や飲み物もあるしね。それに案外、地獄でこそ人は美しく生きるのかもよ」


 なんとなく放った言葉だった。だというのにネロアはなぜか悲しそうな顔をした。


「どうしたのよ。ただの冗談じゃない。そんな顔しないで」


 ネロアがなにも言わないので私はなんだか気まずくなり、自分でも気づかないうちに早口で言葉を紡ぐ。


「だってさ。この世界での私たちはこんなにも助け合ってる。それってすごいことじゃない? 向こうの世界でこんなに協力することなんてないし……。そう考えるとこの世界の私たちってなんか尊くない?」

「そうか……。そういう考え方もできるんだね」


 そう呟いたネロアの顔はさっきよりも少しだけ明るかった。

 なんなんだいったい。

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