第23話 天空を覆う


 打ち返された魔弾は瞬きする間に私の目と鼻の先にまで迫っていた。高密度の魔力の塊は完全に私を捉えている。直撃すれば悲惨な結果になる。そんなことは容易に想像がついたけれど、あまりに速すぎる弾速に体がまるで反応しない。

 このままではとてもかわせっこない。このままでは……。このまま……?

 そ、そうだ! 魔力を高めれば……。

 思いついたそばから全身の魔力を一気に開放する。さっき降魔から魔力を奪ったおかげだろう、今までにない凄まじい魔力が全身からほとばしる。

 大幅にスピードアップし、かつてない速度で空を飛び、その場を離脱する。その拍子、魔弾がセーラー服の胸元をかすめ、結ばれた白のタイが一瞬で跡形もなくちぎれ飛んだ。

 標的を見失った魔弾は直進を続け、軌道線上にそびえ建つ巨大なビルの中腹に直撃した。豪快な音を立ててビルが崩れ落ちる。


 なんて威力……。自分で撃っておきながら、とてつもない魔弾の破壊力に冷や汗が頬を伝う。あ、危なかった。あんなのが直撃してたら……。目の前で崩れ落ちるビルを見つめながら内心ゾッとした。いや、今はのんきに見物なんてしてる場合じゃない。

 一気にみんなのいる上空まで躍り出た。ビルの屋上から、大木の降魔がうらめしそうに私たちを見つめている。

 私たちと降魔との距離は、先ほど魔弾を撃ち返されたときと同程度。この距離からじゃ光の魔弾は撃てない……。打ち返されるのがオチだ。

 周りのみんなは沈黙して降魔を見下ろしている。聖さんを抱えたつぐは戦いには参加できない。蜜姫と私でやるしかないか。そういえば蜜姫の魔法ってどんなのだろう。


「ねえ蜜姫。あなたの魔法でなんとかできない?」

「私の魔法、この距離なら届くけど……。でもあの降魔、いつのまにか傷が回復したでしょ? なにか秘密があるはずなんだ。だからまずはそれを突き止めたほうがいいと思う!」

「たしかに……。無駄に攻撃しても、こっちの魔力が減る一方だしね」


 そう言えば魔力は戦いのエネルギーそのものだってネロアが言ってたっけ。いたずらに消耗するのはまずい。蜜姫の言うようにまずは降魔の再生の謎を解き明かしたほうが良さそうだ。意外に冷静だな蜜姫は。


「ねえ律火ちゃん」

「うん?」

「実は私の魔法は一日に一度しか使えないの」

「えっ」

「だから慎重に使いたいんだ」

「……なるほどね」


 たった一度きり……。一度でもミスればそれで終わり。だったら軽々しく使うことはできない。

 私の魔弾で倒せればいいけど……。もしも無理だったら蜜姫の魔法に賭けることになる。それもチャンスはたったの一回か……。万が一それも失敗したら……。……いや、そんなもしものことを考えても仕方ない。今はできることをするだけだ。

 私は降魔へ向けて腕を構えた。手の中に魔力が集まりだし、光り輝く魔弾へと姿を変える。


「なにをするの律火ちゃん?」

「もう一度魔弾を撃ち込む」

「でもそれじゃあ……」

「大丈夫。任せて」


 私は無心で、幹の中央に浮かぶ顔に魔弾を放った。


「無駄あああああああっ!」


 叫びを上げる青白い顔。先ほど同様、顔の前に黒い蔓が現れ、魔弾を弾くべくしなる。


「来ると思った! じゃあこれならどう!」


 私はすかさずもう一発の魔弾を放つ。同じ軌道を描く二つの魔弾が、同時に宙へ撃ち出される。


「あぁっ!?」


 間を置かず放たれた魔弾に、降魔が表情を乱す。


「こ、こしゃくなあァァァッ!」


 蔓がしなる。最初の魔弾があっけなく蔓に弾かれる。

 しかし不意打ちが功を奏したのか、跳ね返された魔弾は見当違いの方角へ飛んでいった。

 黒い蔓は今の反撃で完全に弛緩している。二発目の魔弾が無防備な降魔の顔へ直進する。

 魔弾がぶつかる直前――。


「あれは……!」


 降魔の顔がズズズ……と幹に沈んでいく。

 二発目の魔弾が顔の消えた幹の中央を突き破り、再び巨大な穴を開ける。

 そういうことか。

 あの降魔、こっちの攻撃が当たる直前に幹の中に隠れたんだ。

 そして幹の中を移動して魔弾の直撃を避けた。


「律火ちゃん、降魔が幹の中に!」

「ええ」


 てことはやみくもに撃ってたんじゃいつまで経っても倒せない……。どうする……。

 無防備な幹を守ろうともせず逃げたところを見ると、やはりあの顔が本体みたいね。

 だったら幹をどれだけ破壊しても、本体である顔を倒さない限りすぐに再生される。

 魔弾を何発放っても結局は逃げられるだけ。これじゃあ埒が明かない。やっぱり直接触れて魔力を奪い取るしか……。


「攻撃が当たる瞬間、幹の中に隠れて他の場所に逃げてるみたいね。おそらくあの顔が本体なんだろうけど……」


 黒い幹の中央にに大きく空いた穴の上部に、傷一つない降魔の顔が浮かび上がる。やっぱりダメージは与えられてない。

 黒い幹に開いた穴がみるみるうちにふさがっていく。


「ヒヒヒ……。無駄だ。無駄だ。無駄だ!」


 ビルの屋上に陣取った降魔が、挑発するような薄ら寒い笑みを浮かべて私たちを見上げる。

 やっぱり魔弾での攻撃は効果が薄いか。……しかたない。


「なんとかもう一度接近して魔力を奪ってみる」

「ちょぉぉーっと待ったー! その必要はないぜ律火」


 さっきまで蜜姫の後ろに隠れてビクビクしていたルノワが、意気揚々と蜜姫の肩によじ登る。少女の肩の上に躍り出た黒ウサギは、なんだか自信あり気に腕組みしている。


「なによルノワ。なにか策があるって顔ね」

「ふっ。察しがいいな、お嬢さん」

「でもいくら攻撃したところで本体である顔を倒さなきゃどうにもならないわよ」

「もちろん知ってるさ。あの降魔、律火の魔法じゃ分が悪いぜ。そこでおいらたちの出番ってわけ! な、蜜姫?」

「そうだね!」


 明るい表情で力強く返事をする蜜姫。

 なんだかよくわからないけど二人は自信があるみたいね。だったらここは頼っておくか。


「任せたわ二人とも」

「うん! 行ってルノワ!」

「おうともさ!」


 ルノワの黒くて小さな体が蜜姫の肩から飛び上がり、遥か上空へ消えていく。

 ただでさえ小さな体が砂粒大にまで遠ざかる。

 あんなに高く……。いったいなにをする気?


「いいぞ蜜姫!」

「うん!」


 蜜姫の全身を覆う魔力が一気に昂(たかぶ)る。そして片手を上空へ掲げると、蜜姫の手のひらからルノワに向かって大量の魔力の光が飛んでいく。


「きたきたー!」


 蜜姫から放たれた魔力がルノワの全身に取り込まれていく。膨大な魔力を受け取ったルノワの体が遥か上空で光り輝く。かと思うと、小さな黒うさぎのぬいぐるみが、突然何倍、いや何百倍にも膨れ上がり空全体を覆い尽くした。その巨体が太陽の光を遮り、私たちのいるビル周辺に突如として大きな影を落とした。


「な、なに!? どうなってるの……!?」

「律火ちゃん、こっち!」


 蜜姫が戸惑う私の手を引っ張って、その場から離れる。

 なんだっていうの。蜜姫に引っ張られるまま、私はビル上空から離脱した。降魔だけがビルの屋上に取り残された。


「どうしたの蜜姫? どこへ行くの?」


 とういうかルノワを放置していいんだろうか。


「見て、律火ちゃん」


 直後、ルノワの巨体が空から降り、降魔もろともビルに激突した。ビルに張り巡らされたすべての窓ガラスが割れて飛び散り、数十メートル級の巨大なコンクリートの塊が、ルノワの重みによってまるでスポンジケーキでもつぶすかのようにあっけなく崩壊していく。


「どっしーーーーーーん!」


 巨大な黒うさぎが降魔もろともアスファルトの地面に激突した。


「す、すごい……」


 な、なんて威力……。

 私の魔弾とは明らかに威力の次元そのものが違う。


「あれが蜜姫の魔法だよ。すべての魔力を開放する一撃必殺の大技。あれを食らって無事だった降魔を僕は一度も見たことがない」

「なにそれ……。反則じゃない……?」

「ピンクは主人公なんだぜー! 律火ー!」


 地面に座った巨大な黒うさぎが、得意げな顔で短い手足をじたばたさせる。

 さんざんバタついてホコリを巻き上げると、その体は一気にしぼんで元のサイズに戻っていった。

 ルノワの近くには黒くて丸い小さな穴があった。もはや見慣れた時空の裂け目だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る