第19話 異世界コンビニ


 いや、なんでこの世界にコンビニが……?

 しかも、向こうの世界でもよく見かけるメジャーなブランド。

 私はとりあえず自動ドアの前に立ってみたけど、残念ながら扉は開かない。

 当然と言えば当然だけど薄暗い店内には人影は見当たらない。この黄昏の世界には時空の裂け目から迷い込んだ人以外は存在しないのだ。

 とても営業しているようには見えないのに、入り口には24h表記の看板がちょこんと置かれている。そんなミスマッチな光景がなんだかおかしい。

 というかこの世界のコンビニをいったい誰が使うっていうんだろう。


「ねえねえ律火ちゃん! なにか飲み物ないかな?」


 トトトっと私の横に駆けてきた蜜姫が桃色の大きな瞳を輝かせながら、私の顔を見上げながら言った。


「えっ。入るの? 危なくない?」


 蜜姫とは対照的に、硬い表情のつぐ。明らかに乗り気ではなさそう。

 つぐはあまり入りたくなさそうだけど、私と蜜姫は喉が渇いているのだ。

 私は、背後で訝しげに店内を覗き込んでいるつぐに横目で視線を送ると、


「つぐ、開けてよ」

「なんで私が」

「この中で一番魔力が強いのはつぐでしょ? だったら一番力持ちってことじゃない。ほら、非力な私たちのために道を開いてよ」

「なあにその理屈?」

「お願ーい!」

「……まったく」


 私が甘えた感じで頼むと、つぐは嫌そうな顔をしながらも、開かない自動ドアの前に歩き寄った。そして左右のドアの間のわずかな隙間に指先をねじ込み、強引にドアをサイドへスライドさせる。透明なガラス扉がゆっくりと開いていく。


「ねえねえ、私たちまるで強盗みたいじゃない!?」

「聖ちゃん……なんでそんな楽しそうなの?」

「だってこんなこと向こうの世界じゃ絶対できないでしょう? ワクワクしてこない?」

「そうだね……」


 みんな揃ってぞろぞろと薄暗い店内へ入る。

 入り口のすぐ右側にはアイスクリームが大量に詰まったアイスケースが置かれている。ケースの中にある袋入りのアイスを指先で押すと、指が深く沈んでいく。中身はドロドロに溶けていた。やはり電気は通っていないらしい。


「溶けちゃってるね。これじゃあ食べられないかぁ。あ、律火ちゃん! 飲み物あるよ」


 蜜姫が店の奥を指さす。

 そこには飲み物が大量に陳列された冷蔵棚があった。

 冷蔵棚の前までやってきた私は、透明な扉を引く。冷蔵機能はやはり作動していないようで、扉を開けた時のあの独特な冷風は一切顔にかからなかった。


「わあ、いっぱいあるね」


 所狭しと並ぶジュースの山を前に、蜜姫は「どれにしよう」と目移りさせながら悩んでいる。

 蜜姫が決めあぐねている間に、私はさっさとお茶のペットボトルを取り出す。

 掴んだ瞬間に気づく。……生ぬるい。


「じゃあ私はこれ」

「……飲むの?」


 つぐは、「本気なの?」と言わんばかりの顔をしている。

 私はそんなことは気にせず、ペットボトルの蓋を開けて中身に鼻を近づけてみる。


「匂いは大丈夫そう」


 腐ってる感じはしない。むしろお茶のいい香りだ。

 ペットボトルに口をつけ、一口だけ口に含んでみる。


「だ、大丈夫なの?」

「あ、案外おいしい。ちょっとぬるいけど。つぐも飲んでみたら?」


 私の感想を聞いて少しは警戒が解けたのか、つぐが冷蔵棚の中のぬるいペットボトルを指先でちょんちょん触る。そして嫌そうな顔をした。やっぱりダメらしい。


「いらない……。というかよく飲めるよね。毒でも入ってたらどうするの?」

「降魔がそんな手の込んだことする?」

「ないとは言い切れないでしょ?」

「それだったら時空の裂け目の付近に毒でも撒いておけばよくない? 私たちがこっちの世界に迷い込んだ瞬間に毒殺しちゃえばいいんだよ。そのほうが確実でしょ? 食べるかどうかもわからないものに毒を仕込むより、よっぽど確実だよ」

「それはそうかも……」


 私たちが毒殺談義をしていると、どこかからお菓子の袋を持ってきた蜜姫が嬉しそうな顔で、


「ねえねえ律火ちゃん! このお菓子おいしいよ。食べてみて」


 蜜姫が差し出したのはチョコレートで表面がコーティングされた一口サイズの焼き菓子。

 私が口を開けて見せると、蜜姫が私の舌の上に一個乗せた。まず風味のいいチョコレートの香りが鼻へ抜け、一噛みするとサクッとした焼き菓子のスナック感が心地よい噛み応えを演出する。チョコと焼き菓子が絶妙にマッチして文句なしにおいしい。


「なんで二人ともそんな順応してるの!?」

「つぐちゃんも食べてみない? 美味しいよ」

「え……いや、私は……」

「ねえなんかさ、この世界って案外普通に暮せそうじゃない? 食料も飲み物もあるし」


 そんな率直な感想を私が漏らすと蜜姫が、


「ここ以外にもお店はたくさんあるし、私たちだけなら結構長くやっていけそうだよね!」

「確かにこの人数なら案外簡単に一生分の食料を確保できるかもね。……食べるかどうかは別として」


 なんて言いながらつぐは苦い顔を見せる。


「だったらさ、最悪、降魔に勝てなくてこの世界に閉じ込められたとしても、なんとか生きてはいけそうじゃない?」

「律火以外は生きていけるかもね」

「なんで私はダメなのよ?」

「ちょっと律火? この世界に来た目的忘れてない?」

「目的ぃ?」

「……律火は魔力を奪い続けないと死んじゃう体なんだよ」

「あ……そうか。じゃあここでスローライフというわけにはいかないのか」

「もうっ! そんな大事なこと忘れないでよ。のんきなんだから」

「おーい! みんな、ちょっとこっち来てみろよ」


 店の前方からルノワの呼ぶ声が聞こえる。


「なにかしら?」

「さあ?」

「行ってみよ!」


 私たちは一旦話を切り上げるとルノワの元へ移動した。


「どうしたのよルノワ?」

「なあなあ見てみろよ、これ」


 ルノワの前にはレジカウンターがあり、その上には肉まんやらあんまんやらが大量に入った蒸し器がある。当然電源は入っていないんだけど。


「なにルノワ、食べたいわけ?」

「律火はいらないのか?」

「うーん……。ペットボトルに入ってるお茶ならともかく、さすがにこれはねぇ」


 蒸し器の中で露出する中華まん。個包装ならともかく、さすがにこれは賞味期限とか衛生状態とかヤバそう。

 私や蜜姫ですら手を付けない中、聖さんがおもむろに蒸し器のフタを開けて、あんまんを手に取る。


「あら? なんだか生温かいわね」


 聖さんの持ったあんまんを横からつんつんつついてみると、なんだか表面が生ぬるい。


「ぬるい……ってことは食べられるのかな? 食べる、つぐ?」


 さすがに自分で食べる勇気はなかったのでつぐに振ってからかってみる。


「なんで私に振るの!? 食べないよ! もちろん。ていうか食べて大丈夫なの? 腐ってない?」

「あれ、肉まんのほうがよかった?」

「そういうことじゃなくって!」


 私がボケるとしっかりと突っ込んでくれるつぐ。いい子だなあ。

 そんなたわいのないやり取りをしていると、聖さんが手に持ったあんまんをちぎって、なんのためらいもなく口へ入れた。

 えぇ……。普段おっとりしてるのになにその謎の行動力。度胸ありすぎでしょ。


「あ、おいしい! 食べられるわよ、これ。ルノワもいる?」

「ちょっとちょうだい」

「どうぞ」


 聖さんはあんまんを一口サイズにちぎると、ルノワの口に差し出す。ぱくりとかじったルノワが明るい声で。


「案外イケる!」

「でしょう?」


 チャレンジャーだなこの二人。

 そんな二人をしり目に、蒸し器を上から順に見下ろしていると、下の方には黒っぽい中華まん。これは!


「チョコまんあったあ! ねえ、チョコまんだよ、チョコまん! なんて気が利くコンビニなの」


 私は嬉々として取り出したチョコまんを半分にちぎって、片方をつぐに差し出し、


「いる?」

「いらないよっ!」

「そう? おいしそうなのに」


 チョコまん好きなんだよなチョコまん。

 遠慮がちなつぐを置いといて、一口かじってみる。


「うん、おいしい! ちょっとぬるいけど味は悪くない」


 私の手に握られたもう半分のチョコまんをルノワがさりげなく取ると、


「なあネロア、これ半分こしようぜ!」


 半分に割れたチョコまんの両端を、ネロアとルノワがそれぞれ引っ張る。うまい具合にちょうど真ん中から割けて1/4サイズになったチョコまんに、ぬいぐるみ的な二体がかじりつく。


「お! 結構うまい!」

「うん。イケるよ」

「次は肉まんにしようかしら」

「私はカレーまん!」

「じゃあ私はもう一個チョコまん」

「なんでみんな順応してるの!?」


 つぐを除くメンバーがそれぞれ好き勝手に自分好みの中華まんを頬張る。

 つぐは最初、そんな私たちを見てなにか言いたそうにしていたけれど、和気あいあいと食べ続ける私たちの姿に、途中であきらめたような顔になり、結局なにも言わずに黙り込んだ。細かいことは気にしないでつぐも食べればいいのに。

 脇目も振らず黙々と食べていると、ふいに肩をトントンと叩かれる。

 視線を落とすとそこには黒い影。


「どうしたのルノワ?」

「うん? おいらなにも言ってないぜ」


 いつの間にかレジカウンターの上に座っていたルノワが、私の左前方から返した。


「えっ」


 だったら私の肩を叩いたこの黒い手は一体誰……?

 その正体を確かめるべく振り返ると、開いた入り口のドアから黒くて長細い木の枝のようなものが入り込んでいた。しかも入り口を塞ぐほどに大量に。枝は私たちの目の前でうぞうぞと蠢いている。


「な、なんなのこれ」


 私は正体不明の黒い枝から逃げるように後ずさる。


「こ、この気配は……! に、逃げるんだ、みんな!」


 ネロアの叫び声に合わせるように、全員が店の奥へ駆け出す。


「おそらく降魔の攻撃だ! みんな、気を抜かないで!」

「そんなこと言ってもよーネロア、もう逃げ場がないぜ!」


 店舗の奥に追いつめられた私たちの前に黒い枝が迫ってくる。しかも正面の自動ドアからは次々に黒い枝が入り込んでくる。


「ど、どうしよう! 裏口も見当たらないし!」


 動揺する蜜姫の横で、聖さんが手に持った肉まんを食べながら、


「あら、困ったわねえ……」

「もー! だから入るのやめようって言ったのに! ていうかこんな時に食べないでよ、聖ちゃん!」

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