第15話 終着


 頭の形が微妙に変形したことが相当頭に来たのか、降魔はわなわなと身を震わせながら、眼下に浮かぶ私達四人を睨みつける。


「しつこい野郎だーーーーーーーっ!」


 怒声と共に降魔の全身が光り輝く。さっきとは比べ物にならないくらい強い輝き。

 光をまとった降魔の体が高速回転し、魔法弾をまき散らす。先ほどよりも一回り大きな魔法弾は、食らったら相当なダメージもらいそう。魔法弾が私たちを完全に囲うように広範囲に撒き散らかされ、雨のように降り注ぐ。


「うわああっ!? り、律火!」


 魔法弾の雨にネロアが大慌てで私の後ろへ避難する。


「聖ちゃん、私の後ろへ!」

「え、ええ」


 聖さんが即座につぐの背後に身を隠す。

 降り注ぐ魔法弾へつぐが大鎌を薙ぎ払うと、鈍く銀色に光る刀身が迫り来る魔法弾をかき消す。しかし魔法弾は雨のように大量に降り注ぎ、攻撃が止まる様子はない。


 なおもまき散らかされる光の雨。私は背中に抱き着いたネロアと共にその間を縫うように避け続ける。私という標的を見失った魔法弾が次々と運動場へ着弾し、砂煙を巻き上げる。


「無理だ律火! 攻撃が激しすぎるよ。一旦退こう!」

「ダメよ! あの降魔、逃げ足だけはとんでもなく早い。今逃がせば、今度こそ本当に捕まえられなくなる!」

「でもこれじゃあ近づけないよ!」


 延々と降り続ける魔法弾の雨。

 この密度の中を潜り抜けて降魔に近づくのは無理だ。

 この魔法弾さえなんとかできれば……。魔法弾さえ……。魔法弾……。……そうだ!

 私は光の魔弾を作りだした。


「なにするのさ律火。この距離から撃ってもかわされるのがオチだよ」

「まあ見てて。はあっ!」


 降魔に照準を合わせて魔弾を撃ちこむ。

 光の魔弾は降魔が放つ魔法弾を次々と弾き返しながら、勢いを落とすことなく降魔へと接近する。


「ふん! こんなもの!」


 回転を止めた降魔が、光の魔弾の軌道から素早く外れ、私の放った魔弾をあっさりとかわす。


「そんな鈍い攻撃がこの私に当たるわけなかろう! すぐに八つ裂きに……。……!?」


 眼下を凝視しながら降魔が言葉を失う。

 降魔の視線の先には、私の姿はない。


「ば、馬鹿な! どこへ消えた!?」


 うろたえている降魔の頭の上に乗っかった私は、降魔の頭から生えるオレンジ色の突起を掴んだ。


「なにっ!? き、貴様、いつの間に!」

「そっちが魔弾に気を取られているうちに、上空へ回り込んだだけのこと。……手こずらせてくれたわね」

「は、離せ小娘! 貴様ごときが触れていい体ではないわッ!」

「やなこった! ……じゃあね!」

「よ、よせえええええ!」


 両手に力を込めると、降魔の残った魔力が私の体に一気に流れ込む。


「ぐぇぴーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 大空にこだまする断末魔。

 叫ぶ降魔が巨大な目玉から粘液を撒き散らし、それが私の全身にビシャビシャかかる。


「うわあああっ!? 気持ち悪っ!」

「ば、馬鹿な……。こ、この私がぁぁぁぁ……!」


 降魔の全身から巨大な光の柱が立ち昇り、その体が消滅していく。その姿が消え去ると、その場所に直径十センチちょっとの黒い穴が現れた。

 そして私の全身には降魔が撒き散らした粘液がべっとりとこびりつく。


「最悪。……あれ、ネロア?」


 背中につかまっていたはずのネロアがいつの間にかいない。激しく動いたから振り落とされてしまったんだろうか。と、少し離れた場所から、


「おーい!」


 何事もなかったかのように飛んできたネロアが、私の目の前で急ブレーキをかける。


「どこにいたのよ」

「巻き込まれるといけないから律火が降魔につかみかかる直前にとっさに避難したんだ」

「ちゃっかりしてるわね」

「でも見事な戦いぶりだったよ! とても初戦闘とは思えない。もしかしたら律火には戦いの才能があるのかもしれないね」

「そうだと助かるんだけどね。どうせ今後も戦い続けなきゃいけないんだし」


 そうこうしているとつぐと聖さんもこちらへやってくる。


「大丈夫だったかい、二人とも」

「ええ、私とつぐに怪我はないわ」

「それは良かった。ふーむ……」


 ネロアがじっと私を見つめる。


「つぐのマックスの魔力を10とすると、今の律火の魔力は8くらいかな」

「てことは夜にはまた魔力切れ? もう一体降魔を倒したほうがよさそうね」

「いや、時空の裂け目がどこにあるかわからない。今見つかってるのはここで最後だからさ」

「私このままジエンドってこと?」

「向こうに戻ったらすぐに時空の裂け目の調査を始めるよ。まあ最悪、つぐポーションでなんとかなるよ」

「人を回復アイテムみたいに言わないでよ……」

「まあ、万が一の話だよ。もちろんそうならないように僕が頑張って裂け目を探すからさ」

「とりあえず桃璃さんもピンチを脱したことだし、一旦向こうの世界へ帰りましょうか」

「あ! 今ってちょうどお昼くらいでしょ? 向こうへ戻ったら一旦学校へ帰って屋上でランチしようよ。僕、お腹減っちゃったんだ」

「ちょっとネロア? 裂け目の調査はどうすんのよ? 私死にたくないんだけど」

「腹ごしらえが済んだらすぐに行くからさ」

「のんきねえ。ま、いいけど。魔力が回復したら私もなんだかお腹減ってきたしさ」

「ふふ。じゃあ行きましょうか」


 つぐと聖さんが時空の裂け目に消える。

 二人がいなくなった途端、あたりから音が消える。

 戦闘が終わり闘いの音が退くと、ここ黄昏の世界は本当に静かだ。


「静かだよね。この世界は」

「私も同じこと思ってた。さて、と。じゃ、先に行くね」


 私が時空の裂け目に手を伸ばそうとすると。


「律火」

「うん?」


 ふいにネロアに呼び止められ、裂け目に伸ばした手を止める。

 ネロアへ振り返ると夕焼けのように赤い瞳と目が合う。


「律火はさ、魔法使いになったこと、後悔してる?」

「なによ急に。別に後悔なんてしてないけど。というか魔法使いにならなかったら私は今も死んでるわけでしょ?」

「まあね」

「だったら後悔なんてあるわけないでしょ。ま、降魔と戦い続けるのは面倒だけどさ。……じゃ、行くから」

「律火」


 裂け目に入ろうとすると、ネロアに再び呼び止められた。

 赤い瞳と再び視線が合う。そこにいたネロアはいつになく神妙な顔つきで、


「今を楽しんでおいたほうがいいよ」



「変だ」


 卵焼きをむしゃむしゃしながら、私の顔の真ん前でつぶいた失礼なネロアに対して私は、


「近いよ。あと行儀悪いから食べながらしゃべらないで。……で、変ってなんの話?」

「むしゃむしゃむしゃむしゃ……」

「ちょっとネロア? 無視しないでよ」

「むしゃむしゃむしゃむしゃ……」


 目玉の降魔との闘いから一夜明けた。

 今は昼休み。すがすがしい青空の下、学校の屋上でランチタイム。隣にはお弁当箱を広げたつぐと聖さんも座っている。

 口をもごもごさせてなにもしゃべらないネロアを放置して、私は弁当箱のご飯を箸でつまみ、自らの口へ運んだ。もちもちしたお米の、ほのかな甘みが口の中いっぱいに広がる。幸せを感じる瞬間である。やっぱりお昼休みが学校で一番楽しい時間だよなあ。


「ねえつぐ、ネロアが無口だからなんか話して」

「なにその無茶ぶりは。じゃあ政治の話でもする?」

「政治と野球と宗教の話はケンカになるからしちゃダメっておばあちゃんが言ってたよ」

「注文多いんだから。……そういや、今日英語のノートの提出日だけど、ちゃんと取ってる?」

「もちろん取ってません。ノートを取るのは時間の無駄です。限りある人生をもっと有効利用しましょう」

「内申下がっても知らないよ?」

「後で写させてください」


 私とつぐのやり取りに、聖さんが笑いを漏らす。


「ふふ。なあに、桃璃さんってそういう人なの?」

「律火は基本提出物とか全然出さないし、授業中も寝てるかスマホいじってるかしかしてないんだよ」

「あらぁ、意外ね」

「ワルだよ。フリョーなんだよ。危ないから近づいたらダメだよ聖ちゃん」

「騒ぎもせず席で大人しくしてるなんて優等生でしょ?」

「などと意味不明な供述を繰り返しており……」

「ふふ」

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