第13話 光の魔弾


 立っているのも辛くなり、屋上の床に身を屈めていると、指先がかすかに震え出す。呼吸困難のように息が苦しくなり、ゼエゼエと息が乱れる。空を飛ぶのに魔力を使ったのがマズかったかも……。


「律火! 大丈夫!?」


 倒れ込みそうな私の元へ駆けつけたつぐが、私の体を抱き止める。


「……もう魔力がほとんど残ってない。ここまでかもね」


 私は力無くつぐに告げた。


「なに言ってるのよ。こんなところで諦めてどうするの。律火は生きるためにここへやってきたんだしょう?」

「そうよ桃璃さん。きっとまだ道は残されているはず。そうでしょネロア?」

「……魔力を奪うにはあの降魔を捕まえる必要がある。だけど、オレンジボールはあの逃げ足の早さ。まともにやっても厳しいだろう。かと言ってつぐや聖の魔法は接近しなきゃ効果がないし、それもやはり難しい」


 改めて現状を確認してみると、あの降魔を捕まえられそうな要素がない。やはり打つ手はないのか……。

 私が落胆しているとネロアの夕焼け色の瞳がきらりと光った。


「そこでだ! ここはやっぱり律火の魔法に賭けてみるべきだと思う」

「でもネロア。私の魔法も相手に触れなきゃ使えないでしょ。それだったらつぐや聖さんと変わらないじゃない」


 私の言葉にネロアは首を左右に振る。


「ううん。そうじゃないんだ。それは律火の本来の魔法じゃないんだよ」

「……どういうこと? 相手の魔力を奪うのが私の魔法じゃないの?」

「魔力を奪う能力は律火だけに発現した、いわば特殊能力みたいなものなんだ。律火の本来の魔法は別にある」

「……それはどんな魔法なの?」

「知ってるはずだよ。魔法使いは覚醒した瞬間、自分の魔法を理解する」


 ネロアの言うことは一見めちゃくちゃだ。なのに私にはその言葉の意味が分かった。感じるのだ。自分の中に力を。


「その顔はわかってるって顔だね」

「まあね」


 私が即答するとネロアはコクリとうなずき、


「さあ見せて。律火の魔法を」

「待ってネロア!」


 つぐが急に割って入る。


「律火はもうほとんど魔力が残ってないんだよ? こんな状態で魔法を使ったら……」

「リスクは承知の上だよ。それにこのまま手をこまねいていても、やがて律火の魔力は尽きる。だったら一刻も早く攻めるべきだ。チャンスが訪れるまでただ待ってるだけ、なんて悠長な選択肢は、僕らには無いんだ」

「でも……」

「大丈夫よ、つぐ」


 つぐに支えられていた私は自らの足で立ち上がると、


「ネロアの言うことは最もだと思う。今は一秒ですら惜しい。それに私自身、なんだかうまくいきそうな気がするの。私に任せて。それに……」


 私は自らの鼻をとんとんとタップして、


「痛かったでしょ、さっき」

「律火……。……うん、痛かったよ」

「じゃ、いじめられた鼻のお返しをしないとね」

「……ふふ。ねえ、見せてよ。律火の魔法を」


 私は表情を綻ばせたつぐへうなづく。

 自分の中にたしかに存在する力。目には見えないけれど感じ取ることのできる不思議な感覚。私は全身の魔力を集中させた。そうすることで魔法が使えることを私は知っていた。誰に教わったわけでもないのに、手に取るようにわかる。


 残り少ない全身の魔力が、次第に右手へ集まり出す。手のひらを上に向けると、その上に徐々に光が集まっていき、それは次第に膨らんでいく。ソフトボール大にまで膨れ上がった白く光り輝く球体が、私の手のひらの上に浮いていた。


「これは……。ものすごく密度の高い魔力の塊だ!」


 現れた光の玉を見たネロアが、興奮して玉の周りを飛び回る。


「これが……私の魔法」

「この形状、この輝き……。よし! 光の魔弾(まだん)と名付けよう。ピッタリなネーミングだ」


 ネロアは私の魔法に妙な名前をつけると、一人で勝手に納得している。

 まあそれはいいんだけど、この魔法を出した途端。


「なんか、一段としんどくなったんだけど……」

「魔力を放出したからね。しかもその魔弾、サイズの割に魔力量が多い。たぶん相当な攻撃力を持ってるはずだよ。しかもその形状から言って、おそらくは飛び道具。そうでしょう?」

「みたいね」

「やっぱりね! いいぞ! 流れが向いてきた」


 初めて使う魔法のはずなのに、不思議と使い方がわかる。それも手に取るように。この魔法は飛び道具。しかも放てばかなりの高速で飛んでいくはず。これを使えば逃げ足の速いあの降魔にも対抗できるかもしれない。


「よし、律火はここに残って魔法で降魔の動きを止めてほしい。その隙を突いてつぐと聖が降魔を捕まえるんだ」

「うっかり私に当てないでよ、律火」

「わかってるって。魔力の残量的にこの一発で限界だから絶対捕まえてよ?」

「任せときなさいって。行こ、聖ちゃん」

「ええ」


 私とネロアを残して上空へ飛び立った二人は、途中で二手に分かれると、目玉の降魔を前後から挟撃する。

 二人の少女に気づいた降魔が、


「ナニヨッ!」


 実に迷惑そうにプンプンしながら、二人の少女を巨大な目玉で睨みつける降魔。


「あらあら。ずいぶんご機嫌斜めね」

「怒りたいのはこっちの方だよ。さっきの突進痛かったんだからね! タダじゃ済まさないんだから!」


 つぐの剣幕に降魔が怯えたようにビクッと体を震わす。


「行くよ! 聖ちゃん!」

「ええ!」


 高速で宙を舞うつぐたちが、目玉の前後から同時に距離を詰める。


「ひ!? ひぃぃーーーーー!」


 迫り来る少女たちに、前を見て後ろを見て目玉がわたわた。


「……はっ!」


 降魔はなにかに気づいたのか、キッと顔に力を込めると、つぐめがけて突進する。さっきのようにつぐを吹っ飛ばす気か。


「pipipipipipipiーーー!」


 気迫に満ちた降魔が、つぐに高速接近して一気に間合いを殺す。体格差、魔力差から言って、つぐにあれを受け止めるのは無理だ。なのにつぐは動きを止めない。望むところと言わんばかりに、お構いなしに降魔へ飛びかかる。

 つぐの全身を包む魔力が急激に膨れ上がり、ほとばしる魔力が腕へ集まっていく。

 魔力は一瞬のうちに変形し、つぐの手に巨大な鎌が現れる。つぐの全身をはるかに超える、あまりにも大きすぎる鎌。


「あれは……!」

「そう。あれがつぐの魔法『冥府の鎌』だ」

「なんか怖い名前ね」

「かっこいいよ。僕が考えたんだけど」


 私の隣で冷静に解説するネロア。

 大鎌を見た瞬間、目玉が急ブレーキをかけ、方向を180度転換する。


「ひいいいい!」


 大慌てでつぐの前から逃げ出した降魔だったが、反対から迫る聖さんを見た途端、顔を邪悪に歪ませる。


「ヒヒヒヒッ!」


 一段とスピードを高めた降魔が、聖さんめがけて獰猛に突進する。


「ま、まずい、突撃するつもりだ! 聖の魔力じゃ、あの攻撃には耐えられない!」

「ちょ、どうすんのよ!?」

「律火、魔弾を撃つんだ!」

「ええ!?」

「早く!」

「わ、わかった!」


 ネロアに急かされる中、光の魔弾の乗っかった手のひらを焦りながら降魔へ向ける。上空で高速移動する降魔。その移動速度を計算に入れた上で、降魔めがけて魔弾を放つ。


「はっ!」


 初めて撃った魔弾は、私の想像通りに正確な軌道を描く。――当たる!


「ヌ!?」


 魔弾がぶつかる直前、視線を下に向けた降魔が、魔弾を視認して急停止した。


「えっ」


 聖さんと降魔の間の誰もいない空間を、光の魔弾が虚しく通過していく。


「嘘でしょ!?」


 外した……。間一髪、ギリギリのところで私の魔法はかわされた。本当に勘のいい降魔。忌々しいくらいに。


「ど、どうしようネロア! かわされた!」

「な、なんとかもう一発撃てないの?」

「無理よ! もう魔力が残ってない!」

「クククッ!」


 魔弾をかわした降魔が、馬鹿にするような瞳で私たちを見下ろし、得意げに笑う。


「ム、ムカツク顔ね……」

「完全に僕らのこと馬鹿にしてるよ」

「あれ? ねえネロア、聖さんは?」


 降魔の前にいたはずの、聖さんの姿が見当たらない。


「な、なに!? あの娘、どこへ消えた!」


 さっきまで目の前にいたはずの少女を見失い、驚愕した巨大な目玉か四方をぎょろつく。

 そんな降魔の頭に、黒髪の少女のしなやかな手が触れた。


「隙だらけ」


 降魔に触れた聖さんが口元に柔らかな笑みを浮かべる。


「やった!」


 それを見たつぐが歓喜の声を漏らし、両腕にぐっと力を入れる。


「じゃあね」


 一言残し、すぐに降魔から離れゆく聖さん。


「よし! いいぞ聖!」


 よくわからないけどネロアもつぐ同様喜ぶ。


「なに? なにをしたの?」

「すぐにわかるよ」


 降魔の体表から生える短い突起の一つに、突如、黒いリストバンドのようなものが現れる。聖さんの手首にも全く同じデザインのリストバンドがいつの間にか巻き付いている。両者のリストバンドを一本の長い鎖が結んでいる。


「鎖……?」

「そう。あれが聖の魔法だ」

「pipipi……。な、なにぃ……? なんなのおぉ……? 嫌ぁぁ……」


 自身につながれた銀に輝く鎖を見つめた降魔が、弱々しくうめきながら、その場を逃げ出そうともがく。しかし鎖がピンと張り、その体はすぐに停止する。


「うっ……!?」


 降魔が恐る恐る背後へ振り返る。視線の先には鎖をぐっと握り込んで、微笑を浮かべる聖さんの姿。


「さあ! もう逃がさないわよ!」

「ひ、ひーーーーーーーー!」


 聖さんが鎖を思い切り引く。

 逃げ出そうとバタバタ足掻く降魔の体が、ぐんっと勢いよく引き戻される。


「piーーーーーーーーーーーーーーー!」


 聖さんが自身を中心に、鎖をグルグルと回転させる。鎖につながれた降魔の体が、聖さんの周囲を回転し、その速度が次第に加速していく。


「さあぁ! いってらっしゃい!」


 回転速度がマックスに達したところで、聖さんが降魔を私へ投げ放つ。目を回したオレンジボールがこちらへ飛んできた。


「ぐ、ぐああああああああぁぁ……!」

「来たよ! 捕まえるんだ律火!」


 目を回した巨大なオレンジを校舎の屋上に立つ私がキャッチすると同時、降魔につながれていた鎖が消える。


「いらっしゃいませ-!」


 私はオレンジの突起を両手で握り込むと、降魔の魔力を一気に奪い取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る