第10話 残された時間
「なんの話?」
「あのね「おーい!」
つぐの言葉を遮るように、聞き覚えのあるのんきな声が上空から響く。
空からふわりと降りてきた白猫が、私たちの視線の高さで止まる。つぐが意外そうな顔をしながら、
「ネロア! どうしたの? 今日はずいぶん早いんだね」
「朝のパトロールが一区切りついたから、ここで休もうかなって。そしたら、たまたま二人の姿が見えたから急いで飛んできたんだ」
先端だけが黒いしっぽをうねうねと動かしながら、不思議そうな顔で私とつぐを交互に見つめるネロア。夕焼け色の大きな瞳がパチパチと瞬きする。
「二人はこんなところでなにしてるわけ? お昼までは、まだだいぶあるよ。あ! もしかして早弁ってやつだったりして? 僕も混ぜてよ。ちょうどお腹減ってたんだ」
「そんなんじゃないよ。律火が大変なの」
「なにかあったの?」
「……律火の魔力を見てみて」
つぐは声のトーンを落とし、なんだか深刻そうな感じで言った。
「魔力を?」
「うん」
つぐの言うことの意図がつかめてなさそうな様子のネロアだったが、私を見た途端、なぜか表情を強張らせた。
「えっ」
「気づいた?」
「うん」
どことなく深刻そうな様子の二人に、なんだかこっちまで緊張してくる。私は耐えきれず二人に問いただした。
「なによ二人して内緒話? 私、どうかなってるわけ?」
「朝はどうだったの?」
ネロアは私を無視していつもより少しだけ早口でつぐに問いかける。
まるで私のことなんて眼中にないみたいなその素振りに、ちょっとだけムッときたけど、切迫した二人の様子に、それ以上の追求をためらった。
「朝はもう少しマシだった」
「そうか……。もしかしたら甦った後遺症みたいなものなのかも」
「私もそう思う」
私を置いてけぼりに、なにかを納得しあう二人。
「ねえ、なんの話? 私にもわかるように話してよ」
「ああ、ごめんごめん。えっとね律火、君は昨日、一度死んだでしょ?」
「らしいね」
「その時つぐの魔力を奪って復活したんだけど覚えてる?」
「んー……あんまり」
目覚める前後のことは、はっきりとは覚えてないんだよな。思い出せることと言ったら、体が異様に重かったことくらいかな。まるで自分の体じゃないみたいだった。
「まあ無理もないよ。えっとね、律火は昨日、つぐの魔力の大半を奪い取ることで死から復活したんだ。……で、問題はここから」
ネロアは一呼吸置くと、暗みのあるオレンジの瞳でまっすぐこちらを見つめながら、
「律火。君の魔力が底を突こうとしている」
「どういう意味?」
「見てもらったほうが早いかな。律火、つぐの魔力を見てみて」
「魔力を見る? ……ってどうやって?」
「よーく目を凝らせば見えるよ。感じ取るって言ったほうが近いかな」
「感じ取る……」
私はじっとつぐを見つめ、意識を集中させる。……こんなことで本当に見えるの? なんて疑っていると、つぐの小柄な体の周囲を、薄ぼんやりとした光が包んでいるのが見えてくる。
「なんか光ってる」
「そのまま続けて」
言われるまま意識を集中させ続けると、輝きが徐々に強くなっていく。ほとばしるオーラのようなものが彼女の全身から宙へ上っていくのがハッキリとわかった。
「強い光が見える」
「そう。それがつぐの魔力だ。ただしあれで本来の半分くらい」
あんなすごい魔力なのに、あれで半分……。
つぐの全身は溢れんばかりの膨大な魔力に包まれ、まばゆく輝いていた。
「昨日律火に、ほぼすっからかんになるまで吸われてるからね。一日経って半分くらいまで回復したようだけど」
「それはわかったけど、それのなにが問題なの?」
「問題は君の方だ。律火、自分の魔力を見てみて」
「私の?」
ネロアに言われて自分自身の体に視線を落とす。
すぐに私の体を包んでいる魔力が見えた。でも……。
「つぐよりもだいぶ少ないみたいだけど」
「そう。そこなんだよ。今のつぐは全力の半分程度の魔力しかない。そして律火はそんなつぐのさらに半分くらいの魔力しか残っていない。昨日全快のつぐから魔力を奪ったのに、だ。この意味わかる?」
「私の魔力が減ってるってこと?」
「その通り」
「でもそれのなにが問題なの?」
「いいかい律火。魔法使いの魔力は、本来であれば時間が経てば自然回復していくものなんだ。だからつぐは昨日大半の魔力を失ったのに今はあそこまで回復してる」
「みたいね」
「ところが君の場合はその逆が起こっている。つまり律火は時間が経つほどに魔力を失ってるってことだ」
「ふうん」
「……律火。これは僕の仮説なんだけど、今の律火は魔力で命をつないでいる状態なんだ。だから魔力が空になれば、キミは今度こそ本当に命を落とす」
そんな衝撃的なことを告げられ、私はなにも言えなくなった。
「律火は昨日手に入れた魔力の大半をすでに失っている。このままだと、あと数時間ほどで君は死ぬ」
たしかにそれなら時間が経つほどに体調が悪化していくことの説明がつく。
だけどその仮説が正しければ私の寿命はもうほとんど残っていないことになる。
あと数時間ですって……。たったの?
「でもそれはあくまでネロアの仮説でしょ? 本当に死ぬかなんてわからないじゃない」
「そうだよ。でも確かめるすべはない。もし僕の予想が正しかったら魔力がゼロになった瞬間、君は本当に命を落とすんだ。そんな危険なこと、確認できないでしょう?」
「……」
せっかく助かったってのに、なんなのこのぬか喜び。
「このまま死ぬのは嫌でしょ?」
「当たり前でしょ!」
無神経なネロアの言い方にカチンときた私は、棘のある言い方で返答した。
「今、律火が抱える問題は魔力が減っていくことだ」
「それはわかってる」
「ということは逆に言えば、魔力を補えば問題が解決するってことでもある」
「補う?」
補うってなに? ……あ、そうか!
「わかった! もう一度つぐから魔力をもらえばいいんだ!」
「それは無理だよ。今の君は奪った魔力の大半をすでに消化し終えている。それに対し、つぐの魔力は全快時の半分程度。つまりつぐの魔力回復スピードよりも律火の魔力が失われるスピードのほうが明らかに早いんだ。このままじゃすぐに回復が追いつかなくなる」
「じゃあ、聖さんにも手伝ってもらうのは?」
「聖の魔力は全快時のつぐの一割程度。つまりつぐと聖の二人合わせても君の消耗スピードに追い付かない」
「だったらどうすればいいのよっ!」
苛立ちを抑えきれなくなった私の声が、屋上に響く。誰もが黙り込んでいると、吹き抜ける風が、まるで私たちを落ち着かせるかのように穏やかに撫でて、どこかへ去っていく。再び静寂が戻ってくると、ネロアが、
「降魔と戦うんだ」
「戦えですって? あんな怪物と? 私が?」
「そう。つぐたちの魔力だけでは足りない。だったら降魔から奪うしかないでしょ?」
「冗談じゃない! こっちはアレに殺されたのよ! また死にに行けって言うの?」
「生きるために戦うんだよ。それに今の律火には魔法使いの力がある。普通の人間とは違うんだ。降魔にだってきっと負けないはずだよ」
「ずいぶん簡単に言ってくれるのね。仮にそれがうまくいったとしてその後はどうするの? 私の魔力は減り続けるんでしょ? ……まさか死ぬまで戦い続けろって言うんじゃないでしょうね」
「君はもう死んでるよ。……ちょうどさっき時空の裂け目を見つけたんだ。行こう」
ネロアから視線を外した私は、遠くの空へ深いため息を漏らした。
「急ごう。君には時間がない」
「わかってる! あーあ、こんなことならあんな穴に関わるんじゃなかった」
「昨日、路地裏にあった時空の裂け目のことを言ってるの?」
「ええ」
「……しかたないさ。起こってしまったことはどうしようもない」
「じゃあ聖ちゃんも呼んで、みんなで行こう」
◇
聖さんと合流した私たちは学校近くの雑木林を歩いていた。
「こんな場所に裂け目があるの? というかよく見つけられたね」
宙を飛びながら先頭を案内するネロアの背中へ、感心しながら言葉を投げかけるつぐ。
「時空の裂け目はいつどこに現れるかわからない。まさかと思うような場所で見つかることも案外多いんだ。こう見えて僕は結構働いてるんだよ」
「あら、お昼ご飯をたかりに来るのが仕事だと思ってたわ」
「辛辣だなあ、聖は」
その言葉がショックだったのか、ネロアはガクリと肩を落とし、先端の黒い尻尾を力無く垂れ下げる。
「ふふ。冗談よ、ごめんなさいね。今日は卵焼きもあるから降魔を倒したら一緒に食べましょ」
聖さんに頭を撫でられたネロアが明るい顔で振り返り、
「本当!?」
「ええ」
「じゃあさっさと終わらせちゃおう! 急ぐよ、みんな!」
「あ、ちょっとネロア!」
急にスピードを上げたネロアが、つぐの呼びかけも無視して雑木林の奥へ消えていく。
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