伝説を描く絵師

 暗黒の軍勢との決戦後、勇者パーティーの呼び名は数多かった。光の化身。神々の代理。偉大なる者達。十星。救世主。光を齎した者。


 暗黒の軍勢にとって、そのどれもが笑止千万。あまりにも分かりやすい言葉を脚色しすぎていると困惑するだろう。


 勇者パーティーとは。


 破壊者なのだ。


 ◆


「はあ……ほんっと面倒!」


 9種族の中で最も高貴であると言って憚らない吸血鬼の軍勢を前に、絵師トゥーラが心底面倒だと吐き捨てる。


 だが吸血鬼はそんな扱いをしていい存在ではない。彼らは太陽を克服するための術が必要とはいえ、不老不死に限りなく近い肉体、非常に高い魔法適性、異常な膂力、様々な特殊能力等々を備えている、紛れもない戦闘種族なのだ。


「とっとと終わらせるわよ!」


 吸血鬼という戦闘種族をトゥーラが直接どうこうする手段はないのに、彼女にはこの戦いがすぐに終わるという確信があった。


 話は逸れるが、暗黒の軍勢に勇者パーティーの中で最も相性が悪い存在は誰かと問いかけられると少々意見が分かれるだろう。単純な戦闘力では勇者と剣聖は肩を並べていたし、聖女の光消滅魔法、魔女の火力、モンクの後の先、暗黒騎士の呪詛、竜騎士の技量、ビーストマスターの速度、狩人の手数などなど、それぞれの得意分野が強すぎるのだ。


 一方、ゴブリンやオークなど暗黒の尖兵に尋ねると、魔女の火力や狩人の手数を恐れる者もいるが、特に挙げられる存在がいるとすれば……。


 そんな勇者パーティーの得意分野で、暗黒の軍勢は相性の悪さを突かれたこともあり敗北したが、吸血鬼にも太陽の日や聖なる力という弱点があった。


 だが、トゥーラが選んだのは太陽の如き火力でも光の力でもなく、数そのものに対する天敵であった。


「さあやるわよ!」


 絵師トゥーラ。その能力は当然と言うべきか、描いた者を現実世界に呼び出して戦わせるというものだ。そして滅びの塔で最初に勇者パーティーを迎え撃った彼女は、この世に存在する、あるいはかつて存在した怪物達を描いて対抗し……敗れた。


 だが今回、描いて呼び出すのは怪物達ではない。


 トゥーラが掲げたキャンバスに描かれた者。


 茶色の毛皮のマントを頭からスッポリ被り、その下で僅かに見える顔は奇妙な紋様が描かれた仮面で、素顔を窺い知ることはできない。


 手には動物の骨や鳥の羽、貝殻や琥珀など様々な物が巻き付けられた杖。


 絵から性別は分からないが、大柄な中年男性である。人間の。


 その名を。


 かつての勇者パーティー所属。世の理の申し子。


「シャーマン!」


 トゥーラの宣言と共にキャンバスが消失して現れた者こそが、伝説のシャーマン、オクーム・クルームであった。


『山よ!』


「え?」


 シャーマンの声と、ぽかんとする吸血鬼の声。


 万を超える吸血鬼達のど真ん中に


 言葉通りだ。吸血鬼の多くが落下した山に潰されて原型を留めることなく、薄い肉に変貌してしまった。


『氷山よ!』


「え?」


 再び似たようなことが繰り返される。


 数えきれない氷柱がびっしりと生えた氷の山が、別の地点に落下して吸血鬼を串刺しにしながら圧し潰す。


『大地よ!』


 次は隆起した大地が重なり合い、まるで羽虫を手で叩くかのように吸血鬼を叩き潰す。


『雷よ!』


 そしてシャーマンの十八番が行使された。


 ドリューを祖とするドラゴン達を打ち落とすどころか、大魔王テネラの皮膚すら焦がした自然魔術の結晶。


 天へ伸びる光の柱と見間違えてしまうほど、巨大な巨大な雷が吸血鬼の生き残りを飲み込んだ。


 光りの雷が消え去ると……そこにはなにもなかった。


 一人で軍を殲滅する異常。圧倒的質量攻撃とそれを凌ぐ雷の化身。


 これこそが勇者パーティー、伝説のシャーマン。その真髄は超広範囲殲滅魔法であった。


「ちっ。見た目は同じでもやっぱ中身がスカスカ」


 だがトゥーラにとって絵画から抜け出したシャーマンはオリジナルに遠く及ばないものだ。それは思い出や自分が敗れたことによる補正ではない。事実として自然魔法で生み出した山や氷山、雷は見た目こそかつてと同じ規模であったが、その密度でオリジナルに遠く及んでいなかった。


「ま、描きたいもの描いてるんだからそのうち上達するでしょ」


 トゥーラは肩を竦める。


 神の末席にいたトゥーラは、最上位の神々を称える絵ばかりを描かされることに嫌気がさして、テネラの場所に転がり込んできた、ある意味リブリートと同じ存在である。


 それゆえに、神々の愚かさどころかテネラの馬鹿げた行動を描いても、誰も咎めない暗黒の軍勢は理想の場所だったし、なにより神々から匿ってもらった恩を感じていた。


「そんじゃ終了っと」


 行き着くところまで至れば、ひょっとすればテネラやナルヴァスをも超えかねない女は、自分の趣味に没頭するため元居た画廊に戻るのであった。



 ◆


 -ふんっ。やるじゃない。次があればあんたらを描いてやるわよ。言っておくけど私に描いてもらうなんて、神話の頃から最高の名誉なんだから、ありがたく受け取ることね。上にいる馬鹿連中と大馬鹿テネラに勝てたらの話だけど-


 絵師トゥーラが消え去る前の言葉




 -発展途上らしくて助かったよ。もし完全にコピーした暗黒の軍勢全員と、私ら全員を描かれていたら間違いなく負けていただろうさ-


 伝説の魔女ルル

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