乙女達
9種族のドラゴン族は、人間世界で生まれた最初のドラゴン、ドリューを祖とする者達に比べて雲泥の差がある。
確かに外見は似ている。爬虫類のような瞳に鱗、翼、強靭な四肢、炎のブレス。類似点は多い。しかし、違うところがあるとすればまず数だろう。
ドリューを祖とする暗黒のドラゴン達は、百体にも満たない数しか存在せず非常に希少だった。だからこそ、竜騎士がかつて竜を殺したことがあると言った時、それを小耳に挟んだテネラは直ぐに確認することができてほらだと断言したのだ。
一方9種族のドラゴンも他の種族に比べると数は少ないものの、それでも八千ほどの軍勢が空を舞い人間の領域へ侵攻していた。
だが最も大きく違う点があるとするなら。
9種族のドラゴンをトカゲに貶める、暗黒のドラゴンの強さだ。
「ギャアアアアアア!?」
『グオオオオオオオオオオオ!』
絵にすればそれほど相違ない両者が激突するが、直接見た者にどちらが恐ろしいかと問うと、全ての者が暗黒のドラゴンを指さすだろう。それは怯えた絶叫を上げるトカゲに聞いてすら同じ結果が返ってくるはずだ。
発する魔力に天地の差がある。トカゲが水滴ならドラゴンは大瀑布のような力の波動。
トカゲ達が蝋燭のような炎を灯すのに比べると……。
ドラゴンは空を焼き焦がすような獄炎で焼き尽くす。天地がひっくり返る雷を放ちトカゲが地に堕ちる。山々が浮き上がるとトカゲが圧し潰される、天へ聳える風の柱がトカゲを切り刻む。永久に溶けない氷がトカゲを閉じ込める。
限りなく権能に近い魔法攻撃こそがドラゴンの真骨頂であり、たかが小さき炎を灯すトカゲではとても太刀打ちできない存在なのだ。
しかし、この場にいるのはドラゴンとトカゲだけではない。
「フォーメーションA!」
「それ剣聖に破られたじゃん」
「そんじゃフォーメーションB!」
「B? 狩人の矢でハリネズミプランのこと?」
「ああもう! あの頭おかしい連中に破られただけでしょ!」
「狩人を一瞬だけ止められる攻撃を今更思いついたのよね」
「あ、私も私も。借金どうにかしろって言ってたら、多分ちょっとだけ動きが止まった筈!」
「話を聞け! それじゃあ個々にバラバラ攻撃!」
「りょうかーい!」
「つまりいつもの」
「いっきまーす!」
喧しく空を舞う可憐な花、大魔王の軍勢でも少々立ち位置が特殊な見目麗しい乙女達が、輝く鎧、兜を身に纏い、盾、剣、槍、弓など様々な武具を手にして、トカゲ達に襲い掛かった。
乙女達に対し、猿如きが空を飛ぶか! そうトカゲ達が思ったかは定かでない。確かに乙女達の外見は、トカゲ達にとって餌でしかない人間と同じものだ。
それもそうだろう。神々の姿を模した模造物として作られた人間達。その最初期モデルこそが乙女達であり、言うなれば最初の人間なのだ。姿が人間なのは至極当然。
ただし……最初期モデルということもあって勝手が分からなかった神々はやりすぎた。
「「「「「「「「権能解放!」」」」」」」」
乙女達の声と共にその力が解き放たれた。
ある乙女は極僅かな現実改変権能を。
ある乙女は極僅かな運命操作権能を。
ある乙女は極僅かな物質消去権能を。
ある乙女は極僅かな認識改変権能を。
ある乙女は……。
ある乙女は……。
ある乙女は……。
そう、神々は碌な調整をせず乙女達を生み出したせいで、その神の権能と呼ばれる力が乙女達に流れ込んだのだ。
勿論神々は、僅かとは言え自らの力を所持してしまった乙女達を危険視して、最初期の失敗作として処分しようとしたが、それをテネラの妻の一人であるルーシーが防いだことで、以降彼女達はルーシーを母と慕うようになる。
しかし乙女達は、言動から察せられる通り神々に対してくたばれという感情こそ抱いていたが、基本的に楽しければ良しの感性の持ち主である。そのため、暗黒の軍勢に加わって人間達と敵対した理由を聞いても、それぞれの乙女達があやふやな理由を返してくるだけだろう。
話を戻そう。
とにかく、この場にいるのはただの人間ではない。
自らの姿を似せた模造品を作るつもりだった神々が、調整を間違えて生み出したしまった劣化コピー。神々の亜種とも呼ぶべき存在こそが乙女達なのだ。
「消えろ!」
「ばいばーい!」
「抹消ー!」
「現実改変。お前はいなくなる」
「あ、君の認識間違ってるよ。もう死んでるじゃん」
かつての神々のほんの僅かな権能が行使された。
肉体という物質を消去されるトカゲ。現実から追放されるトカゲ。生きているという認識を弄られ、お前は生命活動が停止していると押し付けられたトカゲ。死という運命を叩きつけられたトカゲ。
その他様々な力によってトカゲ達が死に絶える。消え去る。いなくなる。空の支配者だと思い込んでいた者が地にバタバタと堕ちていく。
「いやあ、剣聖、狩人、ビーストマスターがいないとこんなに楽なんだねえ」
「二度と会いたくない。絶対に。ぜーったいに」
「権能使う暇ないとか……」
「速すぎい!」
「いやあ、勇者パーティーは強敵でしたね」
「強敵過ぎて負けっちゃったんですがそれは」
そんな乙女達がうざんりした者こそ、勇者パーティの剣聖、狩人、ビーストマスターである。彼らがどう考えても発動すればただでは済まない、権能の嵐に対抗するために導き出した答えは至極単純。発動させる暇なく攻め立てた。
剣聖は乙女達が待ち構えていた場所全てを間合いに収めていたし、ビーストマスターも最速騎士の出鱈目な権能にこそ及ばないが、乙女達の反応速度を超えた機動ができた。
そして狩人。その矢はビーストマスターの速度にこそ一歩劣るものの、恐るべきは人智を超えて権能に足を踏み入れていた手数。分裂魔法込みとはいえ、常人が一矢を放つ間に百の矢を叩き込んだ人外の業は、乙女達が権能を発動する隙を与えず、結局彼女達は手にした武具で戦う羽目になり、勇者パーティーに敗れた。
「よーしどんどん行ってみようー!」
「おー!」
「じゃあ私は休憩してるんで」
「休憩しとる場合かー!」
「突撃ー!」
またしても喧しく突撃する乙女達。彼女達を退けた者達が既にいない以上、トカゲ達の命運は尽きた。
◆
-ちょっとは手加減しろー-
-そうだそうだー!-
-どんな裏技使ってるの! 言え! いや、教えてください!-
-ぐえええええ!?-
勇者パーティーと戦う乙女達
-まあ気が削がれた。それしか言うことがないくらいに-
伝説の狩人サイモン
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