空を覆うモノ

 巨人族はこの世界において恐怖の代名詞だ。髭もじゃの頭部、どこもかしこも太い四肢と異様な膂力。魔法攻撃への耐性。磨き抜かれた武具の数々。


 なによりその巨躯。個体によって十メートルから三十メートルまで幅広いものの、十メートルの個体ですら強靭な腕で得物を振り下ろすと、クレーターが出来上がってしまう。


 ましてや三十メートルもの個体となれば動く要塞のようなものであり、地を這う者達は巨人族が行進するだけで壊滅してしまうだろう。


 そんな巨人が万を超えているのだから、人間達どころか他の種族ですら恐怖を感じる筈だ。


 だがそれはあくまで、地上において彼らより大きな存在がいない前提の話である。


「お、お、お、お!?」


『オオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 同じ音の声だが意味は全く違う。


 巨人族の怯える声であり、もう片方は世界を揺らす轟きだ。


 巨人族がまるで小人。を超える真っ黒な人型としか形容できない、暗黒の軍勢の先兵であるジャイアント十体が、口だけの顔を天に向けて叫ぶ。


 それだけで大地が震える。天が震える。海が揺れる。世界が震える。


 巨人族の足が震える。手が震える。武器が震える。


 倍や十倍どころの話ではないジャイアントを前にして、巨人達は自らが小さな小動物であったと悟る。もしジャイアント達が足を踏み下ろすだけで、巨人族は滅びの時を迎えるだろう。


 だが暗黒のジャイアント達もまた敗者だった。これほどの存在でも勇者達を食い止めることすらできず、ゴブリンやオーク達共々蹴飛ばされてしまった過去を持つ。しかも、この場にいるジャイアント達はあくまで念のためこの場にいるに過ぎない。


「そもそも私が出る必要ないだろうに」


 四十歳代の女性、ドリューが顔を顰めながら面倒極まりないと呟く。彼女にしてみれば、態々巨人族に自分が出るのは完全なるオーバーキルであり、必要性を感じていなかった。


「まあいい。とっとと終わらせようかね」


 余談を挟む。


 ドラゴン族は狭間の変が起こる前の人間世界において恐怖の代名詞だった。


 トカゲのような頭部と巨躯、異常に発達した強靭な四肢に飛行能力を携えた翼。魔法攻撃に対するほぼ完全な耐性、鋭すぎる爪と牙。口から吐き出される岩をも溶かす炎や様々な魔法攻撃。


 まさに頂点種と呼ぶに相応しい存在であり、もし人間がドラゴンの討伐に成功すれば、伝説の人物として永遠に語られるだろう。しかし、極稀にドラゴンを討伐したというほらを吹く者はいても、実際に討伐できた存在など皆無だった。人間ではなく神が対処せざるを得ないのがドラゴンなのだ。


 それも……かつての話だ。頂点種故に数が少なかったドラゴンは、例外なく大魔王の軍勢に馳せ参じて、勇者達に敗れて絶滅してしまった。


 空の支配者であったドラゴンが空を舞うことはない。


 それも……かつての話だが。


 ドリューの体がボコりと隆起して、あっと言う間に彼女の体を全く別のものに作り替える。


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!』


 世界を揺るがすどころか破壊しかねない叫び。


 大きさがどうこうのスケールではない。巨人族の軍勢はその全て下。青空も雲も、空の全てと大地の間を遮断する緑の翼が広がる。


 爬虫類特有の無機質な瞳が、地を這う虫けら共を眺める。


 牙と爪が大気と世の理を切り裂く。


 緑の鱗が世の万象を拒絶する。


 世に再び現れる至高なる天。頂点種の頂点。空を覆いつくす者。神々が生み出した罪。


 地のフェンリル、海のセルパンスと同じ怪物の中の怪物。神々が世界を生み出したときに零れ落ちた灰汁の最後の一体。


 それこそが全てのドラゴンの祖。


 最初のドラゴン、ドリューだった。


 そしてキュインと耳障りな音が響き渡ると、ドリューの口に太陽が収束し始めたが、それを地にいる巨人族がどうにかする手段はない。


 ドリューの権能というべき力に対してもだ。


 魔法に対する完全耐性ではない。全身が緑鱗のドリューには、全身のあちこちに十の赤い鱗がある。それを寸分の狂いもなく同じ力で攻撃して、最後に額にある赤い鱗をこれまた全く同じ力で攻撃しなければ、ドリューは死なない。


 だがこの大地にいる限り不死身であるフェンリル、十の首を一秒以内に殺さなければ死なないセルパンスに匹敵する疑似的な不死の権能を攻略してしまった男がいた。


 勇者パーティーの竜騎士が。


 異常の一言だろう。


 ドリューはセルパンスと同時に勇者パーティーに襲い掛かったのに、勇者達は呼吸を合わせセルパンスを撃破してドリューを抑え込んだのだ。そして最後に竜騎士が人間業ではない技量を発揮して、完全なる同威力の攻撃をドリューの赤い鱗に叩き込み、最後はその額の核を貫いたことで勝利した。


 その瞬間、竜を倒したことがあるとほらを吹いていた自称竜滅騎士の男は、単なるドラゴンどころかその頂点に位置する存在を殺したことで、真の竜滅騎士となった。


 勿論この場にそんな男はいない。


『カッ!』


 ドリューの口から、かつて勇者にこれでもかと邪魔されて、ついぞ放たれなかった太陽が今度こそ迸った。


「!?」


 そして巨人達からは悲鳴が迸らなかった。


 天から着弾した太陽は一瞬でドーム状の光と化し、巨人達に痛みを与える暇すらなく消滅させてしまった。


 これだけだ。これだけで万を超える巨人達の軍勢はこの世から消え去った。ドリューは勝利した。


 勝負にすらならない。過去の戦いと比べることもできない。


 圧倒的質量と力を誇るフェンリルとセルパンスですら及ばない怪物の中の怪物。


『ふん。さっきのは魔女の最大火力に劣ってるのにこの程度とはね』


 それがドラゴンの祖、ドリューであり……。


 そんなものに打ち勝った者達こそが勇者パーティーであった。






 ◆


 -お前達も神の操り人形なのか、それとも廃棄物なのか危険物なのか。いや、そんなこと知ったことじゃないと神すら超えてみせるのか。見せてみな。廃棄物の私に、神の模倣物のあんたらがね-


 空の怪物ドリューが敗れる前の言葉



 -お、なんだなんだ! 俺の武勇伝が聞きたいって? 失われた黄金都市を見つけた時の話か? それとも海底に沈んだ文明を見つけた時の話か? それともそれとも、うん? ドラゴンを討伐した時の話? 悪いけど……それは酒を飲みながら気軽には言えんな-


 伝説の竜騎士カーター

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