十の不死身

 狭間の変が起こった当初、多くの多種族は魚人という名称を知ったとき、魚のひれが足であるため陸上には上がってこないと勘違いしていた。確かにそのタイプの魚人もいるため誤ってはいない。しかし、二足歩行する魚人も数多く存在していたため、海だけが彼らのテリトリーではなかった。


 現に人間達の領域に侵攻した魚人達は足を持っていたため、海面から浮上して陸地に上がろうとする寸前であった。


 そして、海という広大で厳しい環境で育まれた魚人達の戦闘力は恐ろしいの一言であり、肉体的な強度では獣人にこそ劣るが決して侮っていい種族ではない。


 人を丸呑みににできそうなサメ魚人、魔法を扱えるタツノオトシゴ魚人、素早い剣技を得意とするトビウオ魚人、特殊な暗殺術を扱えるタコ魚人など、万を超える様々な魚人達を……。


「おうおう。ようやくか」


 大魔王の軍勢、齢八十を超えるような老人である庭師セルパンスとデーモン達が海岸で待ち受けていた。


 なんとも不似合いであり、そして不相応である。


 魚人が。


 この世界において神話に名高き怪物は三体。


 地面に足を接している限り不死身である大地のフェンリルもその一体である。


 そして庭師セルパンス。


 彼こそが勇者パーティーが結成された理由の一つであり……怪物の一体であった。


「さてやろうかの」


 老人であるセルパンスの擬態が解けた融けた


 デーモン達がこの場にいるのは念のためでしかない。体力がないソナスや時間稼ぎが必要なリブリートに比べ、セルパンスは単独で完成されている。


 そして……魚人達が、なんだ? という違和感を感じる暇もなく海面からソレが現れた。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


「え?」


 魚人達はポカンとした言葉なら漏らせた。


 水で構成された長い青い体。赤き瞳。鋭き牙。その半透明な水色は、一見すると海蛇の形をした水の精霊のようだ。


 山を幾つも重ねてようやく届く全長でさえなかったら。


 巨大すぎた。山に巻きつくこともできるだろうし、地を這えばそれだけで山々を削り倒し谷を埋め、国すら蹂躙する巨大なる蛇。そんなものが雲の隙間から、海面を漂うちっぽけな魚人達をじっと見つめる。


 そして……。


『小さいのう。小さい。あまりにも小さい。体の問題ではなく力が小さい。勇者達は目が潰れるかと思った力じゃったのに、お前さん達は小さすぎる』


『そうとも儂よ』


『うむうむ』


『全くじゃ』


『この母なる海にいてこの小ささとは』


『それでも海に住まう者なのか』


『儂ら全員が必要だったかの?』


『庭の手入れをせねばならんからのう』


『うむ。急がねばならん』


『長いことほったらかしじゃったからなあ』


 天に伸びる蛇、その数十。


 魚人の軍を囲むいずれも全てがセルパンスの意思を持つ同一個体。


 水と海に由来する圧倒的質量の海蛇達こそがセルパンスの本質であり……一秒以内に全ての蛇を殺さなければ死なない不死身の化身であった。


 その弱点とは呼べない弱点は、太古に特殊な権能を持つ神々によって暴き立てられ、過去の人間側に資料として残っていたが、いったい誰が天にそびえる塔のような十の蛇を、殆ど同時に打倒せるというのか。


 だがそれを実行しなければならなかったのが勇者だった。そのため勇者は自分を含め十人の戦士を必要として、集められたのが勇者パーティーの十人であった。


 セルパンスに対する攻略法も至ってシンプル。襲い掛かってくる別の怪物に対処しながら一人が蛇の一体を受け持ち、同時に打倒するというあまりにも単純すぎる攻略法。その馬鹿にして唯一の勝ち筋を勇者パーティーは成し遂げた。


 聖女は蛇を光に変えた。魔女は蛇を蒸発させた。ビーストマスターは蛇の首をかき切った。剣聖は蛇を断ち切った。モンクは蛇の頭を粉砕した。暗黒騎士は蛇を闇に墜とした。狩人は蛇の眉間を射抜いた。竜騎士は槍を深々と突き刺した。祖霊術師は蛇を氷に変えた。


 そして勇者は蛇を両断した。


 勿論戦い自体は長いものだった。しかしセルパンス十体の最後は、一秒どころか限りなくゼロに近いタイミングで止めの攻撃を受けてしまった。死なない筈の圧倒的質量の怪物は、正面から勇者パーティーに挑まれ敗北したのだ。


 そんな暗黒の軍勢をして化け物としか言いようがない連中と、ポカンとしている魚人達など比べるまでもない。


 現に雑魚達は、街を容易く収められるほどにポッカリと広げられたセルパンス達の口を見上げ……呑み込まれて消化液で溶けた。


『話にならんのう』


 セルパンスの独白通り全く話にならない。勇者パーティーに大口を開けたセルパンスは、モンクに鼻っ面を殴られて無理矢理口を閉じさせられ、剣聖に牙を切断されたりと散々な目に会っていたのに、魚人達はこのざまである。


「とっとと帰って庭の手入れをせんとな」


 仕事を終えたセルパンスが人間の姿になる。


 海のセルパンスと大地のフェンリルは、かつて神々が世を作ったときに生まれ落ちた灰汁ともいえる余分な部分だった。しかもその灰汁は神ですら危険視した力を持つ存在であり、善なる神々はなんとかしてこの怪物達を抹消しようとしたほどである。


 空の怪物。


『全く面倒な』


 竜達の頂点、ドリューを含めて。






 ◆


 -はははははは! なんと愉快な! 世界が生み出された日に生まれ落ちた儂が、百にも満たない小童共に負けそうになるとは! 気を付けることじゃな! 善きと嘯く神共は予想外を嫌う! 儂らを見れば分かるというものよ! ははははははははは-


 海の怪物セルパンスが敗れる前の言葉



 -僕は神の因縁について興味ありません。ですが、それでもあの蛇が、親に捨てられた子のような悲哀を宿していたのは分かりました-


 伝説のビーストマスター、フ・ルア。

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