先なき半全知
荒野を漂う悪霊達。その数1万と少し。
行軍する漆黒の骸骨、暗黒の波動を宿して浮かぶ襤褸切れ、苦悶の表情で燃え盛る炎、首なし騎士、その他様々な幽鬼達が目の前の敵を凝視する。
相対するのは腹が突き出て四肢が太い3千のオーク達だが、その全身は光り輝いている。そして彼らを率いるのは世界最古にして最大の図書館の司書を務めるリブリート、なのだが……。
「我は少し読書するから頼んだぞ」
「ははあっ!」
彼はどこからともなく取り出した本を捲りだすと、オークの最上位個体に指揮を丸投げした。
「行くぞ野郎共!」
「おおおおおおおおおおおお!」
人が軽く見上げる必要がある巨躯を揺らしながら、オークの軍勢がリブリートを守るための肉壁となる。
『オオオオオオ! 肉だあああああ!』
『精神を食べさせろおお!』
一方の悪霊達は、目の前に現れた肉体と精神を持つ者達に我慢ができず、オークの軍勢に襲い掛かった。
9種族の中で悪霊達は忌み嫌われている存在だ。この霊体、もしくはアストラル体と表現されている者達は、生命体が持つ根源的なエネルギーを吸い取ることが可能で、吸い取られた者は干からびたミイラの様になってしまう。
そして原始的な恐怖を呼び起こすこともできるため、悪霊と戦う時は聖なる力と強い精神力、そして魔法攻撃に対する耐性が必要だった。
つまり今の光に満ちたオーク達である。
『オア!?』
全ての悪霊達達から驚愕の叫びが漏れる。
粗末ながら呪いが宿った剣。無力。全てがオークの脂肪と光に通用しない。
人など容易く凍り付く冷気。無力。全てがオークの脂肪と光に通用しない。
精神を狂乱に誘う魔の叫び。無力。全てがオークの脂肪と光に通用しない。
かつてこの世界に存在したオーク達は、耐性という言葉の代名詞だった。テネラの闇で守られ、火も冷気も雷も致死の毒すら通用しないこの生物を打倒するには、圧倒的な破壊力か聖な力を用いて殺すしかなかった。
だが霊的な素養に振り切ったせいで、物理的な破壊力を伴わない悪霊達にオークを殺す術は存在しなかった。
「おおおおおおお!」
『ギャ!?』
それどころか今のオーク達は、闇ではなく悪霊達が最も忌み嫌う光の力まで携えているではないか。およそ3倍もの兵力差がありながら、オーク達は体躯に相応しい巨大な拳で悪霊達の頭蓋を叩き割って進軍する。
だがオーク達の本来の役目は単なる時間稼ぎだ。
リブリートが本を読み終えるまでの。
「ふむ。かつて光と天の園と呼ばれた世界の地下で、ひっそりと暮らしていたのがこの悪霊達か。そして天に住まう者達は大災害によって滅び、悪霊達がその世界を統べるようになったが、それは自らで勝ち取ったものではない、と」
一冊の黒い本。全ての知恵ある者が慄き、畏れ、恐れ、そして欲する力。異なる世界においてアカシックレコードと称されるものと類似したモノ。世の万物尽くが記された力の
その力を持ってリブリートは、この世界で強者として振舞っている悪霊達が、実は元の世界では負け犬でしかないことを知る。
「ならば出て来てもらうとしよう。【一本勝負】発動」
ぱたりと黒い本を閉じたリブリートが己の権能を発動させる。
真っ白な金属で体を構成した機械天使の軍勢が天に羽ばたいた。体は人型でその中は聖なる石を核として、それを取り囲むように大小さまざまな形の歯車が回転し、羽は骨組みのようだと形容できる。
そして万を優に超える機械天使だが、どれもこれも5メートルを超える巨体であり、その数と大きさが合わさって天を埋め尽くすかのようだ。
既に滅びているものの、彼らこそが悪霊達の元居た世界において全てを統べていた覇者であり、これに比べたら悪霊達など木っ端以下だった。
『ギャアアアアアアアアアア!?』
『ヒイイイイイイイイ!?』
悪霊達の軍勢から絶叫が上がる。
寿命が存在しない悪霊達は世代交代がほぼ無い。それ故に自らが惨めに隠れ潜む虫けらだった頃から存在しており、その直接の原因が再び姿を現したことでパニックになった。
魔女やモンク、竜騎士達勇者パーティーの顔を顰めさせたリブリートの能力こそ、対象が意識、もしくは無意識に自分より上だと認識している存在のコピーを呼び出す力だ。しかもそれに敵わないというイメージが強ければ、オリジナルよりも強化された能力を持ってしまうため、勇者パーティーは自らが生み出した師や先達に大いに苦戦することになった。
『LAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
骨組みに金属板を組み合わせたような機械天使達が、甲高い音を響かせながら地面の悪霊達を見下ろす。
そして万を超す機械天使達は一つの輪となり、一体一体の間が細長い光の帯で連なった。
『LALALALALALALAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
一瞬。
戦場全体が揺れる程の高音と共に機械天使達が光ると、輪を埋めるように光の柱が聳え立ち、悪霊達を光で押しつぶす。
悪霊達の断末魔はない。質量を伴う光という奇妙な現象は、オークとリブリートの肌をびりびりと震わせながら、戦場にいた全て悪霊達を完璧に消滅させてしまった。
「これほどの存在達が滅ぶか。いや……成長が無ければ必然か……」
役目を終えて消えゆく機械天使達を見ながら、リブリートはかつてを思い出す。
司書リブリートが暗黒の軍勢に属し、神々と敵対した理由は本だ。自らを善き神々と称した存在達は、己にとって醜聞となる失敗を隠そうとした。その中には別の神の妻に言い寄って、手酷く痛めつけられたような、人間達にとって心底どうでもいいようなものも含まれていたが。
とにかく、善き神々は太古の人間に自分達の素晴らしさのみを称えさせるために、神話の時代に記されたいくつかの記録を抹消しようとした。
それに猛反対した者こそがリブリートであり、彼は所持していた本を善き神々に燃やされそうになると、本と共にテネラの元へ転がり込んだ経緯があった。
そして、勇者達との決闘にも参戦した彼だが、勇者には手を焼かされていた。
「勇者め。まさか赤子まで自分より上になる可能性があると心底思っておったとは」
他の勇者パーティーは自分の師と戦う羽目になったが、リブリートは勇者が勝てない、もしくは自分より上かもしれないと思う相手を作り出そうとしたとき驚愕した。
騎士やベテランの戦士ならまだまし。なんと農夫、漁師、そこらの悪ガキ、果ては赤子まで自分より高みに至れると思っていたのだ。
そのあまりにも広い選択肢にリブリートの権能はエラーを起こしてしまい、勇者が自分よりも上だと思う存在を作り出せなかった。そしてリブリートは勇者パーティーの師匠達を率いて決戦に挑んだが、勇者と師を超えたパーティーメンバーに敗れ去った。
「しかし……ははははは。あれは傑作じゃった」
だがなによりリブリートを笑わせたのは、勇者が自分より上だと思う存在に、人にとって絶対だったはずの神がいなかったことだ。
リブリートは敗れた後、勇者にそれはなぜかと問うた。それに対して勇者は、未来を考えず成長もしない存在を恐れる必要はないと答えてその場を後にした。
「勇者達はあの時の先を書き記したのだ。ならば我は敗者としてそれを守る」
一説では、大魔王テネラの友として語られるほどとてつもない存在である司書リブリースが、記される筈の無かった未来を切り開いた勇者達を思って独白した。
◆
-くはははははは! 確かにそうとも! 勇者よおぬしの言う通り! そうあれと定められた我らは変化することも成長することもない! そんなものに恐ろしさなど感じんじゃろう! 特に我は本という過去の出来事しか見ておらんからな! 可能性や未来というものがいまいち分からん! だがそれを心底信じているというなら、冥界からとくと見せてもらおう! おぬしの言う可能性と未来がテネラを乗り越える様をな! ……ああ、すまんなテネラ……友よ。先に行く。一抜けと言うやつじゃ……-
司書リブリートの物語が終わる筈だった言葉。
-あれから五十年経った今でも思います。あの司書が我々の師や勝てないと思った相手を複製したのはわざとだったのではないか、と。魔女殿を見れば分かるでしょう、知は力です。それなのに最古にして最大の図書館の司書が、ただそれだけしかしなかったのはあまりにもおかしい。そして私の結論は……ひょっとしたら……彼は見たかったのかもしれません。過去を乗り越えた先にある未来を、可能性を。終わる筈だった人という本の先を……-
伝説のシャーマン、オクーム・クームル。
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