三女神
邪悪なる悪神ギカリギとその眷属は、狭間の変においてこの世界の一部に組み込まれた者達である。しかし、高次元すぎる存在だったために物質世界に留まれず普段は霊的世界にいた。
そんな彼らは、暗黒の軍勢に激怒していた。
狭間の変で右往左往するちっぽけな人間達の悲劇を楽しんでいたら、急にやって来た者達によって彼らが目に掛けていた悪魔達まで叩きのめされたのだから怒らない筈がない。
しかし、高次元の存在が物質世界に介入するのはそれなりの準備が必要なため、悪神共は指を咥えて成り行きを見守るしかない。もし無理矢理、物質世界にギカリギと眷属達が現れようとした場合、その代償として暫くは大きく力を落とすか、最悪の場合世の理に流されて存在が希薄となり消滅する可能性があった。
だが……ギカリギと眷属達はその危険を冒す羽目になる。
ギカリギ達は急速に膨れ上がって滅びの塔に収束する魔力の渦と、それによって編まれた恐るべき術式に気が付いた時、絶叫を上げてしまった。
その副作用として、この世界と絡んでいるギカリギとその眷属を木っ端微塵に破壊してしまう可能性が非常に高かったのだ。
これが普段ならギカリギ達は笑い飛ばすだろう。しかし、滅びの塔に集まる魔力は人知どころか神の知恵すら及ばぬ領域まで至りかけており、高慢なる悪神ですら顔を蒼褪めさせてしまうものであった。
だからこそ……彼らは自然消滅の危険を冒してでも、滅びの塔を破壊するため現実世界に現れたのだ。
『あれを破壊しろおおおおお!』
『オオオオオオオオオオオオオ!』
滅びの塔のさらに上空。天が突然ひび割れて暗黒の隙間が生まれると、そこから黒い靄としか言いようがないギカリギの眷属達が落下する。その数なんと百万。百万の軍勢が自らの死を恐れて、死ぬかもしれない現実世界に侵攻してきた。
「来ましたか」
それを滅びの塔の頂上で億劫そうに見上げるのは、テネラの妻の一人、漆黒の髪で目を塞いでいるようなミリーナである。
「永久の眠りを」
ミリーナが呟いた瞬間、ギカリギの眷属達の中で瞳を持つ三十万ほどが突然眠りに落ちた。
『なんだ!?』
なんの予備動作も兆候もなく、脱力して落ちていく瞳ある者達。それを瞳を持たず特殊な感覚器で察知したギカリギの眷属達は驚愕した。
神話に名高き三女神のうちの一柱、眠りのミリーナ。
彼女は生物の視覚を介して強制的な睡魔を招き、眠ってしまえば二度と目覚めることがない実質的な死を押し付けることができる。
しかもこの能力は、神話において行使されなかったため、勇者パーティーは完全に初見で相手取ることとなる。その結果、勇者ですら理屈ではない権能の力によって、眠る寸前に陥りながら戦う羽目となったのだが……。
親友だった勇者すら知らない秘密を持っていた男が突破口となった。
伝説の剣聖サブロ。
この男、元々両の眼が見えていなかったのに、勇者も、聖女も、魔女も、他の勇者パーティーの誰もが知らなかった。
剣聖は空気の振動と音、気配で世界を把握していた埒外であり、それがミリーナと戦うまで発覚しなかったほどの精度で生きていたのだ。そのため視覚を介するミリーナの権能は剣聖に通じず、彼女は最も苦手とする近接戦に持ち込まれ敗れた。
「死ぬがいい」
金の髪と白き肌を持つ女、ルーシーが魔の眷属を一瞥すると、生者に分類される者達が内側からはじけ飛んだ。
神話に名高き三女神のうちの一柱、命のルーシー。
彼女は生命エネルギーを暴走させる権能を保持しており、生者に分類される者達の肉体を暴走させることができる。
この力もまた勇者達は初見でぶつかる羽目になったが、その中にルーシーの天敵が混じっていた。
伝説の暗黒騎士ベオン。
この男、暗黒の軍勢が活動を始めた直後に若くして病死した死者であり、生命エネルギーを持っていなかった。
あるのは大魔王を打倒し、人の世を存続させるための信念と思念。それだけ。それだけで生命なき体を動かし続けた男で、テネラとは全く違う系譜の暗黒の力を振るい、ルーシーを打倒するための突破口となった。
「燃えろ」
褐色の肌と赤き炎の髪を持つイグノが、残った特殊な個体をちらりと見て呟く。
その瞬間、空が炎となった。
天が燃える。空が燃える。雲が燃える。魔の眷属達など塵も残らないほどの炎。
神話に名高き三女神のうちの一柱、火のイグノ。
彼女は炎だった。世界最初にして根源に最も近き偉大なる赤き力。
なにもかもを破壊する原初の理。そこに小賢しい理屈は必要なく、ただ全てを抹消する。筈だった。
人の身でありながら、その世の理の根底に至った伝説の魔女ルルがいなければ。
勿論、神に対し人が真っ向から凌駕できる筈がない。しかし小賢しき人は戦闘用魔法を練りに練り上げ、勇者パーティーという馬鹿げた集団の中にあってすら最大火力を誇った魔女は、仲間達と連携してイグノを打ち破った。
話を戻そう。
三回の権能の行使。これで百万の軍勢は全て死に絶えた。
彼ら悪の眷属が心底馬鹿にしていた人間、それもたった十人が打倒した存在によって。
これこそが神話の最初期から存在していた女達、睡眠欲による死、性欲による生命エネルギーの操作、食欲による火の利用を司る、三欲姉妹の力であった。
「大本はお任せしましょう」
「うむ。働いてもらおうか」
「だな」
魔の眷属が広げた空間の歪が巨大になると、ミリーナ、ルーシー、イグノが夫を見やる。
「どう見たって一万年も生きてない小僧が俺とやる気か?」
「ぼはははははは! 年寄りのセリフですな!」
テネラとブエがごきりと首を鳴らした。
◆
-リブリートやエリウス、ナルヴァスなどは特に人間に対して隔意は持っていませんが、私達は大嫌いですとも-
-千年も醜く争い、醜く殺し合い、醜くいがみ合う。同族でだぞ? 愚かな神々とて数年でやめると言うのにお前達人間ときたら。お陰でこの千年間、常にテネラは死した人間の怨念に苛まされる始末だ-
-結論を出すのに十分な時間だろう。千年も殺し合ってるなら二千年後も殺し合い、やがて死に絶える。なら今、人という種が滅んで何か問題があるか? 断言してやるよ。オレ達の旦那に勝とうと、お前達は自らが生んだ戦火で星を駄目にして滅ぶ-
三欲神ミリーナ、ルーシー、イグノが消え去る前の言葉。
◆
次回最終話。
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