淘汰する音楽家

 大地を埋め尽くす蟲。蟲。蟲。


 空を染める蟲。蟲。蟲


 蟷螂、百足、蠍、蜻蛉、蜂。それ以外にも様々な肉食の蟲人達が行軍する。


 なんとその兵数60万。9種族の中で、最も数の暴力を体現している蟲人達は、その圧倒的兵力と同時に、常に食料に悩まされている。それを解消するために人間を貪るのは当然の行いであり、弱者を食うことになんの躊躇いもない。


 そして虫由来の能力と筋力まで併せ持つ彼らは、この世界で最も危険な種族の一つと言えるだろう。


「やれやれ。屋外コンサートでは、十分音を届けることが出来ないんですがね」


 一方、蟲人の軍勢の前に現れたのは、燕尾服を纏い戦いとは無縁そうな青年ソナス。


「オオオオオオオオオオオオオ!」


 60万に比べるとたった1万程。筋骨隆々で一本角を額から生やした、身長2メートルほどのオーガ達。


「なんだあの連中?」

「敵か?」

「人間か?」

「いや、こんなことが出来るのは悪魔とか悪霊じゃないか?」

「獣人のようにも見えるような」

「獣人はもっと毛がある気がする」


 突然現れた暗黒の軍勢に蟲人達は困惑する。軍勢が突然現れた経験がない上に、特に他種族の見分けが苦手な蟲人達は、暗黒の軍勢が一応味方ではないかと相談し合う。


「呑気なことですねえ。まあ勇者達に自己紹介しようとした私も人のこと言えませんが。いやはや、あの時は勇者パーティー全員が、なにも言わず殺しに掛かって来ましたからね。野蛮人ですよ野蛮人」


 そんな蟲人達の困惑を感じ取ったソナスが肩を竦めながら、隣にいるオーガの指揮官に、勇者達の宿していた殺意を語る。


「もう宣戦布告をしていることですし、あの時の反省をして、名乗り上げも止めておきましょうか」


 指揮者として挨拶をしないのは、若干ソナスの矜持を損ねるのだが、それを勇者達にして痛い目を見ているので、早速仕事に取り掛かることにした。


「狂騒曲を奏でましょう」


 ソナスが指揮棒を天にかざした瞬間、数十の弦楽器が現れて。


「味方か?」


 蟲人達はソナスを同族だと誤認した。


 銀の髪を後ろに流していた美青年はそこにいない。


「キキキ」


 嗤うソナスの顔はコオロギとなっていた。


「演奏開始」


『■◆■』


 弦楽器から勢いのある力強い音色が流れる。それは体を興奮させて、体液の流れを加速するような……理性を消失させる魔の音色だった。


「ギイイイイイイイイイ!」

「ギャアアアアアアア!」


 言葉通りだ。蟲人達から理性が消失して叫び声が上がる。


 そして理性無き蟲人達の隣には食欲を刺激する餌がいた。


 後はもう分かり切っている。


「オオオオオ!」

「ギャアアアアアアアアアア!?」


 意味ある言葉を発することさえできない蟲人達。


 蟷螂はその鎌で餌を切断する。


 蠍と蜂は針で餌を串刺しにする。


 蜻蛉は顎で餌の肉をむしり取る。


 他にも様々な蟲人達が、餌を求めて食い合う。


 同胞という名の餌を。


 例えば、軍団内ですぐ隣にいる者を殺した時なにが起こるか。


 60万が30万になる。素晴らしい効率だ。


 では次は30万が15万に。


 15万が7万5千に。


 7万5千が半分に。


 その半分が半分に。


 狂乱の源であるソナスは神々が生み出した失敗作だった。


 娯楽として素晴らしい音色を奏でることだけを求められて生み出されたのに、彼が発する音は神の望む音色を奏でることが出来なかった。


 その結果ソナスは、神々から焼却処分されそうになってしまう。


 《また命を生み出しておきながら、今度は音が気に入らないで殺そうとしたのか!》


 だが、それをどこからか聞きつけたテネラの手によって救われた。


 《コンサートホールができたぞ! 設計と建設はこの俺だ!》


 テネラはさらに、行き場がなかったソナスを受け入れたばかりか、音楽を奏でることが存在理由のソナスのために、塔の中にコンサートホールまで作り上げた。


 だからこそソナスは、憎き神々の失敗作として、成功作の人間達と敵対したが、それは理由の半分でしかない。


 もう半分は拾ってくれたテネラへの恩返しだった。例え人が発する負の側面に堕ちたテネラの人類抹殺計画が、かつて自分を捨てた神々と同じ行動でも。


「では最後に」


 ソナスは身を守ることを考えず、ただひたすら数を減らしていく蟲人達を眺めながら、銅鑼や太鼓などを出現させる。


『■!』


 それらが一斉に叩かれると、一塊になった衝撃波は蟲人達の残り少ない軍勢の中心に着弾。まるで隕石が衝突したかのようなクレーターを生み出した。


「ふう。では後はお願いしますね」


「はっ!」


 自分が齎した破壊を見て一息吐いたソナスは、率いているオーガ達に後を任せた。


 ソナスの弱点とも言えない弱点だ。持久力がないため、戦闘用に力を込めた演奏を長時間行えないのだ。


 本来なら問題はなかった。本来なら。


 誰も彼もが超越した精神の持ち主で狂うことなく、破壊の衝撃音すら凌いだ勇者パーティーという例外を考えなければ。


「な、なんだ!?」


「ごほっ!?」


 僅かに残っていた蟲人達が理性を取り戻すが、共食いと衝撃波で無事な者など存在しない。体はあちこち欠け、クレーターから這い出る者は半死半生。中には今まさにこと切れようとしている蟲人もいた。


「オオオオオオオ!」


 そこへ蟲人達を掃討するべく、漆黒に、いや、光り輝くオーガ達が襲い掛かる。


「ぎゃあああああああ!?」


 蟲人達の抵抗は無駄だった。


 蟷螂の鎌がオーガに振り下ろされるが、その筋肉を裂くことが出来ないばかりか、攻撃に反応してオーガから迸る雷に焼かれて炭化してしまう。


 本来の漆黒のオーガは、ただでさえ強力な筋力を底上げされているが、光り輝く彼らは攻勢防御ともいえる光と雷の加護を与えられてた。


 だが決して元の筋力が衰えているわけではない。


 蟲人達はオーガ達の腕力で、腕を、頭を引き抜かれ、胴は真っ二つに引き裂かれる。


「鎮魂曲でも奏でましょうかね」


 戦場を眺め、再び指揮棒だけ振るうコオロギ。


 これこそが、ある程度の情報が神話に記載されていたため、かつての人類と勇者達の参謀である魔女に、軍での進軍を諦めさせた原因の一人。雑多な虫けらを淘汰する音楽家ソナスであった。


 ◆


 ‐神々が間違わないという幻想を持っているなら捨て去りなさい! その産物が私であり貴方方なのですから! さあ! 失敗作と形だけの成功作で争いましょう!‐

 音楽家ソナス


 ‐暗黒の軍勢はどいつこいつも人間臭すぎた。あの音楽家は遠回しに、主である大魔王も間違うんだと弁護していたのさ‐

 伝説の狩人ジーン

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