全戦線と滅びの船
「ただいまー」
麦わら帽子を被って鍬を担いだテネラが、自宅である塔の最上階に足を踏み入れると、そこには彼の妻であるイグノ、ルーシー、ミリーナが、天高く昇る太陽を見つめていた。
「お帰り」
「戻ったか」
「お帰りなさい」
三姉妹は太陽から視線を外し、イグナはぶっきらぼうに。ルーシーは肩を竦めて。ミリーナは微笑んで、畑仕事を終えた亭主そのものなテネラを迎える。
「どんな感じ?」
「次元が混ざって星の動きも変わってたし、地脈も乱れてたけど、塔の機能を調整して接続しなおしたよ」
「とは言え、かつての様になんでもかんでもは出来んぞ。出力が全く足りん」
「ですので、人間達を消去しようとした時のように、9種族を消し去ることは無理ですね」
「りょうかーい」
気軽な夫婦の会話だが、内容は恐ろしいものだ。
大魔王の塔。かつての人間達は滅びの塔と呼んだ。
切っ掛けは勇者パーティーの魔女が、星と地脈、世界に流れる魔力の流れが、一点に流れ込んでいるのを感知したことだ。
面倒ごとだと分かり切っていたため、魔女が顔を顰めながら術式を解析したら案の定である。対象全人類。術式構成“死”という、全ての人間を殺害するための準備が行われていることが判明してしまったのだ。
これを止めるために勇者パーティーは大魔王領に乗り込み、テネラ達と激闘を繰り広げた。
余談だがこれを知ったテネラは、魔女に対して俺よりイッてやがると呆れ果てた。特別な遮蔽こそしていなかったが、大魔王の軍勢は誰一人として、人間が星を使っての大術を感知できるとは考えていなかった。それは油断でも慢心でもなく、本来ならあり得ない事なのだ。例えるなら、蟻が人間の知識を得て理解したのと同義であり、正気を保っていられる筈がない魔道の深淵の更に奥深くに魔女がいたことを意味していた。
「転移は?」
「オレ達がいた世界の大地なら可能だ。そこから先は地脈が細いから無理」
「十分十分」
テネラがイグナの答えに満足げに頷く。
「他の皆は?」
「いつでもいいだろう」
「だよね!」
テネラがルーシーの答えに満足げに頷く。
「引っぺがすのは?」
「数を減らし、この世界の種として揺らげば可能です」
「よし! じゃあやろうか!」
テネラがミリーナの答えに満足げに頷く。
あくまでも彼らは超越者だった。その思考も。方法も。
◆
9種族が大魔王の軍勢から宣戦布告されようと、彼らのやることは変わりない。当初の予定通り人間達を殲滅して土地を奪い取るため、一斉に進軍を開始した。なお、唯一獣人達だけは抜け駆けしたペナルティとして、もっと後で行軍することが定められた。獣人王国そのものがそれどころではなかったが。
太陽すら克服した吸血鬼達が、武具すら身に着けず行軍する。人間を食うために。
蟷螂、蜂、蟻などの肉食蟲人達が一糸乱れず行軍する。人間を食うために。
霊体の悪霊達がふわふわと浮きながら行軍する。人間の魂を食うために。
地獄の業火で燃え盛る悪魔も行軍する。人間の魂と肉を食うために。
鮫や鯱などの魚人達が沿岸に上陸するため海中から行軍する。人間を食うために。
丘のような巨人が地響きを鳴らしながら行軍する。人間を食うために。
空を舞うドラゴンと奉仕種族である蜥蜴人が行軍する。人間を食うために。
騎士甲冑を纏ったような機械生命達が、なんと推進力で飛行しながら行軍する。人間を殺して負のエネルギーを得るために。
ただひたすら全てが人間を殺すために。
だがそれは潰える。完膚なきまでに。
滅びの塔から光が立ち昇り、幾重にも別れる。その光が人を殺す為だけの軍の前に聳え立つ。
光りが収まるとそこには。
◆
吸血鬼の前に、カタカタと顎の骨を鳴らす肉のない骨、スケルトンの軍勢と。
「ああもう面倒! とっとと片付けるわよ!」
絵師トゥーラが現れた。
◆
蟲人の前に、強靭な肉体を持つオーガの軍勢と。
「私が蟲担当のような気がしてたんですよ」
音楽家ソナスが現れた。
◆
悪霊の前に、太い手足と突き出た腹を持つオークの軍勢と。
「早く終わらせて本屋に行かなければ」
司書リブリートが現れた。
◆
悪魔達の前に。
「たった3万程度とは」
騎手エリウスがたったと呟きたった一人で現れた。
◆
上陸した魚人達の前に、冷気を漂わせるデーモンの軍勢と。
「お前さんたちは、うちの庭の小川にはいらんのう」
庭師セルパンスが現れた。
◆
丘のような巨人達の前に、山よりも巨大な暗黒のジャイアントと。
「私が受け持つ相手間違ってるだろうが」
庭師ドリューが現れた。
◆
ドラゴン達の前に、暗黒のドラゴンと。
「空中戦とか久しぶりね!」
「勇者達と戦った時も、空でなら負けなかったはず!」
「なおハンターの射程」
「あいつの弓ほんとおかしい」
「気付いたら額に矢が刺さってたし」
天を舞う乙女達が現れた。
◆
シャープな鎧を纏った騎士のような空飛ぶ、万を超える機械生命体達。
科学の極みに位置する彼らは、魔法ではなくビームなんてものを発射するため、他の種族達からは理解不能な存在として扱われおり、ある意味全種族で最も異端と言っていいだろう。
それ故か。
相手もまた大魔王の軍勢で完全な異端だった。
青空がぴしりとひび割れる。蒸気が漏れ出る。
『いいいいいやあああああっほおおおおおおおおおおお! いい波だああああああああ!』
空間をガラスのように叩き割り、鉄の船が船体のあちこちから蒸気を吹き出しながら、青空という大海に出航した。
島よりも巨大な黒き船が。
船の名をナルヴァス。
テネラに名を与えられる前の名は、次元消滅兵器ラストナンバー、オールデス。
遥か宙の彼方で起こった宇宙の滅びを唯一耐え抜き、深淵の向こうよりこの地に飛来。壊れに壊れ見る影もないが、大魔王テネラをして、お前を作った奴は何考えてたんだ? と真顔で問いかけた滅びそのもの。
『多次元粉砕副砲展開!』
唯一残りながら、この世にあってはならない機械神であった。
◆
後書き
あくまでこれを倒した勇者とは……な物語なんで、あと数話で終わります。
それはそうと、ファンタジー世界に紛れ込んだ異物が強いのはお約束ですよね(複数のトラウマ持ち)
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