光堕ち大魔王伝-大昔、人間には負けましたが、最近やって来たらしい異世界の連中には負けてないので戦います。それはそうと勇者は凄いぞ。カッコいいぞ-
ルーカスとリアンの兄弟と大魔王。それとほら吹き竜騎士。
ルーカスとリアンの兄弟と大魔王。それとほら吹き竜騎士。
幼い兄弟、ルーカスとリアンの暮らすソトの村は、人狼達が殲滅され後も、混乱の極致にあると言っていい。
人狼達が直接の原因ではない。彼らは逃げ惑う人間達を嫌らしく眺めるだけで、いざ行動を起こそうとした直前にすり潰されたため、犠牲者は誰もおらず、兄弟も無事両親と再会することが出来た。
それ故に混乱の原因は、村の傍にある森から天へと塔が聳え立ったことに加え、村の傍を暗黒の軍勢がうろちょろしていることだ。
最初はよかった。
「おお! まさか神の使いが!?」
「神狼様じゃ! 神狼様が助けてくれたのじゃ!」
「人狼達が狼の姿なことに怒っておられる!」
村人は突然現れたフェンリルの巨大さに度肝を抜かれたが、フェンリルは村人を無視して、人狼達だけを踏み潰したのだ。そして、実際は小さくなっただけだが、現れた時と同じように突然消え去ったフェンリルを、村人は自分達を救ってくれた神の使いだと思って感謝した。
実はこれ、完全な間違いだとは言い切れない。
フェンリルは大魔王の眷属なのだから、神格と言えなくもないし、人狼族はかつての宿敵であるビーストマスターの人狼形態を汚したとして、一方的に怒っていたのも事実だ。
そして、その次もよかった。
「ルーカス君、リアン君。お父さんとお母さんはどの人?」
「流石に人間の強さが爆上がりして、全員勇者レベルってことはないみたいね」
「そんなの恐ろしすぎるんだけど」
「勇者達は強敵でしたね。マジで」
「強敵過ぎたのよねえ」
「酔っ払い剣聖の間合いにはビビったわ。私らがいたフロア全部を間合いに収めてたとか、ちょっと意味が分からない」
「おお! 女神様じゃ!」
「女神さまが神域から降りて来てくださった!」
ルーカスとリアンの兄弟を連れた乙女達の姿を見た村人達は、人間のものとは思えない美貌に跪いて、やはり神が自分達を助けてくれたのだと確信した。
「あ、村長さん? ちょっと軍勢がうろちょろすると思うんですけど、皆さんに害は与えないので気にしないでください」
「ははあっ!」
問題はこれだ。
女神か神の使いのような清らかな乙女に、軍勢がうろちょろすると言われた村長は、自分達は神の軍勢に守られるのだと早合点した。
早合点も早合点。
「え?あれって、おとぎ話のゴブリン?」
「ひょっとしてひょっとすると、オ、オーク?」
「ジャ、ジャイアントおおおおおおおお!?」
その軍勢は美しい翼の生えた美丈夫でも、光り輝く神獣の群れでもない。おとぎ話で勇者達に敗れてから、この世界から姿を消したはずの、いわゆるモンスターと呼ばれる者達の軍勢だったのだ。
だが村人達はどうすることもできない。人狼達に結界が破られて襲われると言うことは、人類生存圏の最外延部にいると言うことなのだ。付近に他の町や村はなく、女子供を連れての逃避行はリスクが大きすぎた。
「私達も暫く村にいるのでご心配なく」
「は、はあ……」
神の関係者のように思える乙女達が村に滞在すると聞いた村長は、それなら大丈夫……なのか? と思い、村人達も恐る恐る生活することになってしまった。
◆
「にいちゃん。あれ」
「え!?」
それから一週間ほど。悍ましき道化のブエが、獣人王国を大混乱させていた頃、ルーカスとリアンの兄弟も混乱していた。
彼ら兄弟の家の近くで、村の者ではない男が畑仕事をし始めたのだが、なぜかルーカスとリアン以外はその姿を認識することができなかった。
「あの、大魔王様?」
「大魔王様」
「おーう坊主共」
困ったことにその不審者、大魔王テネラは兄弟達にとって命の恩人であり、近くにいれば挨拶をする必要があった。そのため、ルーカスは恐る恐る、リアンは幼いゆえに素直に声を掛けた。
しかし、テネラの姿と言ったら。大魔王なのに麦わら帽子を被り、鍬を持ったその外見は全く様になっておらず、素人が思いつきで農作業をしようとしているかのようだった。
「おっと、先に言っておくけど、ゴブリン達に畑作業をしてもらうってのは無理だ。魔力が強すぎるせいで耕したら土に作用して、人間が食ったら腹壊す麦が育っちまう。うちの司書が言ってたから間違いない。ま、俺の加護があるからゴブリン達は飢えない。飯寄越せって話にはならんから安心しな」
「えっと、はい」
「はい」
飢えない軍がどれだけ恐ろしいか、寒村の生まれ故に殆どなんの教育も受けていないルーカスとリアンは分かっていないようだ。しかし、とりあえず略奪という話にはならないようなので、それだけは安心した。
「そんでもって言いたいことは分かってる。なんで畑仕事してるか、だろ? やってみたかったんだ。まあ、ほんのちょっとしか耕さないけどな。知ってるか? 勇者は寒村の三男坊だったんだぜ」
「え!? 王子様とかじゃなくてですか!?」
テネラがほんの僅かな範囲を耕しながら、何気なしに言った言葉に、ルーカスとリアンは驚愕する。確かにおとぎ話の勇者の生まれは知らなかったが、自分達とは全く違う高貴な世界で生まれた者と思っていた。
「だっはっはっはっ! 勇者が王子とか、当時の人間が聞いたら全員腹を抱えて笑うに違いない! あいつはどこの村にもいるガキだ。文字も読めなかったしな」
「そ、そうなんですか?」
「僕たちと一緒?」
「おう。一緒一緒」
王子と勇者という単語の連なりに、テネラは大笑いをしながら否定する。
「ああ。世界を滅ぼす力を秘めていたとか、高貴な生まれで古の封印がどうのこうのとか伝わってるなら忘れちまえ。十中八九、っつうか間違いなくほら吹き竜騎士のほらと入れ替わってる」
「ほらふき?」
「この場合は、カッコよく見せるために嘘を言うってことさ」
頬を吊り上げながら面白そうにしているテネラに、ほら吹きの意味が分からなかったリアンは首を傾げた。
「えっと、竜騎士様は嘘つきだったんですか?」
「おう。ドラゴン、つまり竜を殺した騎士ってことで竜滅騎士を名乗ってたが、そのうち竜騎士に変えたんだ。だが当時、竜ってのは数が少ないことと、強力だったこともあって、俺くらいになれば死んだらすぐ分かる」
「は、はあ」
「いやあ疑問に思ったよ。竜は超強力な存在だからな。それが俺の知らないところで殺された、もしくは俺が知らない竜がいるのかって首を傾げたもんだ。そんでもって調べていくうちに分かった。あ、こいつほら吹いてるなって」
面白そうな顔から一転して、どこか懐かし気な表情をするテネラだが、子供らしく勇者伝説に憧れていたルーカスは呆然としている。
「古代の海底遺跡で死にかけたとか、神に直接会ったことがあるって言った時に分かった。竜騎士の奴が言った場所の海には、元々文明なんか存在してなかったし、その神は随分前に俺が直接殺したから会える訳がない」
「えっと……」
なんてことないように神を殺したと言うテネラが、やはり自分達とは全く違う存在だとルーカスは痛感した。かつて消え去った善き神々は、人間にとって絶対だ。それを殺したのなら、まさに神をも恐れぬ大罪である。
「ふ、ほら吹きに幻滅する前に教えておくか。ただし、嘘から出た実になった。俺らと殺し合った結果、あいつは最上位の中の最上位、竜の中の竜の頭に槍を突き刺して、言葉通り竜滅騎士。竜騎士になった」
呆然としているルーカスと、よく分かっていないリアムに対してどう勘違いしたのか、テネラは安心させるように真実、いや、真実になった嘘を教える。
「実力があるほら吹きとかうんざりだ。俺も右足の甲に槍をぶっ刺されて、一瞬だけ動きを止められたからな。信じられるか? 善神共ですら俺の体を削ったことがないのに、あのほら吹きは貫通させやがったんだぞ。ありゃあマジで痛かった」
うんざりや痛かったと口にするテネラだが、その顔はどこまでも楽しそうで、大事な思い出を語っているようだ。
「んで話を戻すが、勇者に聞いたんだ。なんでお前は戦ってるんだってな。そしたらこう返された。麦を育てたことは? 食うに困ったことは? 雨が降るかで一喜一憂したことは? ないだろ? ないから人間を刈り取るのではなく、いらないものとして捨てようとするんだ。人の営みを、生きていることを知らない奴が、人を抹消しようとするのを防いでなにが悪い。ってな」
(ひょっとして、凄い話を聞いてるんじゃ……)
今度は一転、どこか遠くを見始めたテネラの言葉に、今更ながらルーカスは、かつての伝説の一幕を知ってしまったのではないかと慄いた。
「まさにその通り。そんなことを経験したことなんてない。ま、畑仕事したら勇者の考えが分かるなんて単純なことは思ってないが、それでも経験してみたかったんだ。どっこいしょ」
再び鍬を大地に振り下ろしたテネラの声音は、古き良き時代を思い返す老人のようだった。
「ルーカス。リアン。ご飯にするわよー」
「お袋さんが呼んでるぞ。またな」
「は、はい!」
「さようなら」
ルーカスとリアンは、朝食の準備が整ったことを知らせる母の声に我に返ると、数度テネラを振り返りながら帰宅する。
(ひょっとしたら、あれが本来の……)
ルーカスは家に入る前、最後にもう一度だけテネラの様子を確認する。
鍬を振り下ろす姿は、とてもではないがかつて人を滅ぼそうとした超越者には見えなかった。
◆
‐王なんぞと抜かす奴らは国のためと殺し! 騎士連中は名誉のためと殺す! なにより人が人を殺す! どこにそれだけの脳みそがあって、同種で殺し合う存在がいる!? あの愚かな神がゴブリン達にやったように俺が断言してやる! お前達人間はただ神と姿が似ているだけの失敗作だ! 無垢を殺し、老いたるを殺し、殺して殺してずっと殺し合いをしてるんだ! その殺された奴が、俺を通してなにを思ってるか知ってるか!? お前も死ね! だ! 四六時中ずっと俺に訴えてるんだぞ! ならこの俺が望み通り殺してやるってんだよ! お前ら人という種をな!-
大魔王が勇者に対して。
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