エターナルハラスメント。相手は死ぬ。

 ブエが獣人達の王、レ・ガオルに粘着すると宣言して早一週間。獣人王国の政治は、ほぼストップしていると言っても過言ではなかった。


「おのれがああああああああああああ!」


「ぼははははははははははははははは!」


 怒りの咆哮と共に、怒髪天を向く形相のレ・ガオルや、彼の親衛隊がブエをどうにかしようとするが、実体がないかのようなブエにはなにも効果がなく、ただ道化の体をすり抜けるだけだ。


 そしてブエは宣言通り、王であるレ・ガオルに一週間ずっと粘着質し続けた。本当に言葉通りである。


 結果、レ・ガオルも含めて王宮の獣人達は不眠不休だ。それも当然。部外者どころか敵が隣にいるのに、誰がぐうすかと寝ることが出来る。しかもブエは、どんな重厚な囲いや特殊な結界でも防ぐことが出来ず、歌ったり心底どうでもいいことを延々としゃべり続けている始末だ。


 最初だけ獣人達は、まだ対抗策を考える余裕があった。


「こいつをどうにかしろ!」


 物理的手段が全く効果がないと悟ったレ・ガオルは、祖霊術や自然魔術を扱える特殊な獣人達に命じて、霊的にどうにかしようと試みた。


「なぜ効かん!?」


「ぼはははははは! 聖女殿の封印結界でもどうにかできなかったのですぞ! その程度ではとてもとても!」


 年老いたまじない師達が、霊的存在を封印するための結界や、魔道の業を用いてブエに対抗しようとしたが、結果は全てすり抜けられてしまった。


 更に問題となったのは、レ・ガオルが尿意を覚えた時だ。


(ま、待てよ?)


 ブエをどうにもできないことに苛ついて失念していたレ・ガオルは、ようやくこれからどうなるかを詳細にイメージすることが出来た。


 これが尿意だからまだいい。いや、よくはないが、便意を覚えた時はどうするのだ? 睡眠は? 食事は? 王であるのだから子も作らなければならない。


「らーらーらーらららららららぼははははははははは!」


 意味のない鼻歌を歌いながら馬鹿笑いする道化が、常に自分の傍にいることを想像したレ・ガオルはぞっとした。いるだけで、なにもできないというブエの言葉を信じる訳もなく、トイレや睡眠などの隙を晒すことなど断じてできない。それなのに、獣人達はブエを排除できないときたものだ。


「な、なんとしてでもこいつを殺せ!」


 怒りではなく焦りの叫び声をあげたレ・ガオルだが……どうしようもなかった。


 本当にありとあらゆる手段で、神器と謳われる切り札すら使用してまでブエを消そうと試みたが、その全てが失敗した。


 結果どうなるかは誰でも分かるだろう。


「レ・ガオル国王陛下は、私のことが好き、嫌い、好き、嫌い。おお! 好きとでましたぞ!」


「くそがあああああああああああああ!」


 指を数えながら訳の分からないことを喜ぶブエに、狂乱状態のレ・ガオルが叫び狂う。


「どうぞこの道化を気になさらず、トイレにいっといれ! 解説実況する準備は万全ですぞ!」


「食事は静かにする派ですか? 分かりました! 不肖この道化、国王陛下の真横でじっと見させていただきます! 頬がくっつくくらいの位置で! そうだ! あーんしてあげましょう! って私、物持てないんでした!」


「いけませんぞ! 睡眠は非常に大事なのですから、寝るのを我慢するのは体によくありません! 抱き枕をご所望でしたら、この道化にお任せあれ! ってまた私に誰も触れられないの忘れてました! いやあ、皆様が私に触ろうと必死なのに申し訳ありません!」


「ああ!? 国王陛下、動かないでください! 折角私と国王陛下の体がぴったり重なりあっていたのに! 道化からは癒しの成分が放出されているのをご存じないのですな!」


 一週間ずっとこの調子のブエに付き纏われたせいで、食事や睡眠を含めた、生理的欲求全てを邪魔され続けているのだから無理もない。レ・ガオルは不眠不休で気楽に用も足せない極限状態だった。それなのに、ブエの方は疲れた様子もなく元気いっぱいだ。


 しかもである。この道化、現れた時は暗黒の軍勢について説明すると言ったくせに、碌な情報を教えていなかったため、獣人族はブエを派遣した大本を未だ特定できておらず、その線からブエを排除する算段が立っていなかった。


 しかもしかも。その大魔王の本拠地に迫れる糸口になる筈の、人狼族とダ・ガーンの軍勢の失踪だが、レ・ガオルが調査を命じた瞬間にブエが現れたものだから、その命令は王宮で発生した極限の混乱で忘れ去られ、実行段階に移されていなかった。なにせはっきりと敵と分かる者が王宮にいるのだから、それどころではない。


 しかもしかもしかも、数少ない文官達も混乱しきっていた。


「政治が止まっているのは分かっている! だが機密を話さず、どうやって国王陛下の認可を頂ければいいのだ!?」


 その敵がいる王宮という場所で、まさか国家機密や計画のやり取りをする訳にはいかない上に、最終的な認可を下すレ・ガオルの隣に敵がずっとべったりなのだ。これでは政治をするどころではない。


 獣人王国の上層部は、たった一人の道化によって完全なる機能不全を起こしていた。


「国王陛下、こうなっては最早神殿に……」


「ほほういいですな! 私も皆様の神にご挨拶したいと思っておりました!」


 だが、まだ手は残っていた。


 重臣の一人が意を決して、獣人達にとっての聖域である神殿に駆け込むことを進言した。


 獣人達が信仰する神々は既に世を去って久しいが、それでもかつては確かに存在した神々を祀る場所だけあり、霊的な防御に関しては王宮をも凌ぐ。尤もこの進言、まだブエを悪霊の類と思っている証左でもあるが。


「馬鹿め! 王たる俺が、敵がいる場所から逃げろと言うのか!」


「流石ですなレ・ガオル国王陛下! いよっ! 世界一! 全種族一! あんたが国王!」


「黙れええええええええええええええええ!」


 しかし、強さを尊ぶ獣人達の王としてのプライドが、レ・ガオルにその選択肢を取らせない。


 勿論やせ我慢だ。野生が強すぎる獣から進化した獣人達は、生理的欲求に対する我慢が難しい。それでいて、先祖が弱肉強食の掟を生きてきた名残で、無防備な睡眠中は僅かな違和感でも起きてしまう繊細さを持っていた。


 これが自我の薄い蟲人だったり、生理的欲求のない機械生命体や悪霊、悪魔などなら、ここまで追い詰められることはないだろう。9種族の中で最も生物らしい獣人だからこそ覿面に効果があった。


 そのため、馬鹿げたブエの行動は、獣人達の種族的弱点をこれでもかと突いているのだ。


 人間達は知る由もない。人類を老若男女食い散らかし、恐怖の象徴の一人として恐れている絶対的強者が……。


 他の8種族の強者達からも、レ・ガオルは幾ら馬鹿でも、殺す算段を立てるときは、まず自分が死ぬ前提が必要である思われている覇王が……。


「ぼははははは! いやあ、暗黒騎士殿を思い出しますなあ! 反応がとっても素直でした! 今の国王陛下のように! ですが私と暗黒騎士殿は、最終的に親友となったので、国王陛下ともそうなれる筈です!」


「死ねえええええええええええええええ!」


「ぼはははははははははははははは!」


 レ・ガオルは、獣人王国は、たった一人の道化に見られ、話しかけられているだけで、敗北寸前に陥っていた。


 ◆


 ‐二度と会いたくない。まだ大魔王と戦う方がマシだった‐

 伝説の暗黒騎士ベオン

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