大魔王軍団最強最悪

「人狼達とダ・ガーン軍が未帰還だと?」


 獣人王国の首都の王城で、大柄な者ばかりの獣人の中にあって、更に倍の巨躯を誇る国王、獅子人のレ・ガオルが、王に相応しい鬣を揺らしながら顔を顰める。


 他の種族が意外に思っていることだが、獣人達は代々レ・ガオルの一族が治める王制である。だが、意外に思うのも無理はない。強い者が正義の価値観である獣人達と、同じ血脈が統治する政治体制は合っていないように思える。


 つまり答えは単純。


 レ・ガオルの血統は、代々最強を維持している、獣人達最強の一族なのだ。レ・ガオル自身も、鋭すぎる牙と爪だけではなく、体毛に覆われた筋肉の密度も常識を超えており、謁見した機械生命体達が本気で有機物ではないと誤認した、嘘のような本当の逸話すらあった。


 そして、人間達が結界に引きこもる前は、弱肉強食の理論に従い、兵を率いて老若男女を問わず人を食いつくし、人類の生存権を大きく削る活躍をした。尤も、王ですら気楽に前線に出る辺りが、人間以外の種族から、獣人全体が馬鹿にされている原因でもあるが。


 とは言え、そんなレ・ガオルですら、他の種族とは繊細な力関係で関係が維持されていることを理解しているので、抜け駆けを行った人狼達には激怒しており、帰還すればタダでは済まさないと思ってた。


「はい。不測の事態が起こっている可能性があります」


「例えば?」


「人狼達が人間を食い尽くしているのは間違いないでしょう。そうなれば大量の血が流れている筈です。それを嗅いだダ・ガーンの軍も、止めるどころか血に酔っているのではないかと」


「全く……」


 側近の言葉にレ・ガオルは心の底から嘆息する。


 人狼達を止めに行ったダ・ガーンの軍は、殆どが肉食の獣人であるため、その可能性は十分考えられた。


「象人を派遣して今すぐ止めてくるよう命じろ。ただでさえ9種族会議では吊し上げあられているのに、これ以上は拙い」


「はっ」


 顔を顰めたままのレ・ガオルが、比較的穏やかな獣人達を派遣して、馬鹿共を連れ帰れと命じる。人狼達が原因で、9種族会議で吊るしあげられたことは報告を受けており、一刻も早く対応しなければならなかった。


 そしてもう一つの報告も受けている。


「それで、9種族全部に喧嘩を売った、あー……」


「【大魔王の軍勢】ですな」


「そうそれだ。なんなのだ?」


「さて……」


 その報告は聞いた覚えがあるが、詳細を忘れたレ・ガオルが臣下達に問うたのは、9種族会議で全種族に宣戦布告した、獣人達を上回る大馬鹿者達、【大魔王の軍勢】についてだ。


「ぼははははははは! ご説明しましょう!」


 大魔王の軍勢について疑問に思ったレ・ガオル達だが、丁度いいタイミングで説明してくれる者が現れた。


「何者だ!」

「曲者!」

「取り押さえろ!」

「すり抜ける!?」

「報告にあった奴か!」


「初めまして! 私、大魔王の軍勢の末席で、可愛らしくちょこんと座っております、道化のブエと申します!」


 極彩色の道化服を身に纏い、目と口が三日月に笑う仮面を被った道化師ブエが、自分の体をすり抜ける衛兵達を気にせず、芝居のような一礼をしながら自己紹介を行う。


「どうなってるんだ!」

「くそったれ!」


「お前が報告にあった、9種族会議で宣戦を布告した奴か。なんの用だ?」


「おお! この道化のことを知っていて下さるとは恐悦至極! いやそれが本当にひどい話なのですよ! 皆様に宣戦を布告した後、一息ついて休もうとした私に、主はなんと言ったか分かりますか!? どっか適当なとこ行って、おちょくってこいと言われたのですよ! 大さっぱで雑すぎ!」


「ああ。態々人前に出て来て、堂々と機密を盗むつもりか」


 ブエと、彼の体を通り抜けてしまう衛兵達を気にせず、レ・ガオルはつまらなさそうに玉座から立ち上がると、一歩ずつブエとの距離を詰めていく。


 レ・ガオルの解釈は非常に常識的だ。どうやってか突然王城に現れて、誰も触れられないのだから、機密を盗み放題で見放題だ。そう考えると、諜報の分野でこれ以上恐ろしい存在はいないだろう。


 あくまで常識的な範囲で。


「ああいえいえ! 私、実のところ移動に関しては、床や扉などの物体に作用できますが、それ以外全くでして! 機密書類を取り出そうにも、収納に触ることが出来ないばかりか、紙を裏面にひっくり返されただけで何もできないのですよ! ですから、密偵としては失格も失格です!」


「そうか。死ね」


 【獣王滅拳】と名付けられたレ・ガオルの拳は、渦巻く闘気が凝縮された破壊そのものであり、実体がないゴーストすら消滅させる恐るべき一撃だ。現に紛争で対峙した9種族のうち、物理攻撃か聞かない筈の、最高位の悪霊すら殴り殺したことがある。


 玉座の間の空気を震わせるそんなものが、ブエの道化仮面に炸裂することなく、あっけなく通り過ぎた。


「は?」


「ぼはははははは! 霊体程度なら消滅できそうですが、それだけですな! モンク殿が見たら、鍛え方が足りないと言うでしょうか!」


 必殺を確信していたレ・ガオルが呆けた声を出す間も、ブエは特徴的な笑いを続ける。


「かっ!」


「ぼはははははははは! 気のすむまでどうぞ!」


 レ・ガオルが、なにかの間違いだと思いながら、拳で、足で、爪で、牙でブエを打ち倒そうとするが、尽くすり抜けるだけで、ブエの笑い声を止めることが出来ない。


「だめだ!」

「一体どうなってるんだ!?」


「幻をここに送り込んでいるだけか!」


「ちょっと違うと言うかなんというか! 正直なところ、私も完全に分かっていませんのでなんとも言えませんな! ま、そういったものと思ってください! かつての神や主すら、それぞれ自らの力を詳しく説明できないのですから! 考えるな感じろと言うやつです!」


 全く実体を感じさせないブエを、獣人達はありとあらゆる人材と手段で殺そうとするが、全く成果は得られない。そのため、レ・ガオルはブエがここにはいない幻影だと判断したが、他ならぬブエ自身も、自身の能力を完璧に理解できていなかった。


 ブエの言葉に嘘はない。実は人間世界でかつて存在した神々やテネラも、彼ら自身の力について詳しく説明することができていない。テネラなどは、普通の人間が自分の内臓とか脳を完全に把握できているか? 無理だろ。それと一緒なんだよ。できるんだからできるんだ。と、理解を諦めているため、その配下であるブエも同じだった。


「では国王陛下、暫く御厄介になりますぞ! おはようからお休み、浴室からトイレまで!」


「は?」


 そして、テネラからの命も嘘ではない。ブエは本当に、おちょくってこいと言われたのだから、それを実行するだけだ。具体的には一日中付きっきりで、レ・ガオルの隣にいることにした。寝てようと食事中だろうと、トイレにいようとである。


「ではとりあえず、歌を披露したいと思います! まずは軽く一週間程度でどうでしょう! その後はダンスを披露しますので、執務中でも場を和ませられると思いますぞ!」


「は?」


 二度もポカンとするレ・ガオル。


 冗談のように聞こえるかもしれない。だがかつて勇者パーティーに、最も脅威だったと言わしめた、ある意味大魔王軍の最強が、嫌がらせとおちょくりのためだけに、レ・ガオルに粘着するのであった。


 ◆


 ‐いいか? 冗談でもなんでもない。鬱陶しいを極めたら最強なんだ。勇者の馬鹿は気にせずぐうすか寝ていたがな‐

 伝説の暗黒騎士ベオン

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