ゴブリン軍団vs獣人軍
「一度だけ警告する! 貴様達は偉大なるテネラ大魔王陛下の領地を侵している! 即座に退去せよ!」
ゴブリン軍団の先頭に立ち、黒い槍を掲げてダ・ガーン率いる獣人達に退去を命じるのは、獣人達どころか人間から見ても子供程度の身長しかない、指揮官ギルギンである。その容姿だが特に特徴はなく、ギョロリした目も、漆黒の細長い手足も、ゴブリン達の平均を逸脱するものではない。
(これは仕掛けてくるな)
ギルギンが獣人達の動きを予測する。彼が逸脱しているのは戦に対する嗅覚だ。
ギルギン達がテネラから命じられているのは、ひとまず大魔王の領地と言える塔周辺にやってくる、人間以外の者を排除することだ。そのため、獣人達が警告に従って、素直に引くと言うなら追うつもりはなかった。
そして常識的な判断なら、五万のゴブリン軍団に対して、五千しかいない獣人側が仕掛けるはずがない。常識的な判断なら。
(まさか、今更侮りの気配を受けようとは)
ギルギンは、獣人達が突然現れたゴブリン軍団に対する混乱から収まると、侮り始めたことを敏感に感じ取った。それはギルギンにとって懐かしいとも言えるものだ。
確かに、小柄で貧弱そうなゴブリンを侮る者達はいた。それが人間という種であったが、彼らはゴブリン達がどのような存在であるかを知ると直ぐにその侮りを捨て去り、勇者達すら戦いの意識を持って彼らを蹴散らしていた。
ギルギンの予測は当たっていた。
「なんだあれは? ガキを集めてなんになると言うんだ?」
ダ・ガーンを含めほぼ全ての獣人達が失笑する。
元々獣人は一人でも、人間達の雑兵なら十人程度を相手をすることが可能で、精鋭や人狼族になれば、重装備の騎士や戦士を十人以上粉砕できるのだ。獣人達からすれば子供か赤子が群れているだけで、全く恐れる必要がない集団だった。
「しかし、人間のガキがあんなにいたとはな」
「柔らかいから食いやすいぞ」
「そうそう」
「おい、人狼族を止める仕事を忘れるな」
しかも、獣人達は同じ獣人同士なら顔の判別がしっかりできるのだが、これが悪魔や蟲人など完全に別種族になると、途端に顔だけではなく性別も含めて把握できなくなる。そのため目の前のゴブリン軍団を、この地が人の領地だと言うこともあり、人間が苦し紛れに編成した子供の軍と誤認した始末だ。
とは言えこれは若干仕方ないことである。人間も、例えば蟷螂型の蟲人と、蟷螂型の悪魔を全く区別できておらず、似たような話は枚挙に暇がない。唐突に様々な種族が入り混じった世界において、これはどの陣営でも頻発して起こる、ある意味日常茶飯事だった。
(肉体が優れていようと、どうも賢くはないらしい)
それを感じ取ったギルギンが、冷徹に獣人達に評価を下す。
実際、数と肉体的な強度が合わさり、9種族でも侮れない獣人達だが、それで大体なんとかなってきたせいで、知能と判断力はぶっちぎりの最下位。はっきり馬鹿と言ってもいいだろう。それこそ、獣人の政治的な立場をぶち壊して、人狼達が抜け駆けを行う程度には。
「よし突撃だ。蹴散らして人狼族を早く連れ帰るぞ」
そして、ダ・ガーンも真の馬鹿だった。子供の軍勢など、自分達なら一人で千は蹴散らせると考えて、全員に突撃命令を下した。
事実として、ゴブリンが人間の子供なら、成す術もなく粉砕されるだろう。
なにより、ギルギン以外の彼らは武器を持っていなかった。
「食い放題だー!」
「はっはっ!」
「うおおおおお!」
食べやすい餌に突撃する獣人達は、肉体的に優れているだけあって素晴らしい速度でゴブリン達に接近する。
犬、猫、獅子、熊、虎など、様々な肉食の獣人が、嗜虐的な笑みを浮かべて。
「槍構え」
ゴブリン達の手に突如現れた、漆黒の長槍に貫かれて絶命した。
「え?」
後方の獣人達は、同胞の体毛を容易く貫通して、背から突き出た血が滴る槍に困惑の声を漏らす。槍や剣などは、獣人達にとって軟弱の証明だ。牙も爪もなく、武器に頼る人間はその最たる存在で、今までそれらが獣人に通用していなかったこともあり、槍に貫かれるなど信じられない光景だった。
いやそもそも、武器を持っていなかったはずのゴブリン達は、どこから槍を取り出したのだ?
「矢を放て」
それだけではない。ギルギンの落ち着いた号令の元、軍団の後方にいたゴブリン達の手元に、漆黒の弓と矢が現れて、一斉に万を超す弓矢が放たれる。しかし、ゴブリン軍団と獣人達がかみ合っているのに、弓矢を放つのは味方ごと巻き込む恐れがあった。
「ぐあっ!?」
「いっ!?」
だが弓矢が刺さって悲鳴を上げるのは獣人達だけだ。放たれた漆黒の弓矢は、空中で軌道が微調整されて、獣人達だけに降り注いだのだ。
「きょんな子供だましししししし」
とは言え、単なる弓矢程度では分厚い体毛と筋肉に阻まれて、獣人達の命を奪うには足りない。現に弓矢があった獣人のほとんどがほんのかすり傷程度で……呂律が回っていない。
傷があればそれで十分だった。
「ごぶぶぶ」
「ぎゅびゅ」
「ど、毒だ!」
泡を吹いて全身から血を吹き出して倒れた始めた同胞に、獣人は矢に毒が塗られていたことを確信したが、毒なんて、そんなちゃちなものではない。
「お、おのれええ! 毒を使うとは卑怯な!」
バタバタと倒れる獣人達の中で、奇跡的に無傷だったダ・ガーンも毒と勘違いして吠える。戦いに勝つことがそのまま食事に直結する獣人にとって、獲物が食えなくなる毒の使用は禁忌に等しかった。
(ひ、卑怯?)
その叫びを偶然聞いたギルギンは、この時初めて兵士としての思考からほんの僅かに逸れた。なんでもありの戦場で、文句を言ったことに呆れているのではない。
(存在そのものが反則だった勇者達を相手にしたらなんと言うつもりだ?)
たった十人で、ギルギンを含めた軍団を真正面から突破して、塔にたどり着いた勇者達という名の理不尽を知っている彼は、獣人達が勇者を知ればどう思うか一瞬興味が湧いた。
魔女が天変地異と焦土を生み出した獄炎。
狩人の天に放った一矢が、万を超える光の雨と化して降り注いだ光景。
モンクが軍団を蹂躙して生み出した一直線の道。
ギルギンの体感では、つい先ほどそれを経験させられていた。
「囲んで殲滅しろ」
だが一瞬で兵士に戻ったギルギンは、矢傷で足が止まった獣人達を殲滅するべく命を下した。
その命を受けたゴブリン達が手に持つ、乱戦に向いた剣が黒く輝く。
当然だが、その剣も、槍も、弓矢も尋常のものではない。
『ゴブリン達よ。お前達には鋭い牙がない。爪がない。だが器用な指がある。故にこの加護を与える。闇から武器を作り出す力だ。この力を用いて、鉄すら容易く穿ち両断する槍と剣を、暗黒の呪詛が滴る弓矢を作り出せ』
ゴブリン達が生み出す武器の大本は、神々と争い続けた大魔王テネラから与えられた闇の加護によるものだ。
「ぎゃああああ!?」
「ぎゅぎぎぎぎ」
単なる生物に過ぎない獣人達がその武器に敵う筈もない。ゴブリンの武器によって、体毛と筋肉の鎧は抵抗もなく切り捨てられ、弓矢で傷ついた者は暗黒の呪詛に蝕まれて息絶える。
一方的であった。全てを貫通する最強の剣と矛、僅かな傷さえ許されぬ弓矢。それが五万のゴブリン全員が手にしているのだ。
「ばきゃな」
ギルギンとダ・ガーンの一騎打ちなど起こる筈もない。それどころかダ・ガーンは、ゴブリンの雑兵が無造作にはなった弓矢の傷がもとで、泡を吹きながら絶命した。指揮していた五千の兵と共に。
こんな存在を、かつての人間達が恐れない筈がない。ゴブリンという種は、小柄だろうと貧弱だろうと大魔王テネラの力にして武器そのものを持っているのだ。
だがその武器は砕けた。たった十人の手によって。
砕けた筈だったのだ。
「勝鬨だあああああああ!」
『オオオオオオオオオオオオ!』
ギルギンが漆黒の槍を掲げて叫ぶと、五万のゴブリン全てが天に吠える。
かつて勇者達に敗北したゴブリンは、今度こそ大魔王の先兵としての役割を完遂したのであった。
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