相対する軍と軍
(人狼族の馬鹿共め!)
9種族会議に参加していた獣人の代表と同じ思いを、虎人の戦士であるタ・ガーンも抱いていた。
種族通り二足歩行する虎である虎人は、素早さこそ人狼に劣るものの、その圧倒的なまでの筋力は紙を破くが如く人間をズタボロにすることも可能で、大きな口は人の頭を丸呑みにして噛み砕けるほどだ。
しかしそれは、あくまで最弱種族であり人間に対しての優位でしかない。
9種族の関係は繊細なパワーバランスで成り立ち、紛争やいざこざなど日常茶飯事である。それなのに会議の決まりを破って、人間の領地に侵入して抜け駆けをするなど、つけ入る隙と口実を与えるようなものだ。
勿論ダ・ガーンも、他の獣人達も、己達こそが至高の存在と信じて疑っていないが、二正面や三正面での戦いを強いられると不利になることは目に見えている。それ故に、決定的な決裂が起こるまでは、他の8種族との協調を演出しなければならない。
(人狼族共をなんとしてでも、連れて帰る必要がある)
だからこそ、それをぶち壊しかねない抜け駆けをした人狼族を止める必要があった。
(とは言え、お楽しみ真っ最中の人狼族を、この数で止められるか?)
ダ・ガーンは、獣人族の中でも高位の指揮官であり、犬人族や猫人族など、若干種が違う獣人を指揮する権限が与えられているため、人狼族が動いたことを知ると、即座に五千程の兵を集めて千名ほどの人狼達を追った。
だが、数で勝っていようと、人狼族は特に戦うことに特化している上、おもちゃである人間達を追いかけまわして興奮してことを考えると、素直に従ってもらえない可能性が高かった。
(しかもだ。ワ・グの所在が明らかになっていない。あれが興奮していれば手を付けられんぞ)
そんな不確定要素だらけの中、特にダ・ガーンが懸念しているのは、戦闘特化の人狼族の中でも最高の戦士、ワ・グがどこにいるか掴めていないことだ。それはつまり、人間達を襲いに行った者達の中にいることが予想された。
(犬人や猫人では無理だ。だが虎、熊、獅子から精鋭を集めてワ・グを囲んでも厳しい)
ここで問題なのが、ワ・グの戦闘力が桁外れなことだ。希少性や地位の関係上、獣人達の都から動かせないような例外的存在を除いた、実働戦力として最高位に位置するのがワ・グである。それが血によって興奮していると、平均的戦闘力を持つ犬人などではどれほど数を集めても止められないだろうし、種族的な差はそれほどない筈の虎人であるダ・ガーンでも無理だ。
いらぬ心配である。
最早人狼達も、ワ・グすらもこの世にいない。彼らは地面の染みと肉片になり果てている。
それもすぐ心配しなくてよくなる。
「な、なんだ!?」
「これはいったい!?」
「人間じゃないのか!?」
獣人達が信じられないものを見て混乱する。
ダ・ガーン達の軍が小高い丘を越え、
それはいい。今、直接的な脅威にはならない。
だが、森の前にダ・ガーン達を待ち受けていた者達がいた。
それは、大柄な獣人達からすれば小く、股に届くか届かないか程度の存在だ。しかし、数が多い。とにかく多い。丘から見渡す一面に、大地を黒く染める者達が見えていた。
再び黒く染まった姿。
漆黒の旗。
暗黒が形となった武具。
ギョロリとした大きな目。尖った耳と鼻。体のあちこちにある大小の瘤。ひょろりとした手足。
それは彼らの種族にとって
「大魔王陛下万歳!」
「大魔王陛下万歳!」
「大魔王陛下万歳!」
それらが大魔王を一斉に称え、天も地も、世界すらも震える。
神々に生み出されながら、ただ醜いと言う理由で失敗作と断じられ、なんの加護もなく見捨てられた我ら種族の無念。
その後、大魔王に拾われ、加護と生きる術を与えられたにも関わらず、恩を返すどころか、盾にも剣にもなれなかった我らの不甲斐なさ。
だが、今再びその役目を全うするための機会が訪れた。
「テネラ大魔王陛下万歳!」
「テネラ大魔王陛下万歳!」
「テネラ大魔王陛下万歳!」
彼らが。
大魔王テネラの眷属にして、暗黒の軍勢の先兵たるゴブリン軍団の一部。兵数
今、ゴブリン軍団五万と獣人部隊五千のお話にならない戦いが、数を超越してひっくり返すことがない、できない、正しいルール通りの圧殺が始まろうとしていた。
◆
‐なぜだ! なぜ作り出しておきながら、醜いというだけでゴブリン達を捨てた!なぜ加護の一つも与えてやらない! それが命を生み出した者のやることかよ! それでよくぞ善き神と名乗っている! 勝手に生み出されて勝手に失敗作と断じられたゴブリン達の思いが分かるか!? お前達が彼らを捨てるというのなら俺が受け入れる! これ以降ゴブリン達は暗黒の眷属だ!-
-ゴブリン達の伝説。善き神々と優しき神■■■■■の最初の亀裂-
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