悍ましき大魔王の配下達
「リブリートいるな! いるんだから返事をしろ! 3、2、1はい時間切れ!」
テネラ達が次に訪れたのは、本棚と本がある図書館と言えるような空間だが、勿論ただの図書館ではない。塔の外見に相応しいとてつもなく広いスペースと、見上げても遥か遠くに位置する天井まで一杯に、本棚と本が溢れている光景は圧巻だ。
図書館の名は安直に、大魔王図書館。偉大なる者達が記した本だけではなく、神々が記して人々に英知を授けた本の写本どころか、神話に登場する原本すら蔵書されており、伝説ではここに無い本は存在しないとまで謳われていた。
「今、我はクッソ忙しいんじゃ!」
「嘘つけ! 蔵書の管理とか一瞬で終わるだろうが!」
そんな本棚の迷宮とも言えるような場所から出てきたのは、若干童顔なことを気にして、それを誤魔化すために眼鏡をかけ、尊大な言葉を使う成人男性。
彼こそが大魔王の軍勢の一人にして、この図書館の管理人、司書リブリートである。
「あの戦いから何年たったか知らんが、その間この図書館に無い本が書かれているに決まってる! スペースを確保しなければ、それを迎え入れることすら出来んほど、どの本棚もギチギチなのだ!」
リブリートが忙しい理由は、この図書館の司書らしいと言うべきか。彼は、世に出回っているのに、自分の聖域にはない本の存在が許せないのだが、手に入れる前にまずは置き場所を確保しなければならない程、図書館は本でいっぱいだった。
「そういうのは後でも出来るじゃん!」
「もし魔女が魔道の学術書だったり、竜騎士が武勇伝を出版していたら即買いじゃろ! それなのに、持ち帰っても本棚に空きがなければ、床に積むことになるんじゃぞ!」
「リブリートさん。私が間違っていました。どうぞ作業を続けてください。あ、そうだ。馬鹿な神共が記した本を床に置いたらいいんじゃない?」
「んなことできるか! 本に罪はないわ!」
そんな図書館の整理より、自分の呼びかけを優先してくれよと訴えたテネラだが、ここでも勇者パーティーのことを引き合いに出されると、満面の笑みでリブリートに作業の続きを促した。
「またこのやり取りをしてるぞ。なあフェンリル」
『ワフ』
それにルーシーは呆れて、フェンリルも同意するかのように頷いた。
「じゃあ後で皆が集まるから、その時に来てくれよな!」
「うむ。整理する場所の目処は立ったから、その頃には顔を出す。ってなんじゃ?」
「いや……まともな別れの対応に感動してる」
「トゥーラとソナスがへそ曲がりなのは今に始まったことか」
下の階でトゥーラとソナスに、追い出されたような形のテネラは、リブリートが後の予定をきちんと了承してくれたことに感動して手で顔を覆った。
「よし! じゃあ後でな童顔! また会えて俺も嬉しいぜ!」
「このクソボケテネラあああああああああ!」
テネラは、それならバランスを取らないとなと、リブリートが気にしていることを捨て台詞に残し、憤怒の表情となった彼にボコボコにされる前に、本棚の後ろに隠されている階段を駆け上がった。
「子供か」
「ふっ。男はいつまでも悪ガキなのさ」
テネラは追いついて呆れるルーシーの言葉を肯定しながら、次の階の扉を開いた。
そこは塔の中なのに草原だった。次の階に繋がる螺旋状の階段が中央にある以外、壁すらない青空の草原。
だが。
「うん?」
「はん?」
『ワン?』
首を傾げるテネラ、ルーシー、フェンリルの視線の先にそれがいた。
「ぬああああ!? 分かった! 嬉しいのは分かったから! ちょっと舐めるの止めてくれ! もみくちゃになってる!」
雷が迸る馬、赤く燃える馬、毒々しい見た目の馬、青く凍てつく馬、土でできた馬。
そのような通常の倍ほどもあり、生物とは思えない馬に囲まれ、これでもかと舌で舐められているのは、黒いぼろ布が人型となっているナニカだ。
「はっ!? テネラ様! どうかお助けください! 友達が離してくれなくて!」
テネラ達を見つけて、低い女性の声でぼろ布が助けを求める。
彼女? こそが大魔王の軍勢の一人、騎手エリウスだ。
「うーん……邪魔しちゃ悪いしなあ……」
しかし助けると言っても、馬達は100頭を超えてエリウスを囲み、死んだはずの友との再会を喜んでいるのだから、テネラとしても手が出しずらい。
「後で皆が集まるから、それまでには抜け出してきてくれ。じゃ」
「見捨てるというのですかあああ!?」
それ故にテネラは、寛大な心で必要なことだけを伝えると、エリウスの断末魔を無視して次の階に向かった。
◆
「おーうナルヴァス。そんじゃ」
「おーうテネラ。あ、そうだ。油を差してくんね? おーい無視すんなー」
◆
ある意味で最後の階は、赤や青、桃色や黄色の花が咲き誇り、小川に水が流れる美しい庭園だった。
「ドリューの婆! セルパンスの爺! 耳がついに聞こえなくなったかゴラぁ!」
その美しい庭園の静けさを、テネラが無遠慮にぶち壊した。
「私が婆なら、あんたはとんでもない大爺だろうが」
花を植えていたのに馬鹿がやって来たと顔を顰めたのは、少しだけ顔にしわがある、目つきの鋭い40歳代ほどの女性だ。彼女は緑の長い髪を腰で結び、その服は庭園の作業には似合わない緑のドレスだった。
彼女こそが大魔王の軍勢の一人である、庭師のドリューである。
そしてもう一人。
「若作りの婆がまたなんか言うとるわい」
肩を竦めながらドリューを若作りだと言っているのは、小柄な80歳代ほどの翁で、貧民が着るような粗末な作業着を濡らしながら小川の整理をしていた。
彼こそが大魔王の軍勢の一人にしてもう一人庭師、セルパンスだった。
「どうして俺が呼んだのに来てくれねえんだ!」
「私のことを婆と言ってるくせに呼びつけるとは、敬老精神がないみたいだね」
「聞いたかよ爺さん。ついに婆が婆だと認めたぜ」
「おう聞いた聞いた」
「お黙り爺ども」
テネラの訴えに、ドリューはそんな面倒は御免だと顔を顰めた。しかしテネラは、あ、自分で婆だと認めやがったなとセルパンスと笑い、ドリューの額には青筋が浮き出る。
「ぷぷぷ」
「ルーシー、フェンリル。早くこの馬鹿を連れていきな」
「ああ」
『ワン!』
ぷぷぷと笑うテネラに対し、更にくっきりと青筋が浮かんだドリューは、テネラの外付け良心回路ともいえるルーシーとフェンリルに頼んで追い出しを図る。
「後で皆が集まるから、ちゃんと来てくれよ!」
「皆? ちゃんと了承したのは何人だい? リブリートだけじゃないか?」
「……また後でな爺さん!」
「おーう」
テネラはルーシーに腕を引っ張られ、フェンリルには足を押されながら後の予定を伝えるが、ドリューの言葉には答えることが出来ず、セルパンスに手を振るだけに留めた。
「さて……」
そしてテネラは、次の階に行くため階段を上がるのだが、ここから先は少し様相が異なる。
そこは……。
「謝る準備にもう少し時間くれない?」
「早くいくぞ」
『ワン!』
テネラのプライベートエリアともいえる場所で、彼の妻が後二人待ち受けていた。
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