恐ろしき大魔王の配下達

「それで? 儂達はどうするのだ?」


 ゴブリン達の出陣を見届けたルーシーは、夫であるテネラに問いかける。別次元の存在と敵対することは確定したが、詳しい情報はなにも無いため、本来は慎重に事を進める必要があった。それなのにテネラは、いきなり宣戦を布告することを決定した挙句、戦う以外に碌な方針もなかったので、一度きちんと考える必要があった。


 この辺りの短気さと計画性の無さが、かつては人間の醜さに対する失望と結びついて世界と敵対したのに、今度は人間を守ることになったのだから、ある意味で大魔王という存在の危険性を現わしていた。


「塔から出て来なかった奴らを引き摺り出す! 普通呼んだら来てくれるのが仲間だろ!? すっごい居た堪れなかったんだけど!」


「はあ……まあ、好きにするといい」


 そのテネラが優先したのは、自分が呼んだのに来てくれなかった塔の住人への文句だ。これには人外の美貌を持つルーシーも嘆息して、夫の好きにさせることにした。


「さあ行くぞフェンリル! 塔を攻略だ!」


『ワン!』


 思いついたらすぐ行動が座右の銘と言えるテネラは、足元で緑色の子犬となっていたフェンリルを抱きかかえると、自分の本拠地である塔に駆けだした。


 今ここに、大魔王の塔を大魔王が攻略する物語が始まったのであった。


「ぬおおおおお!」


 まずテネラを出迎えたのは、暗黒の軍勢が出陣した後に、勝手に閉まった木の扉だ。


 まさしく天に聳え立ち、雲にすら到達する塔なのだから、入り口にある両開きの扉は城の門よりも巨大だったが、気合を入れたテネラの手によって少しずつ開かれていく。


『ワンワンワン!』


 勿論フェンリルも主に従い小さな前足で扉を押すが、現在の子犬状態では全く役に立っていなかった。


 余談であるが、かつて勇者パーティーが塔に乗り込んだときは、魔女がとてつもない威力の魔法で扉をぶち抜いている。


「ふううう……」


 なんとか扉を開いて塔に足を踏み入れたテネラを迎えたのは、殺風景な光景だった。


 巨大すぎる塔の中なのにその壁の間隔は狭く、普通の通路が一直線に伸び、床には赤い絨毯が敷かれている。そして、最大の特徴は壁に中身がない絵画用の額縁が、奥までずっと飾られていることだろう。


 それはまるで、なにも飾られていない絵画の美術館の様だった。


「さて……」


 テネラはその一直線の通路の奥に存在する、人間の倍以上の大きな額縁に手を伸ばすと……。


「トゥーラさーーーーん! 夜ですよーーーーーー!」


 額縁を壁から引っぺがす勢いで、ガタガタと揺らしながら叫んだ。


 一見するとおかしな行動だが意味はあった。


「うっさいわよ馬鹿!」


 なんと巨大な額縁から、小柄で可愛らしい顔立ちの少女が飛び出してきて、テネラの暴挙に怒りを露にした。


 その少女はなんとも特徴的な髪色で、赤、青、黄、紫、緑など様々な色合いが混ざり、粗末な作業着は同じ色合いの絵の具まみれで汚れきっていた。


 彼女こそ大魔王の軍勢の一人、絵師トゥーラであった。


「なんで呼んだのに来てくれねえんだよ!」


「私の作業の邪魔すんな!」


 尤も、テネラに対しては敬意の欠片もなく、普段は大きな瞳を歪めて怒鳴っている。


「俺の呼びかけより大事な作業ってなんだ!? まさか俺のこと嫌いになったのか!?」


「フェンリル。あの馬鹿亭主を食べていいぞ」


『わふ』


 一見すると少女のトゥーラに、捨てられたダメ男そのものな台詞を叫ぶテネラ。そんな夫に無表情となったルーシーはフェンリルを嗾けるが、子犬はまあまあと言った雰囲気を醸し出して、ルーシーの足先をポンポンと叩いた。


「勇者達と私の激闘を思い出しながら、絵を描いてる最中なのよ!」


「お邪魔して申し訳ございませんトゥーラ様。ささ、どうぞ作業を続けてください。完成したら最初に見せてくれよな? な?」


 今にもトゥーラに縋り付きそうだったテネラだったが、彼女が勇者達の絵を描いているとなれば話は違うと大人しくなった。


 そう、この塔にいるということは、トゥーラもまた勇者達に敗れて眠っていたのだ。


「まあでも、全員集まったら後から来てくれよな!」


「はいはい!」


 テネラの言葉を聞いているのかいないのか、トゥーラは気のない返事をして、額縁の中に吸い込まれるように消えていった。


「ふう……これで一人目とかヤバくね?」


「ふん。なにを今更言っている」


 まともに相手をしてもらえなかったテネラは、一仕事を終えたと額を拭う仕草をして、ルーシーに助けを求めたが、彼女は鼻で笑うだけだ。この塔にいるのは、テネラを含めて癖がありすぎる連中なのだから、ルーシーにしてみればこうなるのは当たり前だった。


 しかし、若干ルーシーの予想が外れたことも起こった。


『それと! また会えて嬉しいなんて思ってないんだからね!』


「ちーん!」


 いなくなった筈のトゥーラの声が通路に響き渡ると、テネラは懐から紙を取り出して鼻をかんだ。二人は長い付き合いであり、その捻くれた言葉の意味をテネラは正確に理解していた。


「よ、よし! 次はソナスだ!」


 気を取り直したテネラが、奥に隠されている階段へ向かうが、ルーシーとフェンリルは顔を見合わせる。


 その名の持ち主は話自体は通じるのだが、話が通じない環境にいる。どういう意味かと言うと。


『◆■◆◇□◇---------!』


 テネラが階段を上った先にある扉を開けると、音なのに襲い掛かって来ると表現できる衝撃波が、テネラ達の鼓膜を震わせた。


 そこは石で組まれた古めかしいコンサートホールで、テネラ達に背を向けて礼服を身に纏っている男が指揮棒を振るうと、宙に浮いている数百もの弦楽器と打楽器が一斉に音を奏でる。しかし、楽器は通常の大きさにも関わらず、物理法則を無視したかのような凄まじい爆音を発生させており、とてもではないが調和のある演奏とは言えなかった。


「ソナスーーー! 演奏を止めろおおおおおおおおおお! おおおおおい聞こえてるかああああ!?」


「隣にいる儂にすらなにを言ってるか分からんぞ!」


『くうん』


 その音を止めようと叫ぶテネラだが、爆音のせいでその声は隣にいるルーシーでも聞き取れないほどだ。なお、フェンリルは器用に自分の耳を前足で押さえていた。


「ソナスーーーーーーー!」


 仕方がないのでテネラは、音の爆心地であるコンサートホールに乗り込んで、楽器と男との間に割り込んだ。


「んんん? これはこれはテネラ様。どうされましたかな?」


 それでようやく、銀の髪を後ろに流している男、いや、年若い青年がテネラに気が付いた。


 外見は目つきが悪いテネラよりもよっぽど美青年で大人びており、人の世界に紛れ込んだら忽ち女性たちに囲まれるだろうが、その瞳はどこか怪しい輝きを宿していた。


 彼こそが暗黒の軍勢の音楽家、ソナスである。


「この音を止めろおおおお!」


「はい? もう一度言ってくれませんか?」


 だが彼も癖があった。主の筈のテネラ話しているのに、自分が操っている楽器を止めず、しかも音を止めたらいいのに、なにを言っているのか分からないと態々聞き返したのだ。


「音! 止めろ! 今! 直ぐ!」


「すいませんもう一度ぐえっ!?」


 仕方がないので短気なテネラは実力行使に出て、ソナスの腹に拳を一発ぶち込み、彼の口から呻き声が漏れると、ようやく楽器の演奏は終わりを迎えた。


「音。止めろ。今。直ぐ」


「も、もう止まってるじゃないですか。折角、勇者達との戦いをテーマに一曲作ってたのに……」


「そうだと思ったんだ! さあソナス君! もう一度演奏してくれたまえ!」


 楽器の演奏が終わったのに、もう一度同じ言葉を繰り返したテネラだが、先ほどの爆音が勇者達との戦いを現わしていると聞くと、にこやかにリクエストした。


「音楽家は落ち着いた雰囲気じゃないと曲を作れないんですよ。後で聞かせますからどっか行ってください」


「邪魔したねソナス君! あ、後で皆が集まるからその時には来てね!」


「はいはい」


 トゥーラと全く同じようにあしらわれたテネラだが、勇者達との戦いを曲にしていると言われれば引き下がるしかない。


 テネラはコンサートホールの奥に隠された階段を上りながら……。


「ふう……これでまだ二人目とかヤバくね?」


「だから何を今更言っている」


『ワン!』


 冷静になって溜息を吐くものの、ルーシーは肩を竦めて相手にせず、フェンリルは元気出せよとテネラのつま先をポンと叩いた。


 そして次の扉を開ける直前。


『◆■■■◆◆!』


「全く……」


 下から聞こえた爆音にテネラが呟く。


 それはかつて、勇者達が乗り込んでくる直前、ソナスが最後に一曲だけと言って、テネラに披露した爆音だった。

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