一応大魔王と一応配下達
時間は道化師ブエが宣戦布告するよりも前。人狼達が全滅した直後まで遡る。
「さあ集え! 我が暗黒の星々よ!」
大魔王テネラが、ゴブリン達暗黒の軍勢改め、光に塗れた軍勢が集う、己の拠点である塔の前でそう高らかに宣言した。
テネラが招集したのは、大魔王に従い世界に反旗を翻した、怪物の中の怪物達である。
が。
「あ、あれ?」
何も起こらなかったし、誰も来なかった。
「お、おーい!」
テネラとしても全く予想外の出来事で、先ほどの威厳と怒りはどこへやら。慌てて塔に大声で呼びかけるが、その姿はどこか哀愁が漂っており、ゴブリンやオーク達どころか、先ほどまで怯えていたルーカスとリアンの兄弟すら、思わず顔を見合わせていた。
「えーっと、みんなー。今忙しい感じー?」
そのうちテネラは、呼びかけた者達の機嫌を窺うかのような口調となり、年相応の青年としか言いようがない存在に落ちぶれてしまった。
「ブエエエエエエエエエ! どうなってるんだコラ! 早く出てこいやあああああああああ!」
だが、道化師ブエに対してだけは扱いが違うようで、テネラは怒声を上げて呼び出した。
「ぼははははははは! いやあお久しぶりと言うべきですかな! とは言っても、どれだけ眠っていたか分からないのですが!」
すると名を呼ばれた、極彩色の道化服に身を包み仮面を被った道化師ブエが、役者のような一礼をしながら突然現れた。
「呼んだんだから来いよ!」
「え? 呼ばれましたか?」
道化の丁寧な一礼は、テネラにはなんの感慨も齎さなかったようで、彼は両手を広げて怒りを露にした。しかし、ブエはなぜ怒られているのか分からず首を傾げる。
「呼んだよ! さあ集え! 我が暗黒の星々よってな!」
「ぼははははははは! 主ってば、私達をそんな風に呼んだことないのに、分かる訳ないでしょう! ノリと勢いで行動するのは変わってませんな!」
「うっせえ! お前なら分かってくれると思ったんだよ! あ!? すり抜けやがった! 一体どうなってやがるんだその能力!」
「理不尽極まるんですけど!?」
ブエはテネラを主と呼びながら、その声音には敬意が一欠けらもない。テネラはテネラでそれを咎めると言うより、単なる逆切れ気味にブエの腹に拳を突き入れるが、抗議するブエの体はやはり実体が無いかのようで、拳は通り抜けてしまった。
『くうん』
「フェンリルー。俺の味方はお前だけだよ……」
信じていた者達に裏切られたテネラだが、いつのまにか一仕事終えた緑と沼の化身であるフェンリルが、なんと子犬程程の大きさに変わり、主を労わるようにテネラの足先にポンポンとお手をした。
「それでこちらの方々はどうされるんです?」
「色々話を聞かないといけないんだけど、お前って子供と接したことある?」
「ぼはははは! ある訳ないの知ってるじゃないですか!」
ここでようやくテネラ達はじゃれ合いを止めて、ルーカスとリアンの兄弟について話し合う。
「リ、リアンだけは助けてください!」
「おにいちゃんダメ!」
テネラが大魔王と知ってなお、ルーカスは弟を助けるために懇願したが、リアムはそんな兄を引き留めるため服を掴む。
幾ら相手が大魔王だろうと、彼らは兄弟で家族なのだ。二人の感性では、家族は仲良くするものであり、助け合うものだが、人が決して美しいだけではないことを知っているテネラにとって、それは星々の輝きと同じだった。
「勇者あああああ! 見ているかあああああ! 俺が大魔王と知ったのに、この二人は自分じゃなくてお互いを守ろうとしているぞおおおおお!」
「ああお二人とも、不審者が本当に申し訳ありませんね!どうも勇者殿達にぶっ殺されたせいか、大魔王から大馬鹿になってるみたいでして! って元からでした! ぼははははは!」
だからこそテネラは、その人間の輝きをこれでもかと自分に見せつけ、自分を破った勇者達に報告するように、夜空に向かって叫んだ。尤も、その突然の行動はブエが兄弟達に謝罪したように、完全に不審者で大馬鹿の行いだったが。
「闇より生まれし暗黒の乙女達よ! 子供にはお前達だ!」
更にテネラは突然、聳え立つ塔に向かって誰かを呼んだ。
が。
「あ、あれ?」
やはり何も起こらなかった。
「主主、そんな仰々しい呼び方して、やって来るような人達じゃないでしょ。ほら、簡単でちゃんとした呼び方あるじゃないですか」
テネラは居た堪れなくなって、思わずブエをチラリと見てしまい、ブエはこっそりヒントを与えるように囁いた。
「嫌だ」
「嫌だって言っても、子供の相手にはピッタリじゃないですか。何が起こってるか聞きだすんでしょ?」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ほらほら。短い単語ですよ」
それをきっぱりと拒否したテネラだが、代案が他にないようで、それはもうしかめっ面になっていたが、やがて諦めたように覚悟を決めた。
「我がむ、む、娘達よ!」
テネラは、心底言いたくない言葉をなんとか捻りだして叫んだ。
「はーい!」
「お父様おはようございまーす!」
「聞いた聞いた? お父様が娘達だって!」
「ついに認知してくれたのね。およよよよ」
「見て見てあの嫌そうな顔!」
「やっぱり認知してくれないんだわ!」
すると、塔から人影が飛び出して宙を舞い、厚手の布を纏った十人を超える年若い乙女達が、テネラ達の前に着地したが、華やかでもとにかく騒がしかった。
乙女達は体型、髪色、瞳の色もバラバラで、金髪黒髪だけではなく、深紅や青色の者もいた。肌はシミ一つなく白いが、病的ではなく生命を感じさせ、共通して言えるのは、安直な表現だが美しいことだろう。
「認知もなにも、俺の子供じゃないだろうが!」
そんな乙女達の認知と言う言葉を、テネラが大声で否定する。彼の言う通り、乙女達とは直接的な血縁がなく、単に乙女達がテネラを揶揄っているだけである。
「あ、お母様だ」
「ほんとだ。すっごい怒ってるんだけど」
「お父様ご愁傷様」
「え!?」
とは言え、疑似的な親子関係でもある。これまた直接的な血縁関係はないが、乙女達が母と慕う女性と、テネラは夫婦関係だった。
「テネラああああああ! 普通そこは、儂を真っ先に呼ぶところだろうがああああ!」
「ひええええ!? ごめんなさいルーシー!」
そのテネラの妻の一人、ルーシーが怒りながら塔から出てきたので、テネラは謝り倒すしかない。
乙女達が美しいなら、ルーシーは美しすぎた。
自然界では生み出せないと断言できるほど、目、口、鼻、耳すらも完璧な調和を形成している。そして青い瞳は青空のそのもの。赤い唇は男の誰もが目を離せず、腰まで流れる金の髪は、同質量の金すら色のついた石に貶めるだろう。
その体を薄い布が覆って、人間が想像する最も理想的な人体の黄金比とも言える起伏を露にし、肌は白いどころか薄っすらと光り輝いていた。
「どう考えても呼ぶ順番を間違ってるだろうが!」
「仰る通りです!」
普段なら。
今は、道化と乙女達を呼んでおきながら、妻である自分を呼ばなかったことに憤怒するただの女だ。
「僕達、どこから来たの?」
「今って何年?」
「勇者達ってどうなった?」
「今の人間ってどうなってる?」
「えっと、その」
そんな一方的な夫婦喧嘩を放っておいて乙女達は、ルーカスとリアンの兄弟に次々と質問攻めにする。
勿論その間、ゴブリン達は賢明にも沈黙を守っていた。
これで乙女達が邪悪そのものな容姿をしていたり、テネラのような情緒不安定だったり、ブエのような如何にも怪しい姿だったら、ルーカス達も抵抗しただろう。しかし、乙女達は華やかで美しい人間の姿だったことと、今日は混乱することばかりで思考力も鈍っていたこともあり、ついつい知っていることを話してしまう。
最早伝説としてしか語らていない勇者と大魔王の戦い。
狭間の変という世界が変わった天変地異。
そして、異なる次元の者達によって、人類が滅びかけていることを。
勿論、子供であるルーカスとリアムが知っていることはたかが知れているが、勇者に敗れてから時間が止まっているテネラ達にとっては、なにもかも知らないことばかりだ。
「その子達の親を探してやってくれ。後、逃げてる人間達に接触して、落ち着かせろ」
「はいお父様」
「それじゃあ行きましょうねー」
「お名前なんて言うの?」
一通り話を聞き終えたテネラは、乙女達にルーカスとリアン兄弟の親を探し、人狼達の襲撃の混乱が収まっていない人間達をなんとかしろと、手順は考えずにぶん投げた。
「あの、えっと、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「おーう。ま、気にするな。俺が大魔王ってことは変わりないしな」
ルーカス達は現状をまだよく分かってないが、とりあえず助けてくれたらしい大魔王に頭を下げて礼をすると、テネラはヒラヒラと手を振って兄弟を見送った。
「ブエ」
「はっ!」
兄弟が乙女達に連れられて去っていくのを見届けたテネラは、傍で控えていたブエに声を掛ける。先ほどまでのおちゃらけていた筈の道化は、恭しく頭を下げていた。
「ちょっといい感じの場所で宣戦布告してこい。お前なら見つけられるだろ。宣言は後で伝える」
「ぼはははは! 承りました!」
テネラの命にブエは突っ込むことなく、現れた時と同じように突然姿を消してしまう。
「悪い。また馬鹿やるわ」
「なに。あの日、愚かな神々の手より助けられた時から、儂はお前の女だ」
テネラはごきりと首を鳴らしてルーシーに謝るが、彼女は気にするなと言わんばかりに微笑んだ。
「ギルギン!」
「ははあっ!」
テネラに大声で呼ばれたのは、光り輝く装備を纏って軍勢にいた、ギルギンと言う名のゴブリンの一人だ。
「再び一番槍を振るってくれるか?」
「我らゴブリンにお任せくだされ!」
軍勢の中で最も小柄。最も貧弱のゴブリン達。その長であるギルギンが、自分達の神に対して再び忠誠を誓う。
今、暗黒の化身でありながら、光の軍勢と化した者達が行軍を始めようとしていた。
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