宣戦布告

 9種族会議。それは【狭間の変】が起こり、無茶苦茶になってしまった世界と種族間の関係を、ある程度だがコントロールするために行われる会議だ。


 参加種族は獣人、蟲人、吸血鬼、魚人、悪霊、悪魔、巨人、ドラゴン、機械生命体の9種。


 一見すると強大な悪魔、巨人、ドラゴンが、利害関係を調整する必要はないと思われるが、この3種族は他に比べて圧倒的に数が少ない。一方で獣人や蟲人はとにかく数が多く、吸血鬼や悪霊は死に難い。魚人は本拠地が海という地の利があり、機械生命体は悪魔達ですら理解不能な存在だったため、とりあえずは会議に参加して隙を窺っているといった様相だった。


 勿論、人間という弱小種族に席はない。それどころか獲物であり、今回会議が開かれたのは、獲物を横取りしようとした獣人を詰問するためだった。


「困りますねえ。人間の領地を攻め取るのは、タイミングを合わせて競争ということで話が纏まったじゃないですか」


「人間達が攻めてきたから反撃しただけだ」


「ほうほうほう! つまり獣人は人間に攻められるほど弱い種族だったと!」


「貴様!」


「おおっと、ご自分の言葉を覚えていないのですかな? 正直に言えばいいじゃないですか。人狼達を全くコントロールできていない無能だと」


 天井のない白亜の宮殿。そこに設けられた円卓に座った、ドラゴンの奉仕種族である2足歩行のトカゲというべきリザードマンが、爬虫類の顔に似合った嫌らしい笑みを浮かべて、獣人の代表である虎人を嘲る。


 巨大な大陸の中央に位置し、9種族全てと生存権が接していながら、最弱だった人間の領地を攻める際、彼らはまるでよーいドンで始まるゲームのようにして、早い者勝ちのルールを定めたのだ。


 その後一旦は人間の結界に阻まれたため停滞していたが、それを破壊する術が悪神によって行き渡ったことで、再び競争の合図を発することになった。筈だった。


(あの馬鹿共め!)


 虎人が心の中で人狼達を罵る。

 合図の前に獣人達の中で最も好戦的な人狼達がフライングを行い、人間の領地に侵入したことが露見したことで、虎人は無理な釈明に追われることになった。


「人狼の咎は人狼が負わねばなるまい。ワ・グを差し出すというのなら目を瞑ってもいいが」


「吸血鬼よ。ワ・グは悪魔として再誕するのが相応しい」


 一見すると人間とそう大差ないが、血の気が全くない吸血鬼と、捻じれた角を持つ山羊頭の悪魔が、目をつけていた人狼の強者、ワ・グを寄越せと圧力を掛ける。


「なんらかのペナルティはあって然るべき」


「同意」


 タツノオトシゴを無理矢理人型にした魚人が、獣人達に対する罰を提案すると、洗練された赤い騎士鎧を着込んだかのような機械生命体が同意した。


 一方、蟷螂の蟲人、黒い襤褸切れを纏った悪霊、特注の巨大な椅子に座っている巨人は我関せずと静観している。


 彼らは余裕なのだろう。


 呑気なことだ。


 もう人狼達は地面の染みになっているのに。


「ぼははははは! 失礼しますぞ!」


「なに!?」

「何者だ!?」

「取り押さえろ!」


 その呑気さも、円卓の間に赤やピンクの派手な色合いの道化服を着て、三日月のような目と口の笑い顔になっている、これまた道化の仮面を被った男がいきなり現れたことで霧散する。


「申し遅れました! 私、道化のブエと申します! 主から皆様方にメッセージを送るよう命じられました!」


 道化のブエが手を横に広げながら恭しく跪いた。


「なんだこいつ!?」

「すり抜ける!?」


「あ、この私は本体ではない幻影ですので、何をしようと無駄でございますぞ! そういった能力とお考え下さい!」


 何もないところから現れたブエを排除しようとした9種族の護衛達だが、ブエは実体がない幻のようで、掴むことすらできない。


「態々自分の力を言いふらすとは愚かだな」


「ぼは! ぼはは! あはははははははははははは!」


 その様子を眺めていた吸血鬼が、少しとはいえ自分の能力だと明言したブエを嘲笑うも、ブエは何がおかしいのか腹を抱えて大笑いした。芝居がかった笑い声が、本心からのものになるほど。


「あいや申し訳ありません! 我を忘れて笑うなど、道化にあるまじき行為でございました! そうでございますとも! 傲慢故に我らは人に敗れました! 完膚なきまでに真正面から! たった10人の人間に! かく言うこの道化めも、勇者殿達に討ち取られております!」


 ブエの弁解だが、9種族の者達には全く意味が分からない。勇者という単語もそうだし、討ち取られたというのは死んだという意味の筈だ。その上、人に敗れたと言うではないか。


「しかし、なんと……なんと偉大な人間達だったことか……あの方の無聊を慰めることが出来なかった、この不肖の道化めの後悔すらも受け取って、ついにはあのお方を打ち破り、心を動かされたとは……」


「結局何をしに来た!」

(このまま月狼族の件を有耶無耶にする!)


「ああ申し訳ありません! 昔から話が逸れる上に長いしくどいと、勇者殿達どころか主にも言われておりますが、何分性分なものでして! まあその主だけには言われたくないんですけれどね!」


 訳の分からないこと言ったかと思えば、今度は何やら感慨深げに呟くブエに、しびれを切らした虎人は机を叩きながら立ち上がる。当然その意図は、人狼達のやらかしを誤魔化す為であり、ブエの登場はむしろ好機だった。


「用件は簡単でございます! 我々もこの戦いに参加をさせて頂きます! まあ一方的にですがね! ぼほほほほははははは!」


「つまり復讐するために会議に参加すると? ふん」


「人間如きに負けた奴が何を言う」


 魚人と吸血鬼が、自ら弱小種族である人間に敗れた雑魚だと宣言した者が何を言うのだと嘲笑う。彼らからすれば、どうやったら人間に負けるのだと教えを請いたいほどだ。


「ぼは! ぼははは! あはははははははははははははははははははは!」


「くそ! どうなってやがるんだ!」


 だがそれをブエはどう捉えたのか、再び本当に可笑しくて堪らないと腹を抱えて大笑いする。護衛達は、その道化を抑え込もうとしたが、どうやっても掴むことすらできず悪態を吐く。


「いや本当に失礼しました! そんなまさか! 人と我々の格付けは済んでいるのですよ! 彼らが勝者で我々が敗者なのですよ!」


 我を取り戻したブエが、大袈裟に両手を振って否定した。


 すでに勝敗は決している、と。


「ですが我々に打ち勝った人が、あなた方に負けるのは許容できません! 我々はあなた方に負けてはいないのですから! あ、何度も我々って言って申し訳ありません!」


「つまり……」


 9種族の者達は困惑した。話の流れから先を察することができても、それをする意味を全く見出せなかったのだ。


「ええ、ええ、ええそうですとも! この道化めはメッセンジャーとして、あなた方に宣戦布告をしに来たのです! しなくてもいい宣戦をするなんて、愚かそのものですけど!」


 ブエの答えは9種族の予想通りのものだった。だがやはり、理由が全く分からない。なぜ人に敗れたと言っておきながら、その人に味方するというのか。


「では改めまして正式に。ここに【大魔王の軍勢】はあなた方に宣戦を布告いたします。最後になりますが主のお言葉をお伝えします」


 赤子も! 子も! 若人も! 親も! 年寄りすらも! 人は全て可能性と未来を持っているのだ! それを他所の連中が無遠慮に摘み取るだと!? そんなことを俺が許容するものか!


 俺は勇者達に! 人に敗れたのだ!


 ならばあの光に敗れたこの俺が、それを絶やす者を前にして何もしない訳がないだろう!


 この大魔王テネラが!


 人の未来を絶やしはしない!


「以上になります。我々には、敗北者には敗北者の矜持があるのですよ」


 それこそがまさに、人の醜悪さに失望して彼らを消そうとした理不尽の権化にして絶対悪。魔王の中の魔王。大魔王と付き従った者達の……勇者達に、人間に敗北した者達の矜持だった。



 ‐大魔王の配下で最も脅威だったのは、だと? あの道化だ。行く先々でベラベラ一方的に話しかけられて心底うんざりだった。しかも精神攻撃とかじゃなく、全く意味のないことばかりなんだぞ。鬱陶しいのは立派な攻撃だと教えてくれた。いや、聖女が料理の味付けをしくじったことをばらしたときは、精神攻撃になってたか‐伝説の暗黒騎士ベオン

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