女装男子だが異世界で国母になった件

FakeZarathustra

第1話

 俺は所謂女装男子で、夜中の無人駅でコス写を撮っていた。

 欲しいのはいいねと、可愛いのリプライだけだ。

 いいさ、承認欲求のバケモノと呼べばよい。


 服装は真っ赤なドレスで、なかなか出来がいいのでかなりテンションが上がっていた。

 撮れ高は上々、カメラのメモリはいっぱいだ。

 空がうっすら明るくなって来た。そろそろ始発がやって来る時間だな。

 カメラを三脚から取り外し、ストラップを肩に掛ける。畳んだ三脚を小脇に抱えつつ、スカートをたくし上げた。

 コンクリで覆われた階段と地下通路を通り、小さな駅前広場に出たつもりだった。


 だが、そこにあったのは小さくて可愛い俺の愛車ではなく、荘厳なヨーロッパの城塞の中であった。

 一瞬にして夜明けから明るい日差しに変わり、振り返っても暗い近代的な鉄道駅は消え失せていた。


「何者か!?」

 近くにいた女性騎士――でいいのか?――に誰何を受ける。何と答えよう?

 その言葉は明らかに日本語ではなかったが、俺の頭の中では理解できる形で聞こえていた。

 職質を受けたときは素直に答えるのが一番だ。

「周防信司です」

 女風の声も出せないことはないが、男の声を出した。完全に不審者である。

「ここがどこだか分かっているな!?」

 騎士は声も姿も凜々しく、それでいて可憐であった。

「いや、それが……」


 不審者ではあるが、丁重に扱われた。

 服が豪華だったからだろうか? スマホやカメラと言う"光る"道具を持っていたからだろうか?

 玉座の間に通されて質問を受ける事になった。

 二つの玉座には二人のお姫様が座っていて、如何にも美しい。

 二人はそれぞれに俺に質問した。


 質問は、スマホやカメラの事、服装からそこそこ身分が高そうだが何処の誰か――と言う事であり、自分が女装男子である事は一切触れられなかった。

 俺はしどろもどろになりながらも、異世界から来たのではないかと答える。

 流石に相手も困惑した表情だった。

 周囲を取り囲む人々は、貴族的な人から司祭的な人から皆女性だった。

 ああ、この国は女の国なのだなと勝手に理解して、取り敢えず身の安全だけを考えて、相手の価値観は傷つけまいとだけ心がけた。

 その気遣いがウケたのかどうか、「この異世界からの客人を歓迎しよう」と、一人のお姫様が宣言し、もう一人が追認した。


 それから二人のメイドが宛がわれ、お世話をされる事になった。

 二人とも若い。十代半ばに見える。こういう世界なら十分働いている歳だろうけれど。


「お疲れでしょう、湯浴みをされますか?」

 確かに体臭が気になる。俺は快諾し、ドレスの脇ファスナーを下ろした。

 すると二人は目を丸くした。

 そうか、ファスナーが存在しないのか。

 イミテーションの宝石、インナーの素材、シリコンバスト、全てがこの世界にはないものなのだ。

 二人は驚きつつ丁寧に脱がし、俺はトランクス一枚になったのだ。

 流石に女性二人の前で脱げないと思ったが、二人は驚くこともせずに脱がし、湯浴みの準備をする。

 間に挟まれる会話は、"流石異世界"と言う話ばかりで、俺が男である事には一切触れないのだ。

 拍子抜けしながらも、素材のこと、技術のことを語れる範囲で語った。

 そして、背中を流して貰いながらふと、身の上話を始める。


 別に自分の事をトランスジェンダーだとは思っていない。

 ただ、美しくなれること、可愛くなれることが楽しくて、大学卒業後の進路が決まってない事もあって、今は女装カフェで働いている。

 いや、そんなのは他人向けの戯言だ。

 少しばかりチヤホヤされただけで、人生に求めるものがぶっ壊れただけだ。

 そんなことを言って、「男でごめんね」と言うと、「いえ、私達も男ですし」と言われてしまったのだ。


 今度は、異世界のことを尋ねるターンに入っていた。

 この世界に国は一つ、自治州的なものを言えば幾つもあるが、まぁ緊張関係にはない。

 そしてこの世界には、男性も女性も衣類に違いがないと言うこと、体格差もそれほどない事から、男女の扱いに差がないのだ。

 敢えて言うなら、子供を産める身体か産めない身体かの違いだ。かといって、一夫一婦制ではなく、子供を産めば育成、教育期間に預けられる。そこで優秀な人間が要職に就き、階級も一代限りの役割分担でしかない。

「ユートピアかよ!」

 二人は「地域による格差がありますし、容姿によってモテるモテないがありますから」と微笑んだが、そんなものは俺の世界でも当然ある事だ。羨ましがっていると、「信司様の世界には沢山の夢のような技術があるではありませんか?」と言われたのだ。


 身体を綺麗にして貰い、メイク道具を借りると、現代日本のものとの違いに戸惑いつつ、なんとか女装を完成させた。

 この二人のメイドが男だと考えると――このナチュラルメイクでこの可愛さだと言う事実を突き付けられると、自分が如何にも惨めな女装にさえ思われる。

 二人は鏡を差し出して「お美しいですよ」とお世辞を言ってくれる。

 別にこの世界の化粧品が悪いと言う訳でないし、実際普段並みの顔になっていると思うが、どうしても素直に「お美しい」が受け入れられなかった。


 街を散策する。

 皆笑顔で豊かに見える。浮浪者的な人は目に付かない。

 わざと隠されているのか? それは知らない。

 皆笑顔で、そして若く、美しい。

「若い人が多いけれど」

 そうだ、年寄りどころか中年ぐらいの姿も見えない。

 尋ねると、「そうお見えになりますか?」二人は不思議そうな顔をする。

「皆さん、立派な大人に見えますが?」

 不思議に思い、二人の年齢を聞けば、思った通り十五歳と十四歳だった。

「悪いけど、俺の事、何歳に見える? 正直に!」

 実年齢は二十七歳だ。女装していても、カフェの客からそう見られているので年相応の年齢に見られている。

 二人は顔を見合わせて困った顔をする。

「お年を召した方の年齢を答えるのは憚られますが……正直に答えますと、三十手前かと」

 「いい答えだ」と言おうとして、引っかかった。

 "落としを召した方"とは?

「そんなに年寄りに見える?」

 聞き返すと、「申し訳ありません!」と深々と頭を下げる。

「いや、いいのだけど……」


 街はカルカッソンヌのようにもセゴビアのようにも、或いはローテンブルクのようにも見えた。

 そこここにローマ的なものが残っているし、かといって芸術品は近世的だ。

 食事はフォークとナイフで食べるし、ジャガイモらしきものも添えられている。

 ワインやビールは、良いものさえ手に入れば、現代日本と遜色がない。

 衣類も中世よりは近世に近く、社会制度は近代的だ。

 明らかにちぐはぐな世界である。否、漫画やゲームの世界として考えると、極めて調和が取れていた。

 そう言えば、ここに来て悪臭を嗅いだことがない。

 どこを見ても衛生的で不快なところがない。

 中世ヨーロッパを必要以上に汚く描くのは嘘だと聞いたが、しかしこんなに清潔なのは少し信じられなかった。


 この世界の歴史についても学んだ。

 神話的なところはあるが、この世界に魔法も魔物もいないようだ。ただ、稀に悪党や乱暴者が現われ、徒党を組むぐらいの世界である。

 その為、軍事的なものは発達せず、文化が発達していったらしい。

 芋も麦も昔から栽培されていて、品種改良が進んでいる。

 機械的なものは中世から進んでいない。

 政治に至っては俺の世界の歴史から逸脱している。一言で言えば王政と言っているものは大統領制とあまり変わらない。任期が不定だが、民衆の声によって玉座からひきずり下ろされることもあるし、担ぎ上げられることもある。

 女王は二人選任されて、年上の方が序列としては上になる。

 今の女王は、十七歳と二十歳。

 若い方の女王は今年就任したばかりだという。

 先代が去年、三十四歳で亡くなり議会から選出されたらしい。

「若いな」

 またふと口を突いて出てしまう。

「信司様のお国では、おいくつの方が女王になられるのですか?」

 女王ではないがと断り、こういう場合は今上天皇の事を言えばいいのか、首相のことを言えばいいのか迷った。

 いずれにせよ六十代だ。

 そのように言うと、二人は目を丸くした。

「信司様のお国は長生きでいらっしゃるのですね!」


 このことが割とすぐに王宮に伝わった。

 議員らは血相を掻いて参集し、様々な疑問をぶつけた。

 年齢に関わる事が殆どだ。

 "中世世界"の衛生や医療技術を過小評価しても、王族が三十そこそこで亡くなるのは、些か若すぎるように思えた。

 中世ヨーロッパの平均寿命は二十五歳とか三十歳とか言われるが、乳幼児の死亡率を加味して考えれば、成人できた人間の寿命は四十歳後半ぐらいまであったはずだ。

 しかも戦争がない国である。もっと長生きでもおかしくない。

 そういう事を問答するが、向こうにはピンと来ないらしい。


 それでも俺の事はいくらか"有用"だと思われたようだ。

 引き続き丁重な扱いを受ける事になった。

 だがそれは私が"年寄り"だと言う扱いである。

 これには絶望するしかなかった。

 あとは衰えるだけの自分が、これ以上この国で女装を続ける意味をなくした瞬間でもあった。

 だが、男と言えども化粧をするのは最低限の礼儀であるらしい。男性向けの衣類など存在していないから、日々、女装を強いられることになるのだ。


 暫くして――彼等が散々調べた上で、カメラやスマホの事も尋ねられたが、彼等の理解を超えていた。しかもバッテリーも尽き掛けていたぐらいなので、プレゼンテーション中に止まってしまったのだ。


 ああ、もう、これで俺は出し尽くしてしまった。

 どうやって生きていこうか?

 不安に襲われる。

 絶望だ。このまま周りが早死にする中、一人老いさらばえる運命しかない。


 そんな時、若い方の女王に密かに声を掛けられる。

 もし、貴方と子供を作れば、長生きする女王が産まれるのではないか?


 僕は苦し紛れにこの提案を受け入れてしまった。

 女王の夫ともなれば地位は安定するだろう。

 この浅はかな考え方が、この世界を壊す事になるとは思わなかった。


 女王はすぐに子供を授かった。

 そして、その夫が俺であることも宣言された。

 この子供は特別に育てられた。

 この国の子供は全て一箇所に集められて育て、その中から議員や女王を選抜する仕組みの筈なのに。


 子供が十分育つ前に上の女王は亡くなり、そして俺の"妻"の女王も亡くなった。

 女王の夫であると言う事は、格別な扱いを受ける事を意味しなかったが、この俺はこの国で誰よりも長生きである事から、国母と言う扱いを受けるようになった。

 俺はこの事態に喜んだ。

 願っても得られなかった賞賛が、ただ長生きすると言うだけで得られたのだから。


 俺は歴代の女王(相手が女の時だが)に一人ずつ子供を授けた。そして、その子供は特別な扱いを受けることになる。

 最初の俺の子供が女王に選出された――否、彼女はこの国で初めて女王になる運命にある子供だ。

 様々な事を特別に教育され、彼女は優秀だった――優秀すぎたのだが。


 彼女はそれから三十年の治世を達成した。五十近い寿命は彼等の世界では驚異だった。

 だが、その三十年は彼女に権力を集中させる為に使われた。

 俺の遺伝子を持つ子のみが女王になる資格を持ち、そしてそれは永遠に継承されることになった。


 俺はもうそろそろ寿命である。

 俺が与えた寿命はこの世界の秩序を壊したのではないか?

 ああ、意識が遠のく。

 俺は本当に国母と呼ばれるに値したのだろうか?

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