第17話 悪は魔王の手のひらで踊る
無事な姿をセリーヌに見せるため登城したフェリシアが、謁見の間への回廊を歩きながらそっと庭園に目をやると、アレクシスとセリーヌがぶつかる様子が見えた。フェリシアはぐっと前を見据え、大きく深呼吸すると、セリーヌにその姿を確認させるため歩調を緩める。
「──フェリシア…?」
アレクシスが回廊を歩くフェリシアに初めて気づいた素振りで呆然としたように呟き、立ちつくしてみせる。
セリーヌもフェリシアの姿を捉え、愕然とした表情に変わった。
その表情を横目で確認したアレクシスは、セリーヌの視界に入らぬよう、指先だけで従者に変化したヨアンに合図を送った。
『セリーヌは、フェリシアの姿を確認した』
ヨアンはアレクシスの合図を確認すると、小さく頷いてみせた。
前を歩くフェリシアにだけ聞こえるよう、そっと計画の成功を伝える。
フェリシアも小さく頷くと、そのまま謁見の間へと入っていった。
謁見の間では、フィリップ国王とクリストフが待っていた。そこへ、セリーヌが帰路についたことを確認したアレクシスも合流する。
「国王陛下、大変ご無沙汰しておりました。本日はお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
フェリシアとヨアンからの挨拶が終わると、待ち構えていたように国王が口を開いた。
「二人とも、よく来た。これまでのことはクリストフから聞いている。して、首尾はどうだ?計画通りに事は進んだのか?」
ヨアンが先程の経緯を報告し、これからの計画の詳細を説明すると、国王は深く頷いた。
「ヨアン、お前に任せておけば心配はなさそうだ。私にできることがあれば、助力は惜しまない。フェリシアをしっかりと守ってやりなさい」
「御意。ご配慮感謝いたします」
敬礼をするヨアンの横で、フェリシアも深々とお辞儀をし、心からの感謝の意を表した。
「国王陛下、お心遣いありがとうございます」
アレクシスの婚約者だった頃、国王も王妃もフェリシアをとても大切にしてくれた。そして、今も変わらず気にかけてくれている。その温かい心に触れ、フェリシアは胸がいっぱいになった。
国王はヨアンとフェリシアの返答に頷くと、少年従者の姿をしたヨアンを感慨深そうに見つめた。
「その姿…、懐かしいな。お前が王城を出た頃を思い出す」
その言葉に、ヨアンが驚いたような表情を浮かべる。
「覚えておいででしたか…。そうですね、その頃の姿に変化しております」
「忘れるものか。あの頃、もっとお前に何かしてやれたかもしれないと、悔やんだからな。あのまま
まさか国王が自分のことを気にかけていたとは思ってもいなかったヨアンは、国王の言葉に目を見開き聞き入っていた。しばしの沈黙の後、深く頭を下げ口を開く。
「いえ、孤独でいる方が私には合っていましたから、寧ろ人を遠ざけたのは私です。魔王と呼ばれるような存在に、自ら進んでなったのですから。あの時、何の咎めもなしに王城を出ることを許していただけたことに感謝しています。私には…ここは苦しすぎました」
呻くように発せられたヨアンの言葉には辛い過去の思い出が滲んでいて、フェリシアは心が痛くなった。国王も顔を辛そうに歪める。
「我が弟よ、今さら何をと思うかもしれないが、遠慮せずに頼るべき時は頼ってくれ」
ヨアンは困ったような表情で首を振る。
「もったいないお言葉、感謝いたします。此度の件にお力添えをいただけているだけで、十分過ぎます」
フェリシアとクリストフが、ヨアンの言葉に深く頭を下げる。自分たちの家の問題に、国王とヨアン、アレクシスまで巻き込んでしまっていることに、申し訳なさで押しつぶされそうだった。
『ヨアン様は私など比にならないくらい辛い思いをされてきたというのに、避けていた王城に登城し、国王陛下のお力まで借りてくださっている…。ヨアン様のお気持ちに、そして国王陛下の計らいに報いなければ』
フェリシアはぎゅっと胸元で拳を握りしめた。
「此度の件に話を戻そう」
国王が言った。
折しも、アレクシスとセリーヌの婚約披露式まで一月もない。
当然、アレクシスとセリーヌの婚約は破棄すると国王も決定しているが、式までは国民はもちろん、セリーヌやイヴェット、招待客にも婚約破棄を伏せておくことになった。
「これまでのイヴェットとセリーヌの罪を、婚約披露式に衆人環視の元で明らかにしてみせよ」
国王がそう命を下したのである。
アレクシスにとって不本意とはいえ、婚約が破棄になるのは今回で二度目だ。
二度も婚約破棄をすれば、王太子にも何か問題があるのでは?と事情を知らない貴族や国民からあらぬ誤解を受ける可能性も高い。あえて衆人環視の元ですべての事実を明らかにすることで、アレクシスの潔白も証明できるというのが、国王の考えだった。
ヨアンも賛同し、すぐさま頭の中で計画を練って皆に伝えた。
婚約披露式へはフェリシアも出席することになり、そのことをセリーヌにも伝える手筈となる。
セリーヌは、今頃邸でイヴェットにフェリシアが生きていたことを伝えているだろう。
計画を受け、国王がすぐにデュプラ家に向けて、婚約披露式にフェリシアが出席する旨を知らせる使いを出した。これで必ずイヴェットは動くはずだ。
しかしフェリシアが婚約披露式当日までヨアンの城に身を隠していれば、イヴェットたちはそれまでの間フェリシアに手が出せない。ヨアンの城には結界が張られていることはもちろん、目くらましの魔術もかけられているため、魔力を持たない常人には城の場所を特定することすらできないからだ。
「すべての決着は、婚約披露式、いや、婚約破棄式に着ける。あえて2年前と同じような状況を作り出す」
そう宣言したヨアンは、当日の予定を変更する承諾を国王から得た。
婚約の儀式前に国王から挨拶があり、国王のお出ましを待つ間に招待客には飲み物が配られるという流れを作ったのだ。
「2年前と同じ毒を使うだろうか?しかも、同じ方法で?」
アレクシスとクリストフが声を上げた。
「同じであることが重要なんだ。同じ方法ならば前回の毒殺未遂が立証しやすくなる。2年前に使われた毒は、今でも最も致死性が高い希少なものだ。手に入れられるルートは限られる。だから、あの時と同じような状況を作り出し、同じ毒を使わせるように仕向ける」
ヨアンの藍鼠色に変化していた瞳が、一瞬鮮紅に光る。
「大丈夫だ。必ず奴らは動く」
力強く断言した。
計画は、ヨアンが思い描いた通りに進んだ。
案の定、セリーヌは王城から帰ってすぐ、イヴェットにフェリシアが生きていたことを話して泣きついた。セリーヌの帰宅を追いかけるように王城から使いを出し、婚約披露式へのフェリシアの出席が決まったことを伝えると、次の朝にはイヴェットがレイモン男爵を訪ねる。そこで二人がフェリシアを亡き者にするための相談をしている様子は、使い魔を通し確認し、記録した。
レイモン男爵はフェリシアの居場所を探ろうと動き出したが、ヨアンの目論見通りフェリシアの居所が掴めず、婚約披露式までの間に何者かに襲わせることは難しいという結論に至ったようだ。
「フェリシアの居所がわからなければ、式当日を狙う意外にない。しかし、もう招待状は出された後。わずか一月足らずの間に招待客に刺客を紛れ込ませ、フェリシアを狙うのは難しい。ならば、2年前と同じく毒を用いるしかないはずだ。実際、フェリシアはあの時命を落としかけた。毒の量を増やせば、今度は必ず成功すると考える」
ヨアンが言った通り、婚約披露式に狙いを定めたレイモン男爵とイヴェットは、次に王城に勤める一人のメイドをレイモン家に呼び出した。メイドの父親はレイモン男爵の商売仲間で、先日取引に失敗して多額の負債を抱えていた。メイドがレイモン男爵から脅され、父親の借金を帳消しにする代わりに、フェリシアに毒入りの飲み物を渡す役割を引き受けさせられた様子も記録できた。
その日の夜にはレイモン邸からカルセドニー帝国へ使者が遣わされた。ヨアンの使い魔のカラスが使者を追い、毒が調達されるまでの様子も、もちろん魔石に記録している。
「レイモン男爵がカルセドニーに送った使者を追跡し、再び王国に入国する際に捕えてすべてを吐かせた。自白の魔術を使ったから、嘘はつけない。奴らは間違いなく2年前と同じ毒を入手している」
婚約披露式の招待客の前ですべての罪と悪事を明らかにするための記録は、着々と集まっていた。
自白させた使者はその部分の記憶を消し、従属の魔術をかけてレイモン男爵の元に戻してある。ヨアンが呪文を唱えればすぐさまヨアンに従い、罪を暴露する証人となる。
「フェリシア、メイドからグラスを受け取ったら、絶対に口をつけずに俺に渡すんだ。国王のお出ましと同時に、断罪が始まる。その後は、俺たちに任せろ」
ヨアンの言葉に、フェリシアが真剣な面持ちで頷いた。
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