第12話 黒幕の正体

 真実を突き止めることを決意したフェリシアが最初に取った行動は、父クリストフに手紙を書くことだった。

 外交の任のため他国にいることが多かった父とはなかなか連絡が取れずにいたが、未だフェリシア毒殺未遂事件について調べているらしい、とヨアンから聞き、父ならば力になってくれると考えてのことだった。

 職務による他国滞在中に、フェリシアが隣国カルセドニー帝国に嫁がされるところだったと知ったクリストフは現在、急ぎ帰国の途に就いているという。


「フェリシアがクリストフに手紙を書くならば、邸ではなく王城でその手紙を読めるよう手配しよう。フェリシアを勝手に嫁がせようとしたあの継母を、俺は信用していない。それにどうやら、デュプラ家の家令がクリストフに当てて書いた何通もの手紙も、クリストフには届いていなかったようなのだ。残念ながら、今のデュプラ家はフェリシアにとって安全な場所ではないと判断せざるを得ない」

 フェリシアは、絶対的に信じられる人が傍にいてくれるということが、どれだけ心強いことか実感する。と同時に、父に見放されていた訳ではなかったと知り、泣きたくなるほど安心した。


 ヨアンが涙ぐむフェリシアの肩を抱き、優しく手を握りしめる。

「使いを送ったが、クリストフは今回の件はもちろん、今まで家を空けてフェリシアに辛い思いをさせてしまっていたことに強く責任を感じ、深く後悔しているようだ。自ら事件の真犯人を追うよりも、大切なフェリシアのそばにいるべきだった、と」

 兄の生前からほとんど邸にいることがなかった父。多忙なのは十分過ぎるほどわかっていたから、何かあっても頼ってはいけないと自分に言い聞かせてきた。

「クリストフは、誰よりもフェリシアを愛している。そのことを伝えたいと言っていた」

 ずっとフェリシアが一人で寂しさも辛さも抱え込んでいたことを知るヨアンの言葉が、心を温かく包み込む。

「ヨアン様、本当にありがとうございます」

 ヨアンは優しく微笑み、フェリシアの涙を拭ってくれた。


 ヨアンは国王にも協力を仰ぎ、使える限りの伝手を辿って事件を調べていた。ユーゴから聞いたが、ヨアンが異母兄である国王を頼ったのはフェリシアの一件が初めてのことだという。隣国の伯爵に嫁がされそうになった時から、すぐに動いてくれていたのだと。

 フェリシアが黄泉へと渡りかけた最初の毒殺未遂に関する情報も、王城から寄せられていた。

「フェリシアが盛られた毒に関しては、事件の時の調査結果通りだろう。即効性で致死性も高い、カルセドニー帝国の闇ルートで出回っているもので間違いない。犯人はカルセドニーとの繋がりがあり、さらに裏の社会にも顔が利く人物か、そういった人物を味方につけている可能性が高い」

──カルセドニー帝国。

 突然決められたフェリシアの嫁ぎ先もカルセドニーだった。やはり毒殺未遂事件と襲撃事件は無関係ではなさそうだ。そして、フェリシアの婚姻の話を進めていたのは…。


「まずは、お父様が今まで調べてくださったことをお聞きしたいと思います。それから、アレクシス王太子殿下にもお話をうかがいたいのですが、よろしいでしょうか?もしかしたら、何かご存知のこともあるかもしれません」

 アレクシスの名前を聞いて、ヨアンの眉がぴくりと上がる。しかし、すぐに微笑むと、

「そうだな。アレクシスはフェリシアが毒を盛られた時も、一番近くにいたんだ。覚えていることがあるかもしれない。すぐに王城に使いを出そう」

とペンを手にし、書状を認め始めた。


 ヨアンが内心、元婚約者であるアレクシスとフェリシアが再会することに大きく心を乱されていることを、フェリシアは知らない。そして同時に、すぐ隣にいながらフェリシアを守れなかった甥にはかなり頭にきているが、今責めても仕方ない、と怒りを飲み込んでいることも。

「ヨアン様、何から何までありがとうございます。私が王城に出向いても?」

 心の底から純粋な感謝を告げるフェリシアが眩しく、ヨアンは複雑な思いを抱える自分を恥じた。今は私情より、真相の究明と犯人を捕らえることが至上命題だ。唇を引き結び、気持ちを立て直す。

「いや、フェリシアはこの城から出ないでほしい。一番安全なのは、結界内のこの城だからな。アレクシスを呼び寄せる。これでもアレクシスの叔父だ。それに、あいつもその方がいろいろ話しやすいだろう。王城では、誰に話を聞かれるかわからない」

 本当は、フェリシアを城に閉じ込めて他の誰にも会わせたくない、という感情は胸の奥にしまい込んだ。


 数日後、アレクシスがクリストフと一人の従者を伴って、ヨアンの城を訪ねてきた。

 王太子としては考えられないほど少ない供の数が、極秘裏の外出を物語っている。

「ご無沙汰しております、叔父上」

 山羊の頭蓋骨の面を被ったヨアンに挨拶をするアレクシスは、以前より少し瘦せたように見えた。

しかし、フェリシアに向ける優しい面差しは、最後に会った時のままだ。


「フェリシア、久しぶりだね。襲撃されたと聞いて心配していたが、元気そうで良かった」

「アレクシス王太子殿下、お久しぶりでございます。この度はご足労をお掛けして申し訳ございません」

 綺麗にお辞儀をするフェリシアを、アレクシスが眩しそうに見つめる。その視線に籠められた思いにフェリシアが気づいてしまうのではないか…。ヨアンは不安に駆られ、アレクシスの視線を自分に戻すかのように口を開いた。


「アレクシス王太子、時間を割いてもらい感謝する。クリストフも、よく来てくれた」

 クリストフは初めて目にした魔王の姿にやや緊張の面持ちを浮かべながらも、ヨアンに向かって跪き、挨拶をする。

「ヨアン閣下、この度は娘フェリシアを救っていただき、誠にありがとうございます。そのうえ、過去の事件もお調べいただけるとのこと、なんとお礼を申し上げたらよいか…」

「俺がしたいからしているだけだ。俺はフェリシアに救われたのだから、フェリシアに害成すものを排除するのは当然のことだ」

「もったいないお言葉でございます」

「俺への挨拶はもういい。――フェリシア」


 ヨアンは傍らに立つフェリシアの背中をそっと押して、父の前へ進ませる。クリストフが顔を歪め、フェリシアの手を握った。

「フェリシア、ずっと辛い思いをさせて悪かった。一人で心細かっただろう。本当に申し訳ない」

 フェリシアに向かって頭を下げる。フェリシアは慌てて父の手を握り返した。

「お父様、おやめください。私の方こそ、ご心配ばかりお掛けして…。大変な職務の傍ら、事件のことを色々調べてくださっていたとうかがいました。少しお痩せになったのでは?お身体は大丈夫ですか?」

「ああ、元気だよ。フェリシアこそ、ちゃんと食べているか?」

「はい。こちらに置いていただいてからは、毎日が幸せです」

 クリストフはフェリシアの答えに、何度も頷いた。そしてヨアンに向かって、再度深々と頭を下げる。

「ヨアン閣下。本当にありがとうございます」


 ヨアンは首を振って言った。

「俺は、自分がしたいようにしただけのことだ。さあ、本題に入ろう。クリストフ、今まで貴殿が調べたことを教えてほしい」

 ヨアンに促されて全員が応接室のテーブルにつき、クリストフはこれまで調べたことを報告していった。


 フェリシア毒殺未遂事件に使われたものと同じ毒が、カルセドニー帝国の裏組織から同国のある貴族に流れたということ。毒を入れ自害したメイドには両親はなく幼い弟がおり、その弟が事件後、カルセドニーの寄宿学校に入学したということ。そして、フェリシアが嫁ぐはずだった伯爵は、毒を購入したとみられる貴族に娘を嫁がせており、親類関係にあるということ…。


「そのカルセドニー帝国の貴族が事件に関わっていることは間違いないだろう。あとは、何故そいつがフェリシアを狙ったのかだ。ルベライトの誰かに依頼されたと考えるのが妥当だと思うが…」

 ヨアンは、言葉を切ってクリストフに視線を向ける。本当は何か感づいているのだろう、とでも言いたげだ。

 クリストフも、覚悟を決めたように顔を上げてヨアンを見据えると、口を開いた。

「はい、私も我が国の誰かがフェリシアを亡き者にしようとしたのだと考えました。そして、そのような考えを持ちそうな人物は…。――私の妻、イヴェット以外に思い当たりませんでした」


 もしかすると…とフェリシアも考えていたことではあったが、父の口から犯人と疑う人物が義母だと聞くのは、やはり堪えた。ぎゅっと唇を噛みしめる。

 そんなフェリシアを、ヨアンが心配そうに見つめた。

「フェリシア、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。覚悟はしておりましたので」

 真実を知りたい、兄の無念も晴らしたい。そう決意したのは自分だ。フェリシアは自身を奮い立たせる。ヨアンも、父も、アレクシスも、自分の決意のもと集まってくれているのだ。

「黒幕がお義母様だというのなら、きちんと証拠を集めてお義母様には罪を償っていただかなければなりません」

 フェリシアの力強い言葉に、皆表情を引き締めて頷いた。

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