第13話 陽炎姫の覚悟
「私の家族の問題がこれほどまでの事件に発展してしまい、面目次第もございません。すべて、私の不徳の致すところです」
クリストフが、苦し気に顔をしかめて吐露する。
「私の手でこの問題を解決しなければならないと、今まで調べ続けてまいりました。イヴェットの父親レイモン男爵には庶子がおり、その庶子がカルセドニーの豪商に嫁いでいること、そして、その息子が例の貴族の娘に気に入られているらしいということまでは掴んでいるのですが、決定的な証拠が手に入らず…。この程度のことしかできないのであれば、最初からフェリシアに寄り添うべきだった。フェリシアに辛い思いをさせ続けてしまった私は、愚かな父親です」
「お父様…。ずっと私のためを思ってくださっていた、そのお気持ちだけで私には十分です」
フェリシアが涙ぐんだ。
その時、ずっと黙って話を聞いていたアレクシスが口を開いた。
「その話なら、セリーヌから聞いたことがあります。自分の従兄弟がカルセドニーにいて、伯爵家に婿養子に入ることになりそうだと。デュプラ侯爵夫人は腹違いの妹を自分の支配下に置いていたようで、それは今も変わらないようです」
一同は、はっと息を飲んでアレクシスの顔を見つめる。
自分の家族の罪を暴くことも辛いが、婚約者の母が義理の娘である元婚約者の命を狙っていたと知るのは、一体どんな気持ちであろうか。
皆の視線を受け、アレクシスが苦笑いする。
「皆さん、心配しないでください。実は、セリーヌが僕の婚約者に決まった時から、ずっとおかしいと感じていたのです。あの時、セリーヌを推す声が異様なほど強かった。それまでセリーヌはフェリシアの評判の陰に隠れ、ほとんど注目されていなかったのに、です。何かあるのでは?と思わずにはいられなかった。デュプラ侯爵夫人から熱心なアピールがあったことや、大臣たちへの根回しの件も聞きました。しかし、僕はその決定に従うほかありません。それならば、せめて何か探れないかと思い、婚約者という立場であり続けたのです」
フェリシアは驚いて目を見開いた。まさか、そんなことをアレクシスが考えていたとは。
「2年前のあの日、フェリシアの一番近くにいながら、僕は君を守れなかった。せめて、犯人を突き止めるために、何かしたかったんだ」
自責の念に押しつぶされそうな顔をして、アレクシスが力なく笑う。
「アレクシス王太子殿下…。どうお詫びしたらよいか…」
自分たちの家の問題に、王太子であるアレクシスの人生までも巻き込んでしまった。クリストフとフェリシアが席を立ちアレクシスの前に跪こうとするのを、アレクシスが制する。
「やめてよ、二人とも。僕の勝手な贖罪なんだから」
「でも…」
「じゃあフェリシア、また僕のことをアレクって呼んでくれないか?婚約者ではなくなってしまったけれど、君は僕の大切な幼馴染みで、友人だよ」
友人、と口にする時、アレクシスの表情が一瞬、切なそうに歪んだ。
婚約破棄後は、立場をわきまえるべきと思い、アレクシスを愛称で呼ぶことはやめた。今後もそうすべきだと思っていたが、アレクシス自身が望むことであれば、従うべきだろうと判断する。そして、今アレクシスが聞きたい言葉は、謝罪の言葉ではないのだろう。
「はい。ありがとうございます、アレク様」
フェリシアの言葉に、アレクシスの表情がふっと和らぐ。
「うん、ありがとうフェリシア。もう一度、フェリシアにそう呼ばれたかった」
微笑みを交わす二人の様子を目の当たりにして、面の奥でヨアンは複雑そうに顔を歪めた。
本来ならば、今頃結婚していたはずの二人。王太子のアレクシスは、フェリシアの隣に立つのに相応しい。それに引き換え、最恐魔王などという悪名を轟かせている自分は…。山羊の頭蓋骨の仮面がなければ、苦悩に歪む表情をフェリシアに見せてしまうところだった。
ヨアンは咳払いをして、話を戻す。フェリシアのために、今できることは自身を卑下することではないはずだ。
「どうやら、イヴェットとカルセドニー帝国との繋がりは立証できそうだな。ただ、それだけでは証拠にはならない」
「それに、お兄様のことも、何もわかっていません」
フェリシアが硬い表情で呟いた一言に、クリストフが驚愕の声を上げた。
「まさか、ベルナールの死にも、イヴェットが!?」
唇を噛みしめ、フェリシアが重々しく頷く。
「私は、お兄様の死が自然なものとはとても思えません。お元気だったのに、ほんの数日で亡くなってしまうなんて…。明らかに、異常でした」
フェリシアの言葉にヨアンが頷く。
「こちらの調べでは、例の貴族が遅効性の毒も数年前に手に入れていたという情報がある。フェリシアから聞いたベルナールの症状は、その毒が引き起こす症状と一致する」
クリストフは茫然自失としてがっくりとうなだれた。
「ベルナールまでもが、イヴェットの手に掛かっていたとは…。家を留守にしてばかりだったがために、異変に気づけなかったなんて…。私は、私は本当に父親失格だ…」
父の言葉に、フェリシアは堪えきれずぽろぽろと涙を流した。ヨアンがそっとハンカチを差し出し、フェリシアに握らせる。
「イヴェットとの再婚は、国王の勧めもあって進んだことだろう。だから国王も責任を感じている。毒に関する情報など、ルベライト王国の諜報機関を使って調べることを許可してくれた」
「国王陛下のお手まで煩わせていたとは…。お詫びのしようもございません」
力なくうなだれるクリストフを奮い立たせるように、ヨアンが声に力を滲ませる。
「詫びなど、国王は望まれていない。ただ、真実を明らかにせよと仰せだ。必ず証拠を手に入れてイヴェットを断罪しなければならない」
涙を拭ったフェリシアも頷いて、クリストフの手を握った。
「お父様、必ずお兄様の無念を晴らしましょう」
そして、強い決意を瞳に宿し、皆に告げた。
「証拠を手に入れるために、私に考えがあるのです。聞いていただけますか?」
フェリシアが提案したのは、自分が囮になるという案だった。
「それは危険だ!絶対にだめだ!」
ヨアンが椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。
そんなヨアンに自分の決意が伝わるよう、面の奥で心配の色を浮かべる鮮紅の瞳をじっと見つめ、フェリシアは言った。
「ヨアン様、けれど、それが一番効果的だと思うのです。お義母様たちは二度にわたって私の命を狙ったのですから、私が生きていることがわかれば、必ずまた私を狙うでしょう。その時こそが、証拠を押さえる好機だと思うのです」
「だが、それではフェリシアが危険すぎる」
「それでも、この案以上にお義母様たちが関わっている証拠を掴む有効な方法はないと思うのです。2年前の事件も、一月前の襲撃も、実行犯が亡くなってしまっており決定的な証拠は残されていません。今更新たな証拠を見つけることは困難でしょう。でも、これから起こる事件ならば、ひとつひとつ証拠を積み重ねることができるかもしれません」
クリストフが、苦渋に満ちた表情で頷く。
「確かに、そうだろう…。しかし、私もこれ以上お前を危険な目に合わせたくない。お前まで失ってしまったら、私は…」
「お父様。私は、お兄様の無念を晴らしたいのです。たとえ、この身が危険に晒されようと」
その紫電清霜とした様子に、皆押し黙る。
それぞれが譲れない思いを抱え、しばしの間思案した。
沈黙を破ったのは、ヨアンだった。
「──わかった。フェリシアがそうしたいと言うなら、俺はそれを叶えよう。何に代えても、フェリシアは俺が守る」
「ヨアン様…」
フェリシアは、安堵と感謝の表情をヨアンに向ける。
「だが、絶対に無茶はするな。俺の目が届かない所には行かせない。それだけは、譲れないぞ」
「もちろんです。ありがとうございます、ヨアン様」
アレクシスとクリストフも、複雑な胸中をぐっと飲み込むようにして頷いた。
「僕も、フェリシアを守るためにできる限りのことをすると誓うよ」
「私も、イヴェットの動向に目を光らせる」
必ずや、目的を達成する。皆の気持ちが固まり、同じ方向を向く。
「では、具体的な策を練ろう」
ヨアンの言葉をきっかけに、作戦会議が始まった。
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