第5話

上映開始15分前を告げるアナウンスがあり、僕と彼は共に入場した。

僕らの座席は少し離れていて、彼が真ん中の列で僕は最後尾に近い列だったのでお互い会釈して別れた。


まだ時間が早いので他の観客の足元を気にすることなく座席に着いた。

そういや、飲み物買うの忘れてたな。

いつも売店で適当に買うんだけど今日は思わぬ彼の登場ですっかり忘れていた。

でも、いつもより楽しい時間だったしむしろ良かったのである。


彼もこの辺り大学生で、1人で映画を観に来る映画好き、明るくてお洒落なタイプか。

もしかすると友達になれたりするんだろうか。

ふとそんな淡い期待を抱いた。

僕は明るくもないしお洒落なタイプでもないけど。

でも僕も誰かから、いや彼から話しかけられるような人間だったことが嬉しかった。

それだけでもいいじゃないか。

今日の僕は前向きだった。

そんなことを考えているうちに周囲は既に他の観客が大勢入場し終わっていて、まもなく照明が暗くなり「新聖人:エドルフ」の上映が開始した。


暗闇の中に一筋の眩しい光が差し、長身の金髪の男が現れた。パーマがかった柔らかな髪で鼻筋は細く高く、白い艶のあるきれいな肌をした中性的な顔立ちでどこか神聖さを感じた。広大な街は数々の建物が崩れていて折れた外灯が並び、道のあちこちにボロボロの破けた服を着て汚れた姿の人間が倒れていた。まさに世も末という感じである。

場面が切り替わり、大きな古城が映し出された。

城の中の一室は明かりが灯っており強面の屈強そうな男たちが一堂に集まっていた。一番前の中央にいる黒髪の背が低い細身の男がリーダーのようで破壊工作の指示を出していた。

あいつがリーダーとはまるでラノベじゃないか、そう心の中でツッコミを入れた。

まあこれもファンタジー要素か。

リーダーの男は最後に「あのエドルフを殺せ!今すぐに」と声高に叫んだ。

やはりあの金髪男がエドルフ、主人公の新聖人か。

面白くなってきた。


………。

あれ。

なんだ??

気づけば館内の照明がつき周囲は明るくなっていた。

「え……映画は?」

思わずそう声に出た。スクリーンには何も映されてなくて観客が何組か出口に向かって移動している最中だった。

もう映画は終わっていたようだ、そんな馬鹿な。

僕が思い出せるのは映画の冒頭のシーンだけだから恐らく居眠りでもしてしまい、さっき起きたところなのか。

でもこんなことってあるのか。僕は今まで映画中に居眠りすることなんてなかったし、学校の授業中でもそんな記憶はない。

「……いったい何が起きてるんだ?」

僕は僕の身に起きた異変を感じずにはいられなかった。



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