第40話「馬子にも衣装」
冒険者ギルドに形ばかりの人探し依頼を出した私は、一旦ギルドを出て街を歩いてみることにした。
街の人々が本当にアウトローと大差がないのか、一度この目で確認しておこうと考えたからだ。
もしそんな国に王子が連れ込まれてしまったとしたら、今頃屈強な男たちに組み敷かれて全年齢対象作品では言えないようなことをされてしまっているかもしれない。あ、いや王子は男だから相手は女か。
「ぶひひん」
王子の匂いは感じられないという。
しかしまったくその気配もない、というわけではないようなので、少なくともしばらく前にここを通過したのは間違いないようだ。
「なるほど。ではやはり先ほどの依頼は無駄骨になりそうですね。まあ、手付金だけなら大した出費ではないので構わないのですが……」
「なーごう」
「そうなんですよね。収入がない以上、少ないとはいえ出費は可能な限りおさえていかないと」
インテリオラ王国とメリディエス王国では通貨の価値が違う。この王都に来る途中に立ち寄った街でまとまった額の金貨を両替したが、私の少ないお小遣いでもかなりの額のメリディエス金貨に替えることができていた。
とはいえそれも無限ではない。節約はしなければならない。
「ぴっぴー」
お話し中悪いんだけど、とボンジリが語りかけてきた。気遣いの出来る賢いヒヨコだ。
「え? つけられている? ……なるほど。やはりメリディエス王国の治安はよくないようですね。
サクラ、さり気なく人気のないところへ向かってください。尾行している人たちとお話してみましょう」
右へ左へふらふらと、いかにも行き先が定まっていないという風に歩き、やがてサクラが向かったのは、裏通りのそのまたさらに裏通り、まともな建物も建っていないほど寂れた埃っぽい場所だった。しかしそんな場所でも暮らしている人はいるようで、人の気配はそれなりにある。まさにスラムとしか言いようのない場所だ。
そんな道とも呼べないようなところをしばらく歩いていくと、不意に背後から声をかけられた。私たちをつけていた人たちだ。おそらく、簡単には逃げられないよう十分に置くまで入り込むまで待っていたのだろう。
でもそうだとすると、私たちがスラムに来なかったらどうするつもりだったのだろうか。スラムに入るまで延々と尾行し続けるつもりだったのだろうか。
「よう、嬢ちゃん。こんなところに女がひとりでふらふらと来ちまうのは感心しねえな。危ねえぜ?」
「そうそう。悪ーい大人に攫われちまうかもしれねえぞ」
姿を見せたのは、あの冒険者ギルドで酒を飲んでいた男たちだった。冒険者ギルドにいたくらいなので、おそらく冒険者なのだろう。
当然、あのギルド内と同じタバコのヤニとアルコールの匂いをプンプンさせている。
そこへ来て、このうらぶれた通りのホコリっぽさとカビ臭さだ。
私はもう我慢ができなかった。
「ちょっと一旦アレしていいですか。次の展開はそのあとでお願いします。
──この辺一体きれいになあれ!」
本当なら、さっきの冒険者ギルドでやっておきたかったことである。ビアンカに止められてしまったが。
「うおお!? な、なんだこの……この、なんだ……ええっと、うまく言えねえがなんだこりゃ!」
今回は止められなかったので、さっきの分も併せて強めに気持ちをのせてみた。
これが私の、本気のお気持ち表明である。
きれいになってほしい。
その私のお気持ちを全身に受けた冒険者たちは、きれいになった。
もちろん素材の良し悪しもあるので、普遍的な意味での美しさではない。
私の齎す美しさはどこまでいっても主観的なものだ。
もともと何かを美しいと感じる基準は人それぞれ。その価値観を比べることに意味はない。どちらの美的感覚の方が優れているかを競い合うことは悪くはないが、それを理由に他者を攻撃したり貶めたりするのはやめた方が良い。そう、美しくないからだ。
だから私は、彼らが望んだ彼ら自身の美しさについて、良いとも悪いとも言う気はない。
冒険者たちは、そのみすぼらしい薄汚れた革鎧姿から、白銀に輝く立派な騎士鎧姿へと変貌していた。
ボサボサで垢だらけだった男の髪も、綺麗に整えられ、ワックスか何かで撫でつけられ光を放っている。男性が髪にワックスをつけるのを私は好まないが、彼らがそれを格好いいと思っているのなら構わない。
眉を縦に切り裂くようについていた顔の傷もすっかりと消え、傷により肉が盛り上がっていた場所にもちゃんと眉毛が生えている。
歳のせいか不摂生によるものか、ちょっとこの人薄毛かな、と思っていた男もふさふさだ。こちらはワックスはつけられておらず、長髪がさらりと風になびいている。薄毛の反動かもしれない。もちろんこれは私が薄毛よりも長髪の方が美しいと思っているとかそういうことではなく、本人の希望としてそうだったというだけである。個人の感想です。
とこのように、冒険者たちは数人おり、それぞれで多少の違いはあるものの、身に着けている騎士鎧は概ね似たデザインのものだった。バリエーションがないというか、おそらく彼らが思う「美しさ(あるいは格好良さ)」の基準となっている存在を、あまり目にしたことがなかったのだろう。そして数少ないその機会は、仲間たちと一緒に目にしたのかもしれない。その結果、全員の美しさの基準がなんとなく同じような感じになってしまったのだ。
統一感があるので、これはこれで良いのではないだろうか。
さらに、私のお気持ちの影響を受けたのは冒険者たちだけではなかった。
埃っぽかった裏通りの裏通りは、狭いながらも整然とした、舗装された道路に生まれ変わっていた。もちろん舗装と言っても前世のようにアスファルトやコンクリートではない。木材と石材を使った簡素なものだ。しかしそれでも、この国の基準からすれば十分に立派なものだろう。何しろこの国では大通りでさえ一部にしか石畳は敷かれていない。
そんな通りの両脇に建つ、今にも崩れそうだったあばら家も、まとめて整理され、非常に機能的なアパルトメントになっている。
アパルトメントの窓から驚いた住人たちが顔を出すが、誰も彼も、長年スラムに住んでいるとは思えないほど身なりが整っていた。とはいえ貴族のような豪華さではない。ちょっといい暮らしをしている商人の家族、といったところか。彼らの想像する美しさの限界が、貴族ではなく商人だったということだろう。スラムに住んでいて貴族を見たことがある者の方が少ないのだ。
いや、豪華だから美しい、とは限らない。彼らは貴族を見たことがあっても、商人の暮らしの方が美しいと感じているだけかもしれない。まあ何でも良いけど。
「な、なんなんだ一体……。俺は夢でも見てるのか……?」
身綺麗になった冒険者たちは自分自身の姿と、あと周りを見渡して呆然としている。
まあ、彼らが夢と見間違うのも仕方がない。
なぜなら彼らが望む美しさより、この私の方が数倍美しいからだ。
美しさの基準は人それぞれだが、世の中にはどうしたって覆しようのない絶対的な基準というのも存在する。度量衡とか通貨とかがそれだ。
美しさで言えば私自身がそうである。つまり私は美しさの度量衡。
そんなものを目にしてしまったら、夢かと思いこんでも無理はない。
だから私は彼らを責めるようなことはしないのだ。
ただ事実を告げるだけである。
「夢ではありませんよ。ちゃんと現実を見てください。昼間から飲んだくれていないで。
で、なんでしょうか。私に何か御用なんですよね?」
「お、おう……。じょ、嬢ちゃんよ……。こんなところを一人でだな、その、こんなところを……」
「こんなところって、わりとこざっぱりして良いところだと思いますけれど。過度に派手でもなく、ちょうどいい暮らしやすさと言いますか」
「あ、ああ。まあ、そうだな……。俺もそう思う……」
冒険者たちは戸惑いを貼り付けた顔で再度辺りを見渡し、自分の姿を見下ろしながら辛うじてそう答えた。
「ですよね。良かった。それではこれで」
私はサクラを歩かせ、裏通りの裏通りを再び進み始めた。
メリディエスの王都の治安のほどはよくわかった。話をして確認しようと考えていたが、その必要もなさそうだ。
人を尾行していきなりナンパするなど確かにあまり治安が良いとは言えないが、ちょっと綺麗にしただけで脆くも崩れ去ってしまう程度の治安の悪さである。大した事はない。
アウトローとの境界線が曖昧な国民というのは確かに問題だが、逆に言えば、アウトローっぽく見える者もちょっと身なりを整えてやれば模範的な国民に早変わりするということでもある。であれば国民には何も問題ない。
となると問題は、粗悪な公務員を雇用している政府そのものにあるのだろう。
王子のことも心配だが、今焦ってもどうにもならない。
今すぐでもできることから始めようと、私は次は王城を目指して馬を進めることにした。
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