第39話「個人事業主って言っても色々あんのよ」





 サクラの鼻を頼りに臭い場所へ向かってもらったところ、辿り着いたのは大通りにある大きめの建物だった。


「……どう見てもスラムとかではないのですが」


「ぶひん」


「一番酒臭かったところを選んだ? まあ探しているのが酔っ払いの方々ですから、確かにスラムで探すよりはここで探した方が合理的かもしれませんね」


 建物を見上げてみると、大きな看板に交差する斧のマークがついているのが見える。酒臭いというので酒場かと思ったら、どうも違うらしい。

 斧のマークということは木こりギルドとかそういう感じだろうか。でも木こりだったら斧が交差するような、つまり斧同士をぶつけ合うような事態にはならないはずなので、違うかもしれない。あるいはメリディエスでは斧を交差させて木を切り倒す手法が主流なのかもしれない。クロスなんちゃらスラッシュ、みたいな。


「……そんな木こり、マルゴーにだっていませんよ。意外と侮れないかもしれませんね、メリディエス王国は」


「なーご(嘲笑)」


「わふう(呆れ)」


「ちょっと二人とも、勘違いってなんですか。あと、また、というのも気になりますね。私は別に勘違いなんてしたことないと思いますけど」


 私はサクラを馬留につなぎ、建物の中へと入っていった。

 建物の中にはアルコールの匂いと二日酔いのおっさんが吐く息の匂い、それから安っぽいタバコの匂いが充満していた。これはひどい。

 あまりにひどい匂いに我慢ができなかった私は、とっさに「全部きれいになれ」と呟いてしまいそうになった。

 呟かずに済んだのは、頭の上からずり落ちてきたビアンカの前足で口を塞がれてしまったからだ。

 例のハンカチの件を思えば、そんなことを口走ってしまったら何が起きるかわからない。「全部」の解釈次第になるが、最悪の場合はこの国全体がキレイになってしまってもおかしくない。いやおかしいか。あとその場合は多分色々解決するだろうから、「最悪の場合」ではないかも。


 美しすぎる私が入ってきたにも拘わらず、建物内にいる人々はほとんどがこちらを見ようともしなかった。

 ここに来るまでに寄った街の酒場と同じだ。まあ昼間から酒の匂いを撒き散らしているくらいなので、ここにいる人々もまた正常な判断力を持ってはいないのだろう。

 正常な判断力を持っていない、クロスなんちゃらスラッシュが放てる木こりとか怖すぎる。大丈夫なのかこの国。


 ほとんどの人々が私に注意を向けない中、部屋の奥、カウンターらしきものの向こうにいる女性だけがぽかんとした表情で私を見ていた。

 私のあまりの美しさに声も出せないのか。それとも頭の上の犬が急にずり落ちてきたことに驚いているのか。

 いずれにしてもまともに会話ができそうなのはその女性だけなので、私はカウンターに近づいた。

 ずり落ちて顔に張り付いた状態になっているビアンカを肩に載せなおし、左右のバランスが悪いのがなんとなく気持ち悪いので反対側の肩にネラを載せた。


「すみません。ちょっと伺いたいことがあるんですが。この国の木こりの方々というのは──わぶっ」


「なご!」


 肩のネラから尻尾の一撃が飛んできた。

 木こりじゃない、と言いたいらしい。


「ぴっぴ」


「もう。ちゃんと言ってくれればわかりますから、尻尾とかやめてください。まあ、たしかにボンジリの言う通りですね」


 そうだ。わからないのなら聞けばいい。


「えっと、すみません。ちょっと伺いたいことがあるんですが、この建物は何の建物なのですか? 外の看板というか、マークを見てもよくわからなかったのですが」


「……」


 話しかけても女性はぽかんとしたまま何も反応しない。


「もしもーし?」


 何度か目の前で手を振ってやり、ようやく再起動した女性に改めて訪ねた。


「あっはい! ええと、ここは冒険者ギルドです!」


「冒険者……ギルド……?」


 聞いたことのない施設だ。

 いや正確にいえば聞いたことはある。しかしそれは朧げな前世の記憶の中でだ。

 前世の記憶の中で、創作物等で描かれる異世界には、かなりの割合で「冒険者」なる者たちが登場しており、彼らのサポートをする組織が「冒険者ギルド」と呼ばれていた。

 しかし生まれ変わったこの世界でその名を聞くのは初めてだ。私の生まれたマルゴー、そしてインテリオラ王国には冒険者はいない。強いて似ている存在を挙げるのなら傭兵と傭兵組合だろうか。いや冒険者ギルドについての説明を聞いていないので、傭兵組合と似ているのかどうかは不明だが。

 もちろん日本語ではないので厳密に言えば「冒険者ギルド」そのままの言葉ではないのだが、意訳するとだいたいそういう意味になる。


「不勉強なもので申し訳ありません。冒険者ギルドについてお教えいただいても?」


「も、もちろんです。ええと、冒険者ギルドとは冒険者に仕事を斡旋するのがメインの業務になっておりまして、冒険者というのは、まあ、わかりやすく言うと何でも屋というか、元々は危険な『魔の領域』を冒険したり探索したりを生業にしていた人たちなんですが、人類の生息域が広がるにつれて探索すべき領域が減ってきまして──」


 だいたい前世で言う冒険者と同じ様な存在らしい。

 と言っても冒険者なる職業が前世で実際に存在していたわけではない。いやどこかにはいたのかもしれないが、少なくとも一般的ではなかった。

 話を聞いた限りでは冒険者とは、個人事業主であり、その本人の実力や才覚によって稼ぎと知名度に相当な差があるようだ。上位のほんの一握りの冒険者たちはそれこそ貴族と同等以上の影響力を持っている一方で、下位の冒険者はそれだけでは生活ができないような稼ぎしかないらしい。

 冒険者が前世に存在していたかどうかは不明ながら、これに近いシステムの職業ならば知っている。

 人によって格差が激しい個人事業主であり、上は上級国民クラス、下はアルバイト以下の収入しかない不安定な職業といえば。

 そう、「YoTuber」である。

 YoTuberとは、「Yo! Tube」という動画配信サービスで動画を配信する人たちのことだ。このサービスでは動画の配信者に対し、その動画の広告収入によってサイトが得た報酬の一部を還元する仕組みになっている。

 動画がより多くの人に見られれば、つまり実力があって人気が高ければ驚くほどの高収入を得られるが、誰にも見向きもされなければ目を覆うような低収入しか得られない。

 まさに冒険者と同じだ。これはもう冒険者=YoTuberと言っていいだろう。

 どこの誰でも登録することができ、またいつでも辞めることができるという。


 一方で、インテリオラ王国の傭兵は身元がしっかりした者しか登録することができない。具体的に言うと、他国の出身者では登録できないようになっている。一部とはいえ国や領地の軍事を任せる場合もあるので、これは当たり前である。他国関係者の紐付きでないことさえはっきりすれば孤児でも登録可能だ。

 さらに、依頼者から傭兵に支払われた報酬のうち、組合のマージンの他にも中抜きされている分がある。これは組合に加入するさいに説明があるらしいが、簡単に言うと年金のようなものだ。

 この年金は怪我や病気で働けなくなった傭兵に対し、働けなくなったあとの一定期間、最低限の生活ができるくらいの額が支払われることになる。この一定期間についてはその本人が傭兵として登録し依頼を受けていた期間や活躍によるらしい。

 傭兵は勝手に辞めることができないので、正当な理由付きで申請するか、このような働けない事態になった場合に脱退許可証が出るのだという。なお年金は脱退後でも決められた期間内は出る模様。

 ちなみにマルゴー領に限っては登録時に身元の確認はされないことになっている。

 マルゴー以外で生まれたものがマルゴーで戦いを生業にして生きていくのは非常に難しいので、領兵(公務員)も傭兵(個人事業主)も必然的にマルゴー出身者で固められてしまっているからだ。固められてしまっているというか、淘汰の結果そうなったというか。


 この国の冒険者にはそういう制度はなく、受け取る報酬はギルドの仲介手数料以外はすべて本人に支払われるようだ。その代わりすべてが自己責任。

 誰でも登録できるというのが一種のセーフティネットになっているのか、メリディエスでは明らかなアウトローは少ないようだが、冒険者自身があまり行儀のよい人種ではないようで、治安がいいかというとそういうわけでもないらしい。

 インテリオラの場合はアウトローはアウトローにしかなれないわけだが、衛兵や傭兵によって取り締まられているので、そこまで治安は悪くない。

 どちらがいいというわけではなく、そういうお国柄ということだ。


 アウトローとそうでない人の境界線がお国柄として曖昧だというならば、例のみすぼらしい国家公務員の言動もなんとなく腑に落ちる気がする。

 国是としてそれを良しとしているのなら、つまりメリディエス王国はならず者国家ということだ。なら遠慮はいらないな。ヨシ。


「あ、あの、説明は以上になりますが……。その、お嬢様は何か冒険者にご依頼を……?」


「いえ、説明ありがとうございます。特にそういう用事は──ないわけでもないですね。

 ちょっと人探しをお願いしたいのですが。女装が似合いそうな金髪の少年なんですが、もしかしたら筋骨隆々の大男に抱えられているかもしれなくて──」

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