第38話「この紋所が目に入らぬか。知らんけど」
無人となった林を南に抜け、メリディエス王国へと入った私たちは、とりあえず王都を目指すことにした。
王子の目撃情報を集めるにしろ、この国で何かするにしろ、人が多いほうがいいだろうというサクラの判断だ。賢すぎる。さすが王家の馬。
そんなわけで、私たちはメリディエス王都へとやってきたのだ。
インテリオラ王都のそれに比べれば若干みすぼらしいながらも、王都はそこそこ立派な壁に覆われていた。とはいえ、私も言うほど壁について詳しい訳では無い。故郷のマルゴーでは見ないものだし、前世で覚えがある壁も大半は木製かコンクリート製のものだった。総石造りの壁の良し悪しなんてわかるはずがない。
「ひひん」
「へーそうなんですね。あ、今のは別に塀とかけて言ったわけではないですよ」
「──おい、次! 早くしろ!」
ペットたちと談笑していたら、街を守る門番から呼ばれてしまった。
王都に入るために列に並んでいたのだが、私たちの番が来たらしい。
「次の奴……は……。あ、あの、並ぶところをお間違えでは……?」
私の顔を見た門番は震えながらそう言った。
「並ぶところ、と言われましても……。他に列とかありませんし」
「あ、いえ、申し訳ありません! 列というか、門でした! あちらに見えるのが貴族用の通用門であります!」
なるほど、確かにこの行列に貴族を並ばせるのも問題がある。そのための貴族用なのだろう。そちらに列がないのも当然だ。
そして門番の彼は私の格好を見て貴族と判断したに違いない。
必ずとは言えないが、だいたいの場合、貴族は平民よりも美しい。
貴族たちは歴史的に容姿や能力に優れたものを家系に取り入れることが多かった。現代でこそ貴族の婚姻となれば政治的な理由がほとんどだが、その政治基盤が不確かなうちは、それを確かなものとするために、政治力より暴力の方が重要だったのだ。そして効率的に暴力を手元に集めるため、容姿の良さも求められていた。
というより、元々容姿や能力に優れていた一族が貴族となっていったと言った方がいいのかもしれない。
なんにしても、私が言いたいのはつまるところ「貴族はだいたい美しい」という事実だ。
であれば、世界一美しい私を見て貴族だと判断しない方がおかしいということになる。それはあの無能なゴロツキたちもそうだった。
しかし私はメリディエス王国の貴族ではないし、この国には不法入国している。
実家も、というかインテリオラの王城も黙って飛び出しているし、身分を証明するものはない。証明したらそれはそれでまずい。
ゆえに貴族としてメリディエス王都入りをするわけにはいかないのだ。
「ご心配なく。私は貴族ではありませんから。貴方は貴方のお仕事をなさってください」
「貴族ではないなどと、そんな、見てすぐわかるような嘘を……。ハッ! まさか、お忍びということですか……?」
城を飛び出したことや不法入国をしたことを考えると、確かに忍んでいると言えなくもない。正確には忍ぶべき立場と言ったほうがいいか。
「まあそんなところです。内緒ですよ?」
不法入国がバレたら捕まってしまう。なので外国籍の貴族であることは絶対に内緒だ。
「わ、わかりました。しかし……我々にも立場がありまして……。なんでも結構ですので、御身の身分がわかる何かをお持ちではないでしょうか。もちろん、それを見たことは私の心の内にのみ収めておきますので……」
「身分がわかるものと言われましても……」
「あの、本当になんでも結構です。家紋が描かれた手鏡ですとか、懐剣ですとか……」
だからそれが駄目だって言ってんだろいい加減にしろ、と言いたいところをぐっと抑える。
もちろん私も貴族令嬢(♂)の端くれ。マルゴーの家紋が刻まれた懐剣は持っている。手鏡もだ。
しかし当然それを見せるわけにはいかない。
この門番も、まさかメリディエス王国中のすべての貴族の家紋を覚えているとも思えないし、何か適当な落書きとかしてあるアイテムでもないかな、と一応ポーチを探ってみたところ。
「あっ。何でもいいのでしたらとりあえずこれで」
きらびやかな刺繍のほどこされた絹のハンカチが出てきた。
かつては端にちょこっと刺繍がされていただけの普通の木綿のハンカチだったものだ。例のゴロツキの遺品である。
元のハンカチは無骨なデザインで、男性騎士が持っていても不自然ではないものだったが、絹っぽい魔物素材と貴金属糸っぽい刺繍が施されているそれは、どう見ても高位の貴族令嬢が持つに相応しい一品になっていた。
これなら私のポーチから出てきても不思議はないし、端っこにそれっぽい紋章の刺繍もあるので雰囲気でゴリ押しできるだろう。
「こ、これは!」
差し出したハンカチを広げた門番は驚きの声を上げた。
何事かと他の門番も彼の手元を覗き込むほどだ。そしてハンカチを持つ本人は驚きのせいかそれに気づいていない。私の心の内にのみ収めておくとか言っていたのは一体なんだったのか。
まあ私の家の家紋とはまるで関係ないし、別に見られて困るものでもないから構わない。
「……このツヤ、肌触り……これはもしや、王族のみが身に着けることを許されている、最高級のモスシルクでは……」
あれ最高級だったのか。まあ綺麗になっちゃう魔法をかけたし、ハンカチ自身がそれを望むのなら、そりゃ最高級にもなっちゃうか。
「……そ、それにこの刺繍糸も……貴金属繊維では……? 金を刺繍に使うのも、王族にしか許されない行為……」
後ろから覗き込む門番Bも驚いている。
シルクもそうだが、どうやらこの国では社会的身分によって身に着けるものに使ってもいい素材が制限されているらしい。インテリオラ王国には無い文化である。ひとつ勉強になった。
「……しかしこの紋章は……王家のものではない……。一体どういう……」
「……まさか、謀反の……」
おや。門番たちの様子が。
「……決意を表すためにこのようなハンカチを……」
「……ではこの紋章を家紋に持つ家は王家に叛意を……」
「……しかしそんなものを堂々と出したとなると、令嬢御本人には知らされていないのかも……」
堂々と出すっていうか、お前が出せって言うたんちゃうんか。
もっと言うと、堂々と同僚に見せているのもお前である。まあ内緒にしてねって言ってあるし、私に責はない。
「ぶひひん」
「んなーお」
「あっ。確かにそうですね。今のうちに……」
食い入るようにハンカチを見つめる門番たちをスルーし、私たちは王都に入ることにした。
いくら珍しいアイテムだからって、当番全員が見に来るのは良くないと思う。いや、全員で見に来ざるを得ないほどの重大事ということなのかもしれない。王族がどうとか謀反がどうとか言ってたし。
まあそんな重要アイテムなら差し上げるので好きなだけ見つめてほしい。別に私のじゃないし。
無事門番を突破し、潜り込んだ王都は、インテリオラ王国のそれと比べるとどことなくイマイチな印象だった。
城壁を見た時と同じ感覚だ。インテリオラ王国を☆5都市とするならこっちは☆4都市みたいな。
「あとなんかちょっと微妙に臭いますね……」
見れば、城門から伸びる大通りにはところどころに馬糞とおぼしき黒ずんだ塊が落ちている。落ちているというか、すでに何かに踏まれて平べったくなっていたりもする。
王都なのに☆4止まりなのは衛生状態も関係しているのだろう。インテリオラの王都には、馬車が排出するこれらの馬糞を掃除する専用の業者がいる。発注者は王国なので準公務員のようなものだ。馬車が存在する限り必要とされる堅実な職業である。
そういう制度はこのメリディエスには無いらしい。
「あまり長居したくはありませんが、まずは王子殿下の目撃情報を探って、あと余裕があればサイレントインベイジョンを仕掛けている元締めに何かするという流れでしょうか」
これまで調査してきたノウハウから、王子の目撃情報は酔っ払いをはじめとする正気でない人種に聞いたほうがいいことはわかっている。
正気でない人種は正気の人種が居づらい場所にいることが多いので、探すとしたら怪しげな歓楽街かスラムが妥当だろう。まともな酒場に行って聞いても軽くあしらわれるだけだ。
「……あおん」
「そういうところ? 何がそういうところなんですか? ていうかそういうところってどこのことなんです? もう、はっきり言ってくださいビアンカ」
「……わふう」
しかしビアンカは溜息をついたきり、その後は何も話さなかった。
仕方がないのでサクラを促し、スラム街へと向かうことにした。
スラム街がどこなのかはわからなかったが、この臭いのきつい都市の中でも最も臭い場所がそうなのだろうと当たりをつけ、さらに臭い場所へと向かってもらった。
★ ★ ★
この辺りから途中までしか書いてなかったりしてました。
我ながら適当すぎる……
しかもこのあとは何か急に全部解決したあとのエピソードしか書いてなかったので、ちょっとこれから書いていきますすみません。
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