第37話「申し訳ないが美しくない行為はNG」





「あっ。でも色々お話とか聞きたいので命まで獲ってはいけませんよ。え? もう遅い? じゃあいいです」


 ちょっと言うのが遅かったらしい。

 ゴロツキたちはその殆どがすでに息絶えていた。


「がはっ……! た、助けてくれぇ……!」


 私の言葉が聞こえたのか、まだ生きていたゴロツキのひとりがそんな声を上げた。

 そのゴロツキの二の腕に噛みつき、振り回していたビアンカが動きを止めてこちらを見てくる。まだ遅くない? と言いたげな目だ。

 じゃあいいやと一度決めてしまったので聞こえなかったことにするつもりだったが、可愛いペットにそんな視線を向けられてしまったらしょうがない。


「ビアンカ。その方は離して差し上げて。もし他にまだ息がある方がいらしたら──」


「たっ、たすけ──おげっ」


 別のところから声が上がったが、すぐに静かになってしまった。あまり生き残りが多いと面倒そうだなという私の感情を汲み取ったネラが速やかに止めを刺してしまったようだ。

 そしてそれを見たサクラが虫の息だったゴロツキを踏み潰してまわり、ボンジリはその真似をして死体の上をぴょんぴょんしていた。可愛い。可愛いのはいいのだが、そのまま足を拭かずに私の頭に乗らないでね。


「さて。なにか不幸な行き違いで貴方のお友達はいなくなってしまったみたいですけど、誤解さえ解ければ私たちは仲良く出来るはずです。ですよね?」


「て、てめえ……ガズたちを殺しておいて、何を……」


「まだ誤解があるみたいですね」


「ぎゃあ!」


 ゴロツキの指がビアンカに噛みちぎられた。汚いからぺっしなさい。


「えーっと。そろそろ誤解は解けたでしょうか。まだなら言ってくださいね。あ、指はまだ一九本残ってますから焦らなくても大丈夫ですよ」


 少なくともあと一九回は説得の機会がある。耳とか細々した部位を入れればもう少しあるだろう。

 ああ、男性だったら一番効きそうなもあるか。


「ひっ……」


 私の視線を辿ったゴロツキは自分の運命を悟り、無事誤解は一瞬で解けた。





 ◇





「そうだったんですね。やはりここはメリディエス王国……。それにしても、いかに他国の地方公務員とはいえ騎士であるなら、そのように見窄らしい格好をしているのはどうかと思います。それは貴方がたのみならず、貴方がたを雇っている領主の風聞をも貶めることになりますよ」


 とは言いながらも、我が故郷マルゴーの騎士たちの戦装束も実はそう見栄えが良いものではない。性能重視で準備されているため現地で穫れた魔物の素材をありのまま使っている部分が多く、また製作する時々で穫れる素材が変わるため統一性もない。山賊と比べてどっちがいいかと言うと判断の分かれるところであり、清潔なぶんギリ領兵のがマシかな、という程度である。

 しかしそれも本人の実力や性能に裏付けられているからこそ許されていることであり、実力も無ければ性能も紙同然のこのゴロツキたちの格好とは全く事情が違う。


「ち、違えよ! この格好はメリディエスの騎士だと思われないためにゴロツキに似せてしているだけで、本来の装備は別だ! 本来の装備さえしてりゃ──あんまり変わんなかったかもしんねえが、とにかくこんなボロい装備が俺たちの真の姿じゃねえ。それに、地方……なんたらってのは意味がわかんねえが、俺たちは中央から派遣された王立騎士団員だ。田舎者と一緒にすんじゃねえ」


「一緒にされたくないのであればそれなりの格好をするべきなのでは……。それより、公務員は公務員でも国家公務員だったのですね。となると、騎士がゴロツキレベルなのは国境の田舎だからではなく、メリディエス王国のお国柄ということですか」


「だから、この格好は偽装で──」


「私が言っているのは姿かたちのことではありません。正体を偽って隣国であるアングルス領の小麦の流通を掌握し、密かに締め上げその力を削ぎ落とし、見えないところから侵略しようと画策したその浅ましい性根のことを言っているのです」


 いわゆるサイレントインベイジョンというやつだ。

 もちろんこの大陸にはそれを取り締まる国際法のようなものはないし、堂々とした侵略だったらいいのかというとそうでもないかもしれないが、それでもこのやり方には何というかモヤモヤしたものを感じざるを得ない。

 上手く表現できないが、私としてはこのやり方は、そう、なんか──美しくない。そう思えるのだ。


 であれば、私的ジャッジでは彼らはギルティである。聞けば小麦買い占めをしているなんたら商会とやらも実は公務員らしいし、国ぐるみの犯罪だ。


「……ふん。浅ましかろうとなんだろうと、上が決めたことだ。例えここで我らを全滅させたとしても、今更、しかもたった一人で止められるものでもない」


「例え全滅させたとしても、とおっしゃいますが、すでに全滅しているのでは」


 部隊の何割が損耗したら戦力としては全滅判定、とかそんな話を前世で聞いたことがある。何割だったか覚えていないが、二桁以上の人数がいて今ひとりしか残ってないのなら、さすがにこれは全滅以外に言いようがないだろう。なんならひとりだけ生き残っていることのほうが不自然にさえ思える。みんな綺麗にナイナイしたほうがむしろ美しいと言うものだ。


「いや、まだだ。騎士団はたとえ最後のひとりになっても任務を遂行するのが使命だ。俺ひとりでも、この小麦倉庫の秘密を守り通す。知った奴はには消えてもら──」


 男は言い終わらないうちに、頭からサクラに踏み潰されてしまった。

 びくびくと動く右手にはナイフが握られている。これを後ろ手に隠し、私を攻撃するつもりだったようだ。

 抜け目ないことだが、そういうムーブがゴロツキレベルだと言っているのだ。私が言ったのは何も性根のことだけではない。戦闘力も状況判断も含めてである。これがもしマルゴーの領兵だったら、動けるようになった時点で攻撃の隙を探っていたはずだ。隙さえあれば、それが自分で私に色々語っている最中だろうと奇襲をかけていただろう。わざわざ「消えてもらう」とかそういう余計なことを口走ったりはしない。

 ていうかそれ以前に、世界一美しいことだけが取り柄の令嬢のペットに安安やすやすとおもちゃにされたりしないけど。


「あ、ばっちいですよ。ぺっしなさいネラ──え? なんですかそれ」


 焼く前の粗挽きハンバーグと化したラスト・ゴロツキからネラが何かを咥えて持ってきて、私の前でぺっした。

 それは赤黒い布だった。赤黒いのはゴロツキの血で染まっているからで、布の端は白い。元は白い──ハンカチだろうか。赤黒一色で分かりづらいが、表面の不自然な盛り上がりからするとどうやら刺繍がされているようだ。


「なんでしょうこれ……。あそうだ。綺麗になあれ」


 私はいつもの「対象を綺麗にする」魔法を使った。

 するとハンカチの汚れは一瞬で消え、さらに綿めんらしき生地は白銀の光沢を持つ滑らかな手触りのものに変化し、刺繍の糸もピンクゴールドに輝いた。

 私のこの魔法の効果はかけられた対象の美意識に大きく左右される。まさかゴロツキのハンカチにそんな美意識があるとも思えないが、なんか最高級のハンカチみたいな姿になってしまった。この手触りは絹だろうか。

 絹と言っても前世の養蚕家のような職業があるわけではないので、絹は100%天然物であり、その糸が採れる虫も家くらいのサイズの超巨大な蛾の幼虫である。

 マルゴーでもたまに見かけることがある。二階建てくらいの家に寄りかかって繭を作るので、屋敷のバルコニーからもよく見えたものだ。ちなみにこの蛾が繭を作った家は辺境伯家でまるごと買い上げ、住民には別の家を無料で充てがっていた。それでも余裕でプラスになるくらい、糸が高く売れるからなんだそうだ。田舎領主の生活の知恵である。イナカの領民ショーみたいなテレビ番組あったら絶対紹介されるやつ。


 綺麗とは必ずしも素材の高級さのことではないと思うのだが、どうしてこうなったのか。まあ見た目に綺羅びやかになったのは確かだけど。

 私は無駄にレアリティが上がったハンカチをポーチに入れ、魔法の余波でツヤツヤになったネラの毛並みをひと撫でして立ち上がった。


「アングルス領の小麦の件、気にはなりますが……。確かに私ひとりでどうこうできる問題ではありません。私にできるとしたら、王子を探して南下するついでにメリディエス王国に寄って何かするくらいでしょうか」



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