第31話「第一章 エピローグ」
王都からミセルが姿を消して間もなく、僕はマルゴー領へと引き上げた。
ミセルの足取りはまったく掴めなかったし、唯一の情報源である捕らえた賊たちも逃亡してしまったからだ。
そしてそれらの顛末をマルゴー辺境伯である父ライオネルに報告しているところである。
「……ちっ。賊を逃したのは王家の失態だな」
「僕の失態でもあります……。ただ、言い訳をするわけではありませんが、今回ばかりは相手の方が一枚上手だったのではないかと」
と言うのも、あの時、王都全域であらゆる魔法やスキル、魔導具の効果が全て効かなくなってしまっていたからだ。発動すらも出来ない状態だった。
それはマルゴーで鍛えられたこの僕でさえもそうだった。
だからこそあの賊たちを捕らえることが出来たとも言えるが、巧妙だったのは、その特殊能力無効効果が王都の地下には及んでいなかったということだ。
捕らえた賊は王城の地下牢へと連れて行かれた。
そこで、無効効果から逃れた賊らは即座にスキルを発動し、騎士たちを振り切り逃げおおせてしまったというわけである。
また賊が逃げてからしばらくして王都の無効効果も消え去ったので、あの効果は賊の仲間が撹乱のために仕掛けたものだったのではないかと言われている。
「あの無効効果には、この僕でさえ何の抵抗も出来ずにとらわれてしまいました。おそらく敵には父上にも匹敵する実力の術者がいるものと思われます……」
「……ミセルはそんな者を追っていったというのか」
「……はい。申し訳ありません……」
正直に言って、僕らにとっては王都の失態も行方不明の王子もどうでもいい。
重要なのはミセルの安否だけである。
ミセルだってもうすぐ成人だ。
マルゴー領で成人といえば、大人と比べて体付きはまだ小さいとしても、もう一人前の戦士として扱われる。例えパン屋の息子であろうともだ。パンに挟むソーセージの肉を手に入れようと思ったら、オークの一体でも一人で狩れなければやっていけないからだ。
それはミセルも同じことが言えるはず。むしろ平民の子どもたちと比べれば血筋も教育も優れている分、より大人に近いと言えるかもしれない。
しかし相手に父と同格の敵がいるのであれば話は別である。
オークを何体相手に出来ようと、父の相手は到底務まらない。
返す返すも、王都でミセルを見失ってしまった自分の失態が悔やまれる。
確かに魔法もスキルも一切使えなくなっていたが、この僕の嗅覚をもってすれば、ミセルの匂いを追うのも不可能ではなかったはずだ。
しかし謎の光の粒子に視覚だけでなく何故か嗅覚までも阻害され、追うことが出来なかったのだ。
あれもおそらくは敵の撹乱作戦の一環だろう。
他にも王都の街の屋根の一部が黄金に似た何かに変じられていたりなど謎の現象も多々起きている。屋根から取れた金に似た何かを精査した結果、どれも本物の金よりほんの僅かに重いため、国は「あくまで金に似た何かであって金ではない」と結論を出していた。
こちらは金ではない何かを金だと誤認させ、王国の経済を破壊する目的だろうと言われている。
「……ミセル……」
手のひらで顔を覆い、項垂れる父。私も全く同じ気持ちだ。
しかし不安材料ばかりではない。
いや厳密に言えば不安材料なのだが、我々だけでなく仮想敵にとっても不安材料になることなので、そういう意味では良材料と言えなくもない情報があるのだ。
「父上。そのミセルなのですが、私が最後に会った時、王子の馬と普通に会話していました」
「……何だと? マルゴーの、軍馬のようにか?」
「いえ。マルゴーの軍馬よりもはっきりと、です」
マルゴーの領軍に配属されている軍馬は普通の馬ではない。
いや普通の馬ではなくなってしまった、というべきか。
かつて一時期、動物に興味を持った幼いミセルに馬の世話の真似事をさせていたことがあったのだが、それ以降、その馬房の馬たちに異常な身体能力と知能が宿るようになったのだ。
そんなことはマルゴーの長い歴史の中でもまったくなかった事態であった。
変化点はというと、全ての馬たちが世話の真似事をするミセルに妙に懐いていたことくらいである。
のちの馬の世話係からの証言によれば、ミセルはその強化された馬たちと会話をしているかのような素振りを見せていたという。そのことから、おそらく幼いミセルが無意識に魔法を使って強化してしまっていたのではないかと推測されている。
軍馬たちはミセルと離れてからも兵たちの話をよく聞き、人間と同じように訓練に参加し、同じように命令に従う頼もしい戦力となっている。残念ながら人間側は馬の言葉はわからないままだが。
ゆえに、もし王子の馬がマルゴーの軍馬以上の知能を備えているのであれば、マルゴーの軍馬以上にミセルの世話を受けていた可能性がある。
それはつまり、この王都に強力な新種の馬が誕生したことを意味する。
「しかもその馬には僕の【威圧】も効いていないようでした。オーガの小隊長クラスの実力はあるでしょう」
「……なるほど、であれば……。何もいないよりはマシ、か」
「はい。……今は、信じて待つしかありません」
「で、あるな……。いずれにしても、ミセルが自分で決めたこと。我々にできるのはそれくらいか……」
「あ、ところで父上。新事業とは一体何の話でしょう。ミセルが言っていたんですが」
「……今の我々にできるのは、ミセルを信じて待つことだけ、か」
「あれ? 聞こえてませんか父上。あの、父上?」
◇ ◇ ◇
この峠を越えれば、インテリオラ王国を出てメリディエス王国に抜けることが出来る。
任務がどうなったかはわからないが、とりあえず生きて逃げることだけは出来そうだ。
あの護衛の女のふざけたスキルには度肝を抜かれたものの、王都の地下にまで影響が及んでいなかったのは僥倖だった。
「──にしても、地下ならスキルが使えるだなんて、よく気づいたわね『教皇』も」
「はあ? そんなのわかって当然だろ。見てなかったの? 地下牢に魔導灯が点いてたのを。地上の魔導灯は消えてるっぽかったから、だったら地下には効果は及んでないってことだよね」
「……なるほど。よく見てるわね」
「見てないほうがどうかしてるよ。頭と戦闘力だけじゃなくて、観察力までザコなの?」
いらっ。
「ま、まあそれはもういいとして。
それより、まさかあの強面の『教皇』がこんな可愛い男の子だったなんてね。びっくりしたわ。なんで結社の仲間にも秘密だったの?」
「お前みたいな変態にそういう気持ち悪いこと言われないようにだよ」
いらっ。
◇ ◇ ◇
マルグリット王子が攫われた。
さらに、それを助けるためにミセリア・マルゴー伯爵令嬢が城を飛び出し、しかも戻っていない。
誘拐犯たちは捕まったが、王子はどこかに連れ去られたままだ。おそらくはミセリア嬢も王子の後を追うために姿を消したのでは、と言われている。
大変な美談である。まさに物語の一幕だと言っていい。男女の役割が逆なのでは、とか、全員無事に戻ることが出来れば、という注釈はつくが。
そんな物語の影で、私は一体何をしているのだろう。
もちろん、平凡な貴族令嬢に出来ることなどたかが知れている。特にこういう非常事態では、居ないほうがマシなくらいだろう。
しかし、そうとわかっていながらも、ミセリア嬢は城を飛び出していった。
彼女は、王子が攫われたのは自分のせいだと言っていた。
本当は私が彼女にデートを勧めたからなのに。
彼女のあの、容姿に見合わぬ勇敢な気概は、実父の姿を間近で見続けてきたがゆえのものなのかもしれない。
魔物の脅威から領民を守る、立派な辺境伯の姿を。
ならば。
インテリオラ王国財務局を預かる侯爵を父に持つ、私がするべきなのは。
「……わたくしは……。わたくしに出来ることは……」
★ ★ ★
ミセリアお嬢様の行動と思考はあまりに意味不明なので、この世界準拠で言ってもちゃんと意味不明ですよ、というフォローも兼ねたエピローグです。
さてはフォローの意味わかってねえなこいつ(
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