第32話「ついてない王子」





「さすがですね、『恋人』。万が一を考え、貴方をサポートにつけておいて正解でした」


「……別に。大したコトはしてないワ」


「あら、浮かない顔をしていますね。貴方は可愛い男の子が大好きだと思っていたのですが……。王子は好みに合いませんでしたか?」


「……そうネ……。いえ、そんなコトはないワ。あの子はどちゃくそ好みヨ。だから、あの子の世話はワタシに任せてちょうだイ」


「あらあら。壊さないでくださいね。彼には私たちに協力してもらわなければならないのですから」


「……わかってるワ」









『女教皇』の元を辞したワタシは、攫ってきた王子を捕らえてある自分の部屋へと戻った。

 自室といっても、結社の幹部に与えられているだけあり、人を一人監禁しても余裕で生活できる広さはある。いやそもそも幹部とは言え構成員の自室に重要な人物を監禁させる時点でおかしいが。

 まあ『女教皇』のあの言い草からすると、そうした処置もワタシへの褒美のひとつだと考えているのだろう。


 たしかにワタシは、美少年が好きだ。

 しかし手を出したことは一度もない。

 自分の容姿が美少年に好かれないことは理解しているからだ。もし自分が美少年であったとしたら、例え同性が好きという性的嗜好を持っていたとしても、今の自分だけは絶対に選ばない。

 ワタシが求めているのはあくまで純愛であって、ケモノのような本能に塗れたまぐわいではないのだ。

 美少年には好かれないものの、ワタシの容姿を好む男性もごくまれにいる。そういう男性と一夜を共にしたことはある。ワタシが欲しいのは純愛だが、それだけでは人は生きてゆけない。一時の寂しさを忘れさせてくれる偽りの情熱も時には必要なのだ。


 ただし。

 もし仮に、今ワタシの部屋で気を失っている王子がワタシに恋心を抱いたとしても。

 ワタシはそれを受け入れることはないだろう。

 なぜなら、攫ってきたこの王子は美少年などではなく、本当は美少女なのだから。

 残念ながら、美少女たる王子はワタシのストライクゾーンから外れている。ワタシにも選ぶ権利はあるのである。


「……でも」


 結社の崇高なる目的のためとはいえ、自らの性別を偽ってまで大国の王子として頑張っている健気な少女を攫い、しかもそれを、ワタシのような人間に好きにさせるというのはどうなのか。たとえ目的が崇高なのだとしても、いや崇高だからこそ、そのような人道にもとるやり方は避けなければならないのではないか。

 ワタシは少女になんの性的興味も持てないので彼女は無事でいるが、そうでなければ今頃大変なことになっていただろう。しかも『女教皇』はそれすらこの少女をコントロールするための手段のひとつと考えていた節がある。


 まあそのことに薄々気がついたからこそ、王子が少女である事実は報告しないでいたわけだが。


「……を作る、という結社の理念に惹かれて長く仕えてきたけれど……。潮時なのかもしれないワネ……」


 性的マイノリティであるワタシたちは、常にマジョリティから弾圧され、いないものとして扱われてきた。

 ワタシ自身、つけたくもない筋肉をつけたのはそれに対抗するためでもあった。強くなければ、守りたいものは守れない。

 まっとうな集団ではないと知りながら結社に身を置いたのもそれが理由だった。ワタシやワタシを慕ってくれるマイノリティの仲間たちの居場所を作り、守りたかった。

 けれど、現実はそう甘いものではなかった。

 そう大きくない店だった。軽く酒を飲み、ちょっとだけ羽目を外して騒げるだけの、そんな酒場だ。それが何軒か寄り集まり、独特の雰囲気を持った一帯になったという、ただそれだけの場所。

 だというのに、その地域は解体され、店は閉店に追い込まれた。絶え間ない悪意が、心無い言葉が、ワタシたちの居場所を破壊した。

 結社の支援を受け、やっとの思いで作り上げた店だった。


「……お店を立ち上げる支援をもらったことは感謝してる。でも……。結局、結社は守ってはくれなかったワ」


 今結社の、というより『教皇』の指示でやっている仕事は、決して褒められたものではない。あの王都から王子を攫ってきたこともそうだ。

 もしそうした後ろ暗い行為をワタシたちが追求されるときが来たとしたら、果たして結社は守ってくれるのだろうか。






★ ★ ★


おおよそ一年ぶりの投稿となります。

皆様いかがお過ごしでしたでしょうか(


書けている分だけですが、毎日投稿していきます。

とはいえ一週間くらいで息切れですが……





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