第30話「ムジカント」





 前世で読んだ、その童話の内容。

 確かこんな感じだった。


 とある都市を目的地とし、そこへ辿り着く事を夢見て音楽隊の名を冠していたが、楽器などからっきし、弾いた事もなく、それどころか、なんなら目的地に到着する事もなく旅を終えてしまった。結果から言えば、都市の名前も音楽隊という肩書もどちらもまったく関係なかった。そんな、やりたい放題の超自己中な動物たち。


 いや冷静に考えたらうちのペットたちは賢い良い仔ばかりなので、超自己中の音楽隊とは似ても似つかないな。

 目的地である王都に向かう途中で集まったあたりは共通点がなくもないが、集まったというか私が集めただけだし。


 あ、でも私の自己中ぶりに関しては童話の動物たちにも負けていないかもしれない。

 何しろ私は宇宙一美しいので、望むと望まざるとにかかわらず、自然と宇宙の中心になってしまうのだ。これは良いとか悪いとかではなく、ごくごく自然の成り行きだ。


 なんということだ。似ても似つかないとか言いながら、一周回って状況が合致してしまった。

 誘拐の主犯は私の姿が逆光でよく見えていないようだし、まさに例の「音楽隊」と同じ展開だ。


 ならばそう名乗るべきなのかもしれない。

 誘拐された王子を見つけるという目的のため、ここに集まった私たちは。


「私たちこそ、王子を救うために結成された音楽た──」


「名前なんてどうでもいい! 化け物め、人間じゃなかったってんなら僕のスキルが通用しなかったのも──待てよ、てことは、僕の姿も……!?」


 どうでもよくない。

 せっかく名乗ろうとしたのに被せられてしまった。


「……まさか街なかで、こんなとんでもないモンスターに出くわすとはね。魔物を第一王子の護衛に付けるだなんて、インテリオラの王家もと大差ないじゃないか。くそっ、僕のスキルは対人専用なんだぞ……!

 ──おい『悪魔』! お前がなんとかしろよ!」


「──無茶言わないでよ! 私だって耐魔物のスキルなんてほとんど持ってないわ!」


「っとに使えないな! もういい! 【支配の残滓アンシャン・レジーム】で王子と僕だけでもここから転移する! お前は自分で勝手に離脱しろ!」


「はあっ!? ふざけんじゃないわよ!」


 宇宙一美しい私に対して魔物だとか人間じゃないとか失礼極まりない。

 いや別に魔物を美しさにおいて差別しているとかそういうわけではなく、ただ相手の種族を間違えて決めつけるのは失礼なんじゃないかなーというだけだが。


 しかも、主犯の美少年は地面の黒女クロジョと仲間割れを始める始末だ。

 だが、名乗りを無視されてムッとしながらも、精神的に大人である私は彼の言葉を一切聞き逃してはいなかった。

 主犯は今、何とかかんとかを使って転移で逃げるみたいな感じのことを言っていた。しかも王子を連れて。

 そんなことを許すわけにはいかない。


「いいからお前はこの化け物を足止めしておけ! 【アンシャン──】」


 窓際の美少年を中心に、黒っぽい謎粒子が展開された。いや、黒っぽいのは辺りが暗いからで、実際に何色をしているのかはわからない。

 しかし何というか、この雰囲気というか、匂いには覚えがある。

 これは私の目の前から王子が連れ去られたときのあの匂いだ。


「いけない!」


 主犯の行動を止めなければ。


 私の脳裏に、再び音楽隊の童話が蘇ってきた。


 音楽隊は最初、森の中の小さな家にいた強盗たちを驚かせ、魔物が来たと勘違いさせて追い出した。強盗たちは本来なら、老いた家畜の四匹程度にやられてしまうような者たちではなかったはずだ。あれは音楽隊が状況を最大限に利用し、強盗の持っている力を発揮させなかったからこそ出来たことだった。


 主犯が私たちを魔物だと勘違いしている今なら、主犯を驚かせ、その力を発揮させずに行動キャンセルさせることが出来るかもしれない。


 そう考えた私は、思ったことをそのまま口にした。

 いつもの魔法と同じだ。

 口に出し、宣言することで、願いを現実にするのだ。

 魔法にはそういう力がある。

 たぶん。


「私たちは音楽隊……。そう、【音楽隊ムジカント・第一楽章】発動!」


 さらに、この宣言で私の脳裏にまた別の記憶が蘇ってくる。


 明るい店内。

 きらびやかなショーケース。

 整然と並べられた机と椅子。

 すえた匂い。

 殺伐とした表情。

 緊迫した空気。

 そして駆け引き。


「第一の効果! 私以外のフィールドの全てのユニットは効果が無効となり、効果の発動も出来ない!」


 その瞬間、私は光り輝く巨大な樹を幻視した気がした。樹だけに。


 その幻覚が消え去ったあと、私を中心に金色の光の粒子が広がっていき、同じように広がりかけていた主犯の黒っぽい粒子を全てかき消してしまった。


「【──レジーム】ッ! な、馬鹿な! 発動しない!? なんで!?」


「無駄です。あらゆる効果は無効化し、発動も封じました。もうこのターンは私以外にスキルや魔法を使うことはできません」


「何を言って……!」


「ちょ、ちょっと『教皇』! あんた、その姿……!」


 窓際の主犯を見上げる黒女が驚きの声を上げる。


「姿……? あっ! ぼ、僕を見るな!」


 黒女を見下ろし、何かに気づいたらしい主犯は顔を隠した。


「……なるほど。常日頃からスキルを使って姿を偽ってたってわけね。結社まで騙してたなんて。まあ、今はそれはいいわ。で、どうするの? そこの護衛の美人が言う通り、なんかスキル使えなくなってるみたいなんだけど。王子連れて逃げられるの?」


 黒女は手をぐっぱしながら何事か呟いた後、諦めたようにそう言った。

 スキルを試し、使えないことを早々に理解したようだ。


 しかし主犯は諦めない。


「アンシャン・レジームッ! くそっ! 発動しない!」


「だからそう言っているではありませんか。このターンはもう使えないと。往生際が悪いですね」


 下の黒女は物分りが良かったというのに。


「このターンって何なんだ! いつまでなんだよそれ!」


「……いつまでなんでしょう」


 ターンというのは手番のことだ。カードゲームでいう、自分の番のことを指す。

 ではそのターンはいつまでなのだろうか。エンド宣言をするまでだろうか。

 そもそも今って誰のターンなのだろう。

 主犯がスキルを発動しようとしていたくらいだし、彼のターンだろうか。

 だとしたら、彼自身がターンエンドを宣言しない限りスキル無効は解除されない。しかし彼がエンド宣言をしたならば、次に彼のターンが回ってくるまでどのみち彼はスキルを使えないだろう。知らないけど。


「本当にスキルが無効化されているっていうんなら、私の【誘惑】も切れてるはず。その中でこれだけ騒いでちゃ、すぐにでも騎士や衛兵が飛んでくるわ。その前に──」


 その黒女の声は、途中から私のすぐ後ろで聞こえていた。

 見れば、地面にいたはずの黒女の姿がない。

 スキルが使えない中、自らの身体能力のみで移動したようだ。

 そう、私の真後ろに。


「──護衛を殺し、王子を担いで逃げればいい。それしかない」


 空気を切る鋭い音がする。

 私を狙い、凶器を振るったのだろう。


 しかし私は一人ではない。


「わふ!」


「はぶっ!?」


 ビアンカがもこもこの尻尾を振り、黒女の一撃を迎撃した。

 よく見てないので知らないが、黒女の声から言って尻尾が当たったのは凶器ではなく顔とかなのかもしれないが。


「なご!」


 さらにネラがとびかかり、黒女を取り押さえる。頭が急に軽くなったのでわかる。


「ぴい!」


 ボンジリも何かするのかな、と思いながら振り返ると、サクラの尻の上でネラに乗っかられた黒女の頭をヒヨコがつついていた。黒女はぐったりしている。いささか不自然なぐったり具合なので、もしかしたらボンジリの嘴には麻痺効果でもあるのかもしれない。私も気をつけよう。


「……さて。あとは主犯の少年を捕縛し、王子を連れて帰るだけですね」





 しかし、その直後にボロアパートに突入した私たちが目にしたのは、床にうなだれる主犯の美少年だけであり、王子の姿はどこにもなくなっていた。

 ただ、細く光の粒子だけが建物の外へと伸びているのだった。





 ◇





 王子は、捕らえた美少年──『教皇』と名乗った──すら気づかないうちに連れ去られていたらしく、『教皇』本人も驚いていた。


 私はしばらくしてやってきた衛兵たちに『教皇』と黒女の捕縛を任せ、一旦王城に帰ることにした。


「ヒヒン」


 その途中、サクラから提案があった。


「それは……確かにそうですが」


 サクラが言うように、このまま城に戻ったとしても、私もサクラもペットたちも城の関係者やフリッツに城に軟禁されてしまう可能性はある。

 そうなってしまった場合、王子の匂いを追うことは難しい。

 いずれほとぼりが冷めれば監視も解かれるかもしれないが、そのときにはもうあの匂いも残っていないかもしれないし、何より王子が無事であるかどうかわからない。


「……王子殿下を助けようとするならば、今ここで選べ、ということですね」


 すなわち、日常に戻るか、それとも日常を捨てるか。

 捨てるとしたら、おそらく家族や友人にとんでもない迷惑と心配をかけることになるだろう。

 しかし、戻れば少なくとも私に関する心配はかけずにすむ。

 城を出るときフリッツを振り切ってしまってはいるが、今ならばまだ叱られるくらいで済むはずだ。


 私の祖父が国王とした盟約のこともまだわかってはいない。元はと言えばそれが目的で私は住み慣れた領を出てきたのだ。王子が居なくなった今、その盟約を知ったところでもう意味は無いかもしれないが。


「いえ、考えるまでもありませんでしたね」


 フリッツに切った啖呵は私の本心だ。

 私は私の美しさを守るため、そして王子に女装をさせるため、彼を追う。


「わん!」


「あら、付き合ってくれるのですか? ふふ。もちろん置いていくつもりはありませんよ」


 生まれてこの方、自宅の屋敷と、そして王城からほとんど出歩いたこともなかったような箱入りの令嬢である私だ。

 たったひとりで王子を追って旅などできるはずがない。

 しかしこのサクラとペットたちが居てくれるのなら、何とでもなるはずだ。


 私はしばし、ユリア嬢と兄フリッツがいるであろう王城を眺めた。


「……申し訳ありません。私は行きます」


 そしてサクラを旋回させた。

 あのボロアパートから続く王子の匂いを辿らせるためだ。

 今はまだ私の力で王子の匂いが光となって浮かんでいるが、やがて朝が来ればそれも見えなくなるだろう。


「待っていてください。マルグリット殿下。私は必ず貴方を──」






★ ★ ★


ここで第一章は終わりとなります。

本作は今度こそメインタイトル通り、伯爵令嬢(♂)が華麗に冒険をするお話にします。たぶん。

なので、旅立ちの章って感じですね。囚われのおひ──王子様を助けにいく男のコという王道の展開です。


この後はしばらく投稿を休み、ある程度書き溜めが出来たところで、伯爵令嬢(♂)かやべーやつのどちらかの更新を再開いたします。


なお、どちらもカクヨムコン8に登録しておりますので、続きが気になる!という方は是非フォローやいいね、レビューをお願いします。


まあぶっちゃけるとコンテストで何にも引っかからなくても多分更新再開はすると思いますけど。


追記

もう一話、第一章エピローグを投稿します。

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