第29話「蘇る前世の記憶」





「──お前、護衛の!? なぜここが! ていうか何で屋根から!?」


 黒ずくめの女が私を見上げてそう叫ぶ。

 質問がたくさんでどれから答えていいか悩んでしまうが、一番重要そうなものから答えてあげるのがいいだろう。


「屋根の上から現れたのは、屋根の上なら道がいているからですね。まあ屋根の上には道はありませんし、夜なので下道にもあんまり人いませんけれど」


 言っていて思ったのだが、普通に馬車が通れるような道を街の上に通してしまうというのはいい案かもしれない。

 前世の高速道路のようなものだ。お金とか取れば初期費用はいずれペイできるだろう。ペイしてからもなんだかんだ理由をつけて取り続ければ定期収入にもなる。

 まあ前世の自動車の排ガスと違って馬車の排泄物は固形物なので、高速馬車道(仮)の下にある家には馬の糞尿が降り注ぐことになるが。


「そんな事はどうでも……! くそ、『教皇』め! 自分の仕事は完璧みたいなことを言っておきながら、簡単に追尾されてしまっているじゃないか……!」


 黒ずくめの女略して黒女クロジョがボロアパートの部屋の中に向かって悪態をつく。


「──お前こそ、撤収くらいは出来るかと思って任せたのに、窓開けた瞬間見つかってるじゃん! この無能!」


 ボロアパートの中からも誰かが叫ぶ声が響く。壁が薄いからかよく聞こえる。こういう安普請の建物って屋根も薄かったりするのかな。まあ安普請と言ってもすでに屋根の一部だけ黄金に変わっちゃってるけど。


 というか、アパートの中の声はどこかで聞いたことのある声だ。


「ブルルン……!」


「ああ、やはりそうでしたか」


 今の声は王子を攫ったあのの声で間違いない。

 つまり、ここに王子がいる可能性が高まったということだ。

 私が金色の粒子で可視化したのはあくまで王子の匂いであって、必ずしも現在進行系でそこに王子がいるとは限らない。

 犯人と王子の匂いが同じところにあるならば、まずここが目的地だと言っていいだろう。


「さすがサクラ。耳もいいんですね」


「ブルン!」


「なるほど。それはそうですね」


 私がサクラを褒めていると、下の黒女から理解できないものを見るかのような視線を向けられた。


「……なんで当たり前のように馬と会話してるんだこいつ……! 頭がどうかしてるのか……? くっ、無視したいのに目を離せない……!」


 何を言っているのだろう。話せる相手とは話すのが普通では。馬だからとか人間じゃないからとかは些細な問題だ。

 こういう色眼鏡で見る人がいるからこの世から争いはなくならないのだな、と感じた。実際王子誘拐という罪を犯してしまっているし。


 そして、その王子を誘拐した主犯の美少年はボロアパートの中にいる。

 建物の屋根に私たちが乗っている限り、その目を盗んでここから逃げ出すのは不可能だ。仮に裏口があったとしても上からならすぐにわかるからだ。玄関口も裏口も向きが違うだけで大差ない。


 私はそのことを主犯に告げてやることにした。


「──こほん。えー。マルグリット王子殿下誘拐犯の皆様。皆様は完全に包囲されています。速やかに殿下を返却し、無駄な抵抗はやめて、慰謝料と賠償金を支払ってください」


 別に包囲などしていないのだが、全周囲を監視しすぐに行動に移せる状態であるわけだから、実質包囲と言っても差し支えあるまい。


 ボロアパートの中の美少年の声が私まで聞こえてきたくらいだから、少し声を張れば中に届くかな、と思いながら喋ったのだが、途中から風っぽい魔法的な何かによって私の声が急に大きくなった。

 頭の上の方から怪しい雰囲気を感じたので、やってくれたのはペットの誰かだろう。賢い。


 すると、黒女を押しのけて誰かがボロアパートの窓から顔を出した。私の声が聞こえたのだろう。

 可愛そうな黒女は押しのけられた結果転落してしまったが、猫のように空中でくるりと回転し音もなく地面におりていた。

 すごいな。うちのネラより身軽なんじゃないか。

 ネラは元が虎サイズの魔獣だからか、仔猫の今も手足が妙にずんぐりしていて太ましい。すばしっこく城のあちこちを走り回ったりはするものの、軽やかという感じではない。どちらかと言うと黒い毛玉が転がっているような感じだ。

 ちなみに毛足の長いビアンカが走ると白い綿毛が転がっているように見える。


 窓から顔を出した誰かは、よく見れば主犯の美少年だった。

 あれだけ美しい少年だ。よく覚えている。

 具体的に言うと、マルグリット王子の次、の私の二人の兄の子供時代の次くらいには美しい少年だ。父の子供時代を知っていればその上のどこかに父が入っていたかもしれないが、まあ大体そんな感じ。


 さらに、美少年と共に金色の光が窓から大量に溢れ出し、屋根の上のわたしたちの頭上まで昇っていった。

 間違いない。

 あそこに匂いの元、つまり王子がいるのだ。


「誘拐犯に逆に金を要求するだなんて非常識にもほどがあるな! くそ、やっぱり護衛は排除しなきゃミッションは終わらないってことか!」


 美少年はそう言った。

 いや加害者に賠償金と慰謝料を請求するのは普通では。


 その程度の覚悟もないのに犯罪に走ったのかと呆れていると、美少年は首を巡らせ屋根の上の私たちを見た。


「な、なんだ……? 馬型の……魔物……?」


 私は眉を顰めた。

 宇宙一美しいこの私を捕まえてモンスターとは失礼な。

 と一瞬思ったが、美少年の頭越しに見える地面に映った影は確かに馬のモンスターとしか言いようのない姿だった。ちょうど黒女のすぐそばの地面だ。

 なんでこんな影が、と上を見上げてみると、先ほど立ち昇っていった王子の匂いの塊が私たちの頭上で煌々と輝いていた。なるほどあれのせいか。

 あの匂いの輝きの手前に私たちがいたから、美少年はその姿を逆光で見て魔物と勘違いしたらしい。


「あおーん!」


「なーご!」


「ぴいぴい!」


「あっごめんなさい」


 私が上を見上げたので、頭に乗っかっていたビアンカたちが落ちそうになり、抗議の声を上げてきた。マジ申し訳ない。だから髪の毛引っ張るのやめて。


「……複数の獣の鳴き声……! 護衛の女は、まさかキマイラ系の魔物か何かだったのか!? なるほど、人間にしちゃ綺麗すぎると思ったよ!」


 馬の次はキマイラとかいう魔物扱いだ。

 ただ影を見て鳴き声を聞いただけで魔物と勘違いするとは、かなり認知が歪んだ人物だなあ、と考えたところで、前世の童話でそんな話があったのを思い出した。何だったかなあれ。








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