第27話「まばゆく光り輝く何か」





 借りている安宿、その一室に誰かが侵入してくるような気配がし、私は振り向いた。

 扉が開けられるような音はしなかった。ならば扉を開けずに入ってきたのだろう。

 私が知る限り、現在このインテリオラ王都にいる人物の中で、そんなことが出来るのは『教皇』だけだ。


「おかえ──えええ……?」


 現れたのはやはり『教皇』だった。

 しかしひとりではない。小柄な人間を小脇に抱えていた。

 見覚えがある。これは第一王子だ。


「護衛の美人を始末しに行くとか言ってなかったっけ? 王子持って帰ってきちゃったの?」


「そりゃ、それが可能ならそうするでしょ。目的は護衛の排除じゃなくて王子の奪取なんだから」


 それはそうだ。


「……じゃあ、あの美人を排除できたんだ」


「いや? なぜだか知らないけど、王子の方が護衛の前に出てきてたからね。

 あの護衛は確かに厄介そうだった。僕のスキルも一部無効化してたみたいだったし……。でも特に動く素振そぶりもなかったし、逆にいきなり痴話喧嘩して王子の行動を阻害したりして、ちょうどよかったから護衛は無視して彼だけ攫って来たんだよ。実に楽なミッションだったね」


 『教皇』はそう言い、厳つい顔で見下すような表情を作り私を睨んだ。

 こんな簡単な仕事に失敗しやがって、という思いが透けて見える。

 しかし私にも言い分はある。


 確かに護衛が護衛として機能していないのなら、無視してターゲットに狙いを絞るのは当然だ。

 ただし、それは相手が普通の護衛だった場合に限る。

 私があの美人と遭遇したのは一対一の状況であったが、仮にあの場に目標である王子が居たとして、彼女を無視して王子を攫うことが出来たかと言えば疑わしい。

 そのくらい、あの美人には何か、人を惹き付ける魔力のようなものを感じた。

 実際、第一王子の部屋から庭に落下した後、本来ならばすぐにその場を離れるか、あの貴族令嬢の身体を捨てて離脱するべきだった。

 しかしあの時私がしたのは、あの美人の言葉に動揺し、彼女に掴みかかることだった。

 我ながら愚かな行動をとったものだと思うが、今ならわかる。

 あの美人の声、そして姿が、私に冷静な行動を取らせなかったのだ。


(……憑依している時は気が付かなかったけど、もしかしたら、城に居た間は他にも思考や制御が緩んでいた可能性もある)


 誰かに完全に憑依すること自体初めてだったし、身体全体の制御に集中しているとき、例えば表情筋の制御などは緩んでいたかもしれない。誘拐対象の第一王子に対しては不信感を抱かれないよう一時的に集中していたが、常にそうだったわけではない。

 特にあの美人が近くにいる間のことに関しては、今思い返してもちゃんとやれていた自信はない。

 まあ、今更気にしても仕方がないことだ。


 しかし、あの美人の魔的な魅力が通じなかった、というのは信じがたい。

 『教皇』の持つスキルによるものなのだろうか。

 範囲に影響を及ぼす強力なもの、だとは聞いているものの、詳細な内容は知らされていない。もっともそれは相手も同じで、『悪魔』のスキルの詳細までは知らないはずであるが。


「まったく。この程度のことも出来ないんじゃ、幹部としての実力が足りてないんじゃないの? こんなことなら先代の『悪魔』を連れてくればよかったよ」


 『教皇』のその言葉に一瞬だけ苛立ちを覚えたものの、それも私の師の実力を認めていればこそなのだろうと思い直し、ぐっと堪えた。


 師の実力を認めているからこそ、だと思う。他意はない、はずだ。

 実は結社内では、『教皇』は見た目の厳つさと子供っぽい口調のギャップから、精神的には女性に近いのではないかという噂がまことしやかに囁かれている。

 その噂が本当だった場合、もしかしたら、『教皇』は実力とは別の理由で我が師と会いたかったという可能性がある、かもしれない。

 そうだった場合、私は弟子としてどう対応したらいいのだろう。

 師の幸せを望む気持ちはもちろんあるが、単純に個人的な気持ちの問題として、中年のオッサンである師が髭面のマッチョとイチャイチャしている図というのは、別に悪いとは思わないが、ほんの少し、そう、胃もたれがする気がしてしまう。想像しただけで。


「……なんだよ。何見てるんだよ。文句でもあるの? 文句があるんなら、もっと先代に近づけるように努力でもするんだね」


「……わかってるわ」


 そうではないし、努力はしている。

 が、まさか内心をそのまま言うわけにもいかないのでとりあえずそう答えておいた。


「でも、第一王子を無傷で捕らえることが出来たのは良かったわよね。攫って洗脳して何かに使う、んだったかしら」


「全部僕の手柄だけどね」


 うざっ。


「でも仮にも結社の幹部ともあろう者が、任務に対してその程度の認識っていうのはいただけないな。先代もそうだったけど、『悪魔』ってアホなのかな」


 いらっ。


「……第一王子はね。特異点なんだよ」


 『教皇』は出来の悪い生徒に解説をする教師のように話し始めた。


 そうだった。確かそんな説明を受けた気がする。「特異点」とやらの意味がわからなかったので、結果的に全体の説明も意味がわからないものになり、かろうじて「王子を攫う」、「無理なら殺す」という部分だけはしっかりと押さえておいたのだ。


「『女教皇』の【託宣】でさえ、彼の運命を見ることは出来なかった。常にまばゆい光の塊がそばにあって、そのせいで運命がしっちゃかめっちゃかに揺らいで見えるとか何とか言ってたかな。

 運命さえも翻弄するあの光の塊をこっちで制御してやることが出来れば、必ず結社の計画の助けになる。逆に放っておくと、どれだけ完璧に綿密に計画を立てたとしても、僅かな揺らぎで台無しにされる恐れがある。

 だから『女教皇』は、王子を攫うか殺すかのどちらかを僕らに命じたんだよ」


 それで、命令が攫うか殺すかという極端な二択だったのか。

 しかし今回『教皇』が首尾よく王子を攫うことが出来たのなら、『女教皇』が見た王子を特異点たらしめる謎の光は機能しなかったということだろうか。


 結社の最上級幹部である『女教皇』。

 その彼女が危機感を覚え、あわよくば引き入れようと考えるほどの特異点だ。

 それが今回に限り機能しなかったというのは、何か作為的なものを感じる。


 ただ王子が自分でも制御できていないだけ、ならばいい。


 しかしもし、攫われること自体が運命の揺らぎであるとしたら──


「ま、とにかく今回のミッションはこれでコンプリートだ。最上の結果ってやつだね。今は王子が攫われたばかりで街も騒がしいだろうから、しばらく様子を見てから撤収するよ。せめて帰り支度でくらいは役に立ちなよ、新米『悪魔』ちゃん」


 いらっ。





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