第17話「顔芸」





 ユリアの介護を受けながら王城で生活するうちに、国王の寝室は特定できた。

 私の美貌をもってすれば、聞き込み調査など造作もないことだ。まあお茶会の雑談でそれとなく王子に話を振ったらあっさり教えてくれただけだが。でもそれもきっと私の美しさゆえのことなので、あながち間違ってはいない、と思う。


 いくら多忙な国王陛下とはいえ、夜くらいは寝室に戻って就寝するはずだ。

 ならば、王の寝室に夜襲をかければ直接話を聞くことも出来るはず。

 王の寝室の警備状況だとか、あと私は美容のために夜更かし出来ないだとかいくつかの問題はあるが、それはおいおい解決していけばいいだろう。

 人生200年、と呼ばれる今世の生である。時間はいくらでもあるはずだ。そう、時間さえかければ、例えば国王陛下が急に仕事が面倒になって昼間から寝室で昼寝するタイミングとかもきっと出てくるはず。それなら私の美容ルールに抵触しないで済む。


 そういった考えるのが面倒な諸々の問題は後回しにし、しばらくはペットたちの世話、そして王子やユリア嬢とのお茶会に興じた。


 日に日に打ち解けてくる様子の王子とは対照的に、ユリア嬢には少しずつ距離を取られているような印象を受けていた──が、私の感覚が正しいかどうかはわからない。

 なぜなら、王子と目が合うと不意に逸らされてしまうことがあるため、本当に打ち解けられているのかどうか定かではないし、ユリア嬢が私に貸してくれるドレスは段々と彼女自身のお気に入りのものに変わっているように思えるからだ。

 今日私が着ているドレスなど、確か昨日ユリア嬢が着ていたものだったはずだ。ちゃんと洗ってるのかなこれ。大丈夫かな。ちょっと匂う気がするけど。私が嗅いでもいい匂いなのかこれは。

 ちなみに当のユリア嬢は、彼女のドレスを着て戸惑う私を見て、何かをこらえるかのように辛そうな表情をしながら時々よだれを垂らしている。いやそっちも大丈夫か。疲れてるんじゃないのかな。あるいは憑かれてるのか。あ、今うまいこと言った気がする。


「ミセリア嬢? どうされたのですか? 何か、面白いことでも?」


「え?」


 不意に、対面に座っている王子にそう尋ねられた。

 この日も例に違わず、私と王子とユリア嬢の3人でお茶をしばいていた。

 場所は例の薔薇の咲き乱れる庭園だ。毎日魔法をかけに散歩をしているので、私にとっては与えられた客室の次、馬房と同じくらいには慣れ親しんだ場所である。

 そこに猫脚っぽいテーブルと椅子が用意され、茶器が持ち込まれていた。


「いえ、その、微笑まれているものですから」


 どうやら、つい笑ってしまっていたらしい。

 自分自身でうまいことを言って笑っていては世話はない。こういうのも自家発電ていうのかな。


「ああ、別に、なにか面白いとかそういう理由で笑っていたわけではありません。強いて言うなら、自分で自分がおかしかったと言いますか──」





「──あら、何か悩みでもお有りなのかしら」





 ふと、そんな声が聞こえた。


 私からしてもかなりの美声だ。間違いなく、これはスキル【美声】を持っている人間の声である。

 あれはかなり希少なスキルだと聞いたことがある。自分以外に見るのは初めてだな、と思いながら声のした方へと振り向くと、そこには美しい声に見合った姿の女性が立っていた。

 私よりも少し年上だろうか。二十歳になるかならないか、くらいの年齢に見える。とはいえ、この世界の人間は二十歳を越えるとしばらくの間はほとんど見た目が変わらなくなるので、実際のところはいくつなのか知れたものではないが。


「……待って。今なにか、とても失礼なことを言われたような気がしたのだけれど」


「まだ何も言っておりませんが。それより、ええと、悩みがどうとか……?」


「そうでした。ご自分でご自分をお笑いになるだなんて、何か大きな悩みでも持っていないと普通は──まだ? 貴女今、まだって言いました?」


 美しい声と容姿をした年齢不詳の女は訝しんでいる。

 なるほど、言われてみれば確かに、自分で自分がおかしいだなんて言ったら心配されて当然だ。

 知人同士で楽しんでいるお茶会に突然現れて意味の分からないことを言い放つ面倒な人かと思っていたが、意外と良い人なのかもしれない。


「ああ、そのことですか。それでしたら単に自家発電をしただけですのでお気になさらず。ありがとうございます。ご心配をかけてしまったようで申し訳ありません」


「ええ、いえ。どういたしまして。……自家発電?

 あの、それよりも、『まだ』ってことは、なにか失礼なことをこれから言おうとしていたんじゃ──」


「──姉上!」


 年齢不詳ながら意外と良い人っぽい彼女が何かを言いかけたところで、マルグリット王子が大きな声を出した。


「ミセリア嬢がそんな発言をするはずがありません。言いがかりはよしてください。そもそも、招かれてもいない茶会に不躾に顔を出すなど、それが栄えあるインテリオラの第一王女の振る舞いですか」


 姉上。第一王女。

 なるほど、ということはつまり、お茶会にいきなり乱入してきたこの招かれざる客は、インテリオラ王国第一王女、ゲルトルーデ・インテリオラということだ。

 ところで「招かれざる客」って本来は招いてないけど思いがけず来てくれた嬉しい客とかそういうニュアンスだったと思うのだが、この場合はどうだろう。


「あら。別に邪魔をするつもりはなかったのよ。ただ、ちょっと心配になるような言葉が聞こえてしまったものだから、つい顔を覗かせてしまっただけ。それについては謝罪するわ。けれど──マルグリット、あなた、一体どうしたというの……? これまで私にそんな言い方をしたことなんて無かったのに。まさか」


 年齢不詳の第一王女が私を見据えた。

 いや第一王女の年齢は公開されている──確か22歳だった気がする──から年齢不詳ではなかった。正確には第一王女(22)だった。


「まさか、そんなに、その娘のことが──好きになったとでも言うの?」


「なっ、ちが、いえ、違いませんが、彼女は私の婚約者ですよ! かばうのは当然です!」


 あら可愛い。

 王子は真っ赤になって姉に噛みついている。

 第一王女(22)はそんな王子を一瞬だけ痛ましげに見た後、私を胡乱げに見つめた。


「……好きになるだなんて、あり得ないわ。どれだけ美しいのだとしても、女なのよ……?」


 その声はきっと、そばに居た私にしか聞こえなかっただろう。スキル【美声】が乗っていない状態の彼女の声は、ひどく小さく、儚い音色をしていた。


 ていうか、え、何その言い方。

 マルグリット王子ってもしや、男性しか愛せない系の人なのだろうか。


 もしそうだとすれば、私はいつか、とても大きな選択を迫られる時が来るだろう。


 そう、すなわち。


 果たしてどちらが受けで、どちらが攻めなのか、という選択を。


 あ、いや、そもそも私は今だけの期間限定婚約者だった。そんな選択をする日なんてきっと来ないだろう。


 だからきっと、この選択の先にいるのは私ではない。

 私ではない別の誰かが──男性が好きだというのならば、たとえば屈強な男性がマルグリット王子を組み敷くことになるのだろう。あるいは、マルグリット王子が組み敷く方か。


 なにそれちょっと見たい。


「また笑ってる……? 何がおかしいっていうの? また自分で自分のことがおかしいとでも?」


 そういえば、第一王女(22)は私のことを胡乱げに見ているのだった。

 そんな彼女の前で笑みをこぼしてしまえば、さらに胡乱げに見られてしまっても無理はない。

 かと言って、正直に何を考えていたのかを言うわけにもいかない。

 まさか「貴女の弟さんが屈強な男性を組み敷いているシーンを想像してニヤニヤしていました」だなんて、言えるはずがない。

 どうしたものか、と私は無意識に逃げるように視線を彷徨わせた。

 その視線がふと、お茶会のもうひとりの参加者であるユリア嬢に向いた。


「何を見て──ひい!? な、貴女、ユールヒェン嬢!? ど、どうしたのその顔!」


 第一王女(22)は驚いた声を上げた。

 まあそりゃ驚くか。こんなに辛そうな表情をしながらよだれを垂らしている令嬢を見れば、誰だって驚く。

 私だって見慣れていなければ驚いている。人間とは不思議なもので、見慣れてしまうとまあそういうものかなと自然と受け入れられるようになるのだが。






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