第15話「ピンク脳」
バラ園のガゼボでひとり悦に浸っていたら、その様子を可愛らしい令嬢に見られていたらしい。もちろん恥ずかしいなどとは思わない。なぜなら私は美しいから。悦に浸る私の姿も美しいに決まっている。
むしろ偶然目にしてしまったこの令嬢はラッキーだったと言っていいだろう。何ならお金を取ってもいいレベル。お金持ってそうな顔しているし。
それにしても可愛い子だ。
私さえ居なければ、国で一番可愛いと言ってもいいくらいの顔立ちをしている。
あまりに美しすぎると時に反感を買うこともあるので、このくらいの美しさの子の方が物語の主人公としてはちょうどいい、というくらいの可愛さだ。少女漫画とかで有りがちな、平凡な顔立ちとかいいつつ次から次へとモテまくる、絶対平凡じゃないだろお前の顔と言いたくなる系主人公顔とでも言おうか。
髪もピンクブロンドというのか、少しだけ赤みがかった金髪で、実に画面映えする第一印象だ。
これで貧乏子爵令嬢とか元平民の男爵令嬢とかなら完璧なのだが、纏う気品や身につけた装飾品、磨き抜かれた礼儀作法から察するに、相当高位の貴族子女だと思われる。
それなら、この子はもしかしたら悪役令嬢ポジションな子なのかもしれない。
今はナチュラル系の薄いメイクのようだが、派手めキツめのメイクをすれば悪役令嬢としても映えるだろう。元が良いとだいたいなんでも似合うものだ。
彼女が悪役令嬢だとしたら、どこかに虐められっ子の主人公でもいるのかな。
もしかして、私がそうなのかも。
田舎から出てきた超絶美しい令嬢。
主人公にはファンの共感を得るために何かしらの欠点が必要だが、私の欠点というと田舎出身ということと全くお金を持っていないこと、家がないこと、使用人がひとりもいないこと、あと実は男であることくらいだろうか。欠点少なすぎでは。これでは美しいだけで全て帳消しになってしまう。
他にも何かいい感じの欠点はないかな、と考えて、ひとつ思いついた。
王子との婚約だ。しかもいずれは破棄予定である。
これは貴族社会的にはもうすでにバツが付いているのと同じ状態だと言っても過言ではない。
なので、正直にそれを伝えてみた。
田舎出身であること。お金も住むところもないこと。
そしてマルグリット王子の婚約者になる予定であること。
さすがに男であることは言わない。これはさすがに言っちゃ駄目なやつだなということくらいは私にもわかる。
私がそれを告げたとき、彼女は一瞬だけ辛そうな表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
貴族令嬢標準装備のポーカーフェイスかな、とも一瞬思ったが、どうも違うように感じる。
令嬢は笑顔の中にキラキラとした、憧れのような感情を乗せているように思える。その視線は私を見ているようで、私ではない別の何かを幻視しているようでもあった。
「──そうですの。大変ですのね。けれどわたくしは貴女を応援いたしますわ。ええと……」
「あ、ミセリアです。ミセリア・マルゴーと申します」
「マルゴー……というと、北のマルゴー辺境伯の?」
「ご存知でしたか。それですそれです。今はちょっと家出中と申しますか、親に黙って出てきてしまっているので実家が頼れない状態ですが……」
「家出をして、殿下と婚約……つまり、駆け落ちをしたということでしょうか?」
「そうなりますね。まあ殿下は実家に戻ってきただけなので、駆け落ちというより略奪婚でしょうか。でもまだ結婚してませんから、ただの略奪かしら」
まあ話を持ちかけたのも私なので実際には略奪ではないが。狂言誘拐的なやつ。ということは、お金に困ったら父に身代金を請求すればいいのかも。
「まあ……! つまり、マルグリット殿下は勇名を馳せるマルゴー辺境伯から愛娘を略奪してきたということなのですね!」
令嬢の笑顔のキラキラがさらに輝きを増した。王子が父から私を略奪したというストーリーが琴線に触れたらしい。
客観的に見れば確かにヒロイックと言えなくもないかもしれない。
しかし私の目的はあくまで祖父と国王がどんな約束を交わしていたのかを知ることであり、王子と結婚することではない。目的さえ達せられれば王子との婚約は破棄するつもりだ。
「あの、ですが、私がこのまま殿下と結婚すると決まったわけでは……」
「あら、不安なのですね。でも、大丈夫ですわ。わたくしがお支えします。そうだ、まずは御召し物から」
「待ってください。まだ話は終わってません」
「そうでした。申し遅れましたわ。わたくし、財務卿であるタベルナリウス侯爵の娘で、ユールヒェンと申します」
「あ、これはどうもご丁寧に──じゃなくて」
「遠慮なんていりませんわ。これはわたくしがやりたくてやっているだけですから」
ユールヒェンは私の話を聞こうとせず、私の手を強引に引いてどこかの部屋に連れて行った。
後で聞いてみたら、ユールヒェンが王城で働く際の控室のようなところらしい。私とそう変わらない年齢に見えるが、すでに働きに出ているとは立派なことだ。侯爵令嬢であれば、おそらくは働かずとも何不自由なく暮らしていけるに違いないというのに。
生まれてこの方ずっと親の脛をかじって生きてきた上、今も王子の資産を当てにしている私とは大違いである。
彼女は私に何かしらの憧れを持ったようだが、とんでもないことだ。逆に私の方が彼女に強い憧れと尊敬の念を抱いたのだった。
◇
ユリア嬢──ユールヒェン本人に是非そう呼んでほしいと言われた愛称──のドレスはどれも私にぴったりだった。本来令嬢ではない私にぴったりということはつまりそういうことで、そういう令嬢向けのドレスらしく胸元にデコレーションが盛り盛りになっているデザインのものばかりだった。
もちろん私はどんなデザインのドレスでも完璧に着こなせるので、ユリアのドレスも本人よりも美しく着ることができた。
それを見たユリアは例のあの諦めたような、それでいて眩しい何かを見つめるような熱い視線を送ってきていたが、これはユリアがどうこうではなく単に私が美しすぎるだけなのであまり気にしないでほしい。
着替えたあと、城内で王子とばったり出くわした。彼は私の新しいドレス姿にドギマギしているようだった。正確には私のドレスじゃないけど。
ユリアはそんな王子の様子に、またあの視線を向けていた。
なるほど。
ここで私の灰色の脳細胞がひらめいた。
いや灰色なのは血を抜いてホルマリン浸けにしているからで、実際の脳は血が巡ってピンク色っぽく見えるんだったかな。じゃあピンク色の脳細胞か。まあ別に何色でもいいけど。
ともかく、つまりこういうことだろう。
ユリアはもともとマルグリット王子と結婚したかった。しかし、そこに宇宙一美しい私が現れてしまった。私の美しさに感銘を受けたユリアは王子との結婚を諦め、美しい私にその夢を託すことにしたのだ。
これならあの何かを諦めたような目と、憧れの対象に向けるような視線が腑に落ちる。
どれだけ美しいとしても、私は男で、王子も男だ。
祖父の遺志を明らかにするために婚約こそするつもりだが、結婚をするつもりはない。というかできない。
無事婚約破棄した暁には、ぜひユリアには頑張って王子の心を射止めてもらいたいと思う。
ユリアのドレスを着た私を見て顔を赤くしている王子のこの様子からすれば、同じドレスを着て迫ればいけないこともないはずだ。王子が私ではなくドレスの方に欲情している可能性もワンチャンあるし。
まあそれはそれでちょっとモヤモヤするものがあるが。
私の用事が済んだらマルゴーに帰る前にユリアの恋を応援するのもいいかもしれない。
そのためにもまずは王との面会だ。
複雑な目をしながらも笑顔をみせる器用なユリアをよそに王子に謁見について尋ねると、婚約は認めるが実際に結婚するまでは特に私に会うつもりはない、とのことらしい。
いやそれでは婚約した意味がないのだが。
国王の寝室なら王城に勤める者で知らない人間はいないだろうし、最悪の場合は戦闘訓練の経験を活かして聞き込みをし、直接会いに行くしかないかもしれない。
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