第12話「毎日がお祭り騒ぎ」





 王子を回収し、再度動き出した馬車の客室の中は、先ほどまでとは違い明るい雰囲気に満ちていた。

 その最大の功労者はもちろん美しい私だが、新たに客人となった仔犬と仔猫の愛らしさも忘れてはならない。


 白い仔犬はされるがまま、撫でられるがままに王子や侍女にその身を任せていた。

 長く柔らかい白毛は触れるたびにその形を変え、撫でる者に尽きることのない楽しさを与えてくれる。どこを撫でてもひゃんひゃんと嬉しそうに鳴いてくれるので、彼はあっという間に人気者になった。

 そう、一応確認してみたところ、仔犬はオスだった。


 一方の黒い仔猫は愛想がないというか、王子にも侍女にも媚びる様子は一切なかった。彼らが撫でようと手を伸ばしても、触れる寸前にするりと身を躱し逃げてしまう。

 その割に私が仔犬の方を可愛がっていると足元にまとわりついて猫パンチを繰り出してきたりと、構って欲しさを隠しきれない様子である。ツンデレかな。

 ちなみにこちらは確認しても性別がよくわからなかった。仔猫の雌雄は獣医でも見間違うことがあると前世で聞いたような気がするので、特定するのは諦めた。性別がどちらなのかは観測するまでわからない。まさにシュレディンガーの猫である。なお観測者でも判別できない模様。


「仔犬さんの方は白いですし、ビアン──いえ、男の子ですしビアンカにしましょう。

 仔猫さんの方は、メラニズムのようですしメラ──だと炎上しそうな気がしますので、ネラでどうでしょうか」


 そうして新たな仲間を加えた私たちは、順調に王都への旅程を消化していった。





 ◇





 このインテリオラ王国は、政治、経済の中心地が領土の南半分に偏っているという特徴がある。

 それというのも、国の北側が魔物の領域たる樹海に接しており、いつ魔物が溢れ出してくるかわからないという事情があるからだ。

 我が父の領地であるマルゴー領が無駄に広いのもそれが理由である。その領土の厚みで以て、北の樹海から溢れ出る魔物を押し留めよ、というわけだ。

 そういう地理をしているので、マルゴー領から王都へ向かうとなると、ほぼ王国を縦断するかのような旅路になってしまう。


 そんなわけで、私たち一行は何日もの時間をかけ、王国を縦断し王都へとやってきたのだ。


 ちなみに、絶対に来るだろうと思っていた父からの追手はついに来なかった。

 こちらは一般的な馬車の速度で進んでいたので、マルゴー領軍の兵士が本気になれば追い付くのには一日とかからないはずだ。

 となるともしかしたら、父は未だに私の不在に気付いていないのかもしれない。

 それはそれでちょっと寂しい。





「わあ……。ここが王都なのですね」


 馬車の小さな窓から見える広場にはいくつもの屋台が並び、とても多くの人々が行き来しているようだ。

 広場の中は馬車の乗り入れが禁止されているらしく、王都入口の城門を抜けメインストリートを走ってきた馬車は、広場をぐるりと囲うように敷かれている道を通り王城を目指していた。


「今日は何かのお祭りでもやっているのですか?」


「ふふ。そんな事はありませんよ。これは毎日開催されているマルシェです」


「毎日! こんな大勢の人出が毎日のようにあるのですね!」


 王都全体の広さがどのくらいなのかは知らないが、その全ての住民たちのうち、買い物をする人々が集まってきているとしたら、たしかにこのくらいにはなるのだろう。


「ちなみにこのようなマルシェが開かれている広場は王都に四箇所あります」


 違ったみたい。

 どうやら全体の四分の一でこの人数であるようだ。

 マルゴーの領都も文明レベルにしてはそれなりに栄えているほうだと思っていたが、この王都の人出はまるで前世のトーキョーのギンザかイケブクロと同レベルに見える。

 おそらく、魔法だの魔物素材だのの存在が、見かけ上の文明レベルに見合わない人口の爆発を招いているのだろう。

 同じことがマルゴーにも言えるはずだが、あちらは王都と比べると魔物たちが身近であり、危険と隣り合わせの環境である。また魔法や魔物素材の使い道も魔物や敵を殺す方向に特化して使われているため、文化の発展や人類の繁栄にはあまり寄与していないのだろう。


 現にこの小さな車窓から見える人々は、誰も彼もとても小さな存在力しか感じ取れない弱い生き物だ。街の普通の人々は戦闘とは無縁の生活をしてきたに違いない。

 マルゴーでは子供でもマルグリット王子か護衛の騎士たち程度の力は持っているので、とても新鮮な光景だ。

 王子たちと初めて会った時、侍女の女性の存在力がほとんど感じられなかったので彼女が特別か弱い存在なのかと考えていたが、どうやら違うらしい。この王都では彼女が標準で、王子や騎士たちは強者に分類されるということだ。


 これは単純に、マルゴー人の方が他の多くのインテリオラ人よりも強い、ということだけを意味しているわけではない。

 住民全体の安全を考えるのであれば、一人ひとりが強くあらねば存続できないマルゴーよりも、一握りの強者、つまりは専門家によって全体が守られているこの王都の方が文明として優れていると言えるだろう。

 もちろん王都の平和は北の地でマルゴーが魔物の盾になっているからこそ、維持できていることではある。

 魔物の脅威が少ないおかげで実現できている事実はきちんと認識つつも、国民たちを危険に曝させまいとする王都の統治に私は敬意を感じた。


「……少し、マルシェを覗いてみますか?」


 窓の外の王都の様子に思いを馳せていたら、王子からそんな提案があった。


「よろしいのですか?」


「ええ。もちろんです」


 王子はにこりと可愛らしく笑い、そう答えた。

 笑顔で言えるということは、王都の治安にそれだけの自信があるからだろう。

 そこまで言うならいかほど安全なのか確かめてやろうじゃないかと、私は馬車を降りてみることにした。

 申し訳ないが、ビアンカとネラは留守番だ。


 王子に手を引かれ、馬車を降りる。

 するとあれだけ騒がしかった街が、馬車の周囲だけ静かになった。


 周囲から突き刺さるような視線を感じる。

 それらの視線はどうやら、私の手を取る王子と私の間を行き来しているようだ。

 なるほど。美しい王子と、その王子が傅くさらに美しい令嬢に皆見とれているらしい。

 いや、気持ちはわかる。これはもう仕方がないことだ。

 大丈夫。私は美しいだけでなく寛大なのだ。

 存分に見るといい。


 そのまま王子に手を引かれ、私たちはゆっくりとマルシェへの道を歩いていった。

 私たちに気づいた住民は皆道を譲ってくれるので、まるでモーセのような気分である。モーセはこの世界には居ないと思うのだが、こういう時はなんというのだろうか。


 私たちを中心とする台風の目は、マルシェが開かれている広場に入っても消えはしなかった。

 ここだけがぽっかりと空いてしまっている分、広場のどこかに皺寄せがいってしまっているかもしれないが、今のところ悲鳴のようなものは聞こえてこないので深刻な事態にはなっていないはずだ。


 許して欲しい。王都の民よ。

 これも全て私が美しすぎるがゆえのこと。

 やはり美しさって罪。


 心の中で、王都民どころかこの世の全ての存在に心からの謝罪をしつつ、王子と屋台を冷やかしてみる。

 いや、私たちが近づくと周りの客が一斉に引いていくから、本当に屋台の売上が冷えてしまっているのだ。まあ冷やかしの語源はそういう意味ではないけど。

 何か買わないと申し訳ないな、という気持ちと、そういえば私お金持ってないな、という気持ちがせめぎ合う。ていうか別にせめぎ合ってないなこれ。どっちが勝とうが買えないことに変わりはなかった。じゃあいいか。諦めて冷やかそう。


 屋台を冷やかす私たちの周囲は静かだが、それはあくまで人間だけだ。

 人間以外の生物には私の美しさが理解できないものが多いので、思い思いに騒いだりもする。


 だから余計に、その屋台の騒がしさが気になった。

 屋台の主人は慌てて売り物を静かにさせようとしていたが、そんなもので静かになるはずがない。

 なぜならその屋台で売られていたのは、たくさんのヒヨコなのだから。


「まあ、可愛らしいこと」


 縁日のカラーヒヨコさながらに、木製の大きなタライのような入れ物の中でたくさんのヒヨコがぴーぴー鳴いていた。

 もちろん毛の色は全て薄い黄色だ。私の髪の色にも少し似ている気がする。

 しかし、カラーヒヨコでないのなら何のために売っているのだろう。

 あれは確か、鶏卵用としても食肉用としても使いづらいオスのヒヨコを愛玩動物として売るために開発された、とかいう話だったはず。色を塗らないと愛玩用にならないのなら、そのままでは売れないはずだ。


 と、思いながら見ていると、ヒヨコのタライの隣の調理台らしきものの上に置かれた鍋の中身に気がついた。

 じゅう、という音を立て、鍋からは香ばしい香りが漂っている。

 鍋に満たされた高温の油の中に、泡を吹きながら浮いているのは、ヒヨコだった。


(なるほど。食用でしたか)


 前世と違い、この世界ではまだ畜産物の品種改良はそれほど進んではいない。

 長期に渡り安全に家畜を飼育できる環境が整っていないからだ。

 だとすれば、鶏卵用の品種の鶏のオスなんているはずがない。鶏は等しく皆ただの鶏なのだ。

 ここにいるヒヨコたちはオスだと判別され、他に理由があるのかは知らないが、とにかく食肉用として飼育されるレールからは外されて、このように丸揚げ用として売られているのだろう。

 生きたままなのは、加工した肉を長期保存する技術が未熟であるから、だろうか。あるいは購入した客に丸揚げにするか飼育するかの選択肢を与えるためか。


「……ミセリア嬢。ヒヨコがお好きなのですか?」


 じっとヒヨコのタライを見つめて考え事をしていたせいか、王子にそんなことを聞かれた。


「そうですね……」


 可愛いし、と思いながらなんとなく答えたのだが、これってもしかして食べる方の好みを聞いてたのかな。

 鍋の中でからりと揚がるヒヨコを見て、まあそれはそれで、と思いながら改めてタライを眺める。

 そう考えるとこの光景も可愛いというより美味しそうという感情の方が強まってくる気がする。じゅるり。


「ぴっ!」


 するとタライの中のヒヨコたちは一斉に私から距離を取った。狭いタライの中でひしめき合いながら、向こう側の壁に皆寄ってしまったのだ。

 これはやってしまった。

 護身術を習っていたとは言っても私は兄たちとは違い、実戦を経験したことはないし、実戦形式での訓練もしたことがない。おそらくそのせいで、殺気とか食欲的な感情を抑えることが出来ていないのだろう。だから私を「美しい捕食者」だと感じたヒヨコたちに逃げられてしまったのだ。やはり美しさって罪だ。


 と、よく見るとタライの中に逃げずに残っているヒヨコがいた。

 胆力のあるヒヨコもいたものだなあと私はそのヒヨコに興味を持ち、両手ですくい上げた。


「あら? あなた……」


 違った。

 胆力があったから逃げなかったわけではない。逃げられなかっただけだ。

 すくい上げたヒヨコには片脚がなかった。

 それに、尾の方の羽毛も完全に剥げてしまっており、皮膚も黒ずんでいる。

 病気か怪我かはわからないが、もしかしたらこれが理由で仲間のヒヨコたちにいじめられていたのかもしれない。ところどころ、脚とも尾とも違うところに小さなハゲが出来ている。ちょうどこのヒヨコの嘴と同じくらいの大きさのハゲだ。


 私の手のひらの上で、傷だらけのヒヨコは力なく横たわっている。

 体温や呼吸は感じるので生きてはいるようだが、そう長くはないだろう。

 それに、たとえ丸揚げにされるとはいえ、片足が欠損している上に病気かもしれない抜け毛があるのでは、客に買われることも客寄せで鍋に入れられることもないかもしれない。

 このまま生きようが死のうが、ただ廃棄されるだけの運命だ。


 ふと私は、食用として用をなさないのなら愛玩用としてならばどうか、と考えた。

 他のヒヨコたちは見たところ健康のようだし、私が買わなくとも、きっといい客に買われていき、美味しく食べてもらえるだろう。

 しかしこのヒヨコは違う。

 仲間たちにいたぶられながらタライの中でひっそりと死んで、そのまま燃えるゴミにされてしまうだけだ。


「ミセリア嬢、手が汚れてしまいますよ」


「かまいませんわ、殿下。それより、ひとつお願いが……」








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